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8.告白の行方***
[2]ー2
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圭君に『心当たりがある人物は?』と聞かれたとき、真っ先に頭に思い浮かんだのは彼女だった。それを口に出さなかったのは、直接会ったことがあるというだけで名前を挙げるのは早計だと思ったからだ。私を邪魔に思う女性は、きっと彼女だけではないはずだ。
「そんなことまでして私から彼を奪おうと考えるなんて……」
「彼を奪ったのはあなたの方じゃない!」
「どういうこと?」
「私の叔父は有名大学を卒業して大手飲料メーカーの本社で部長をしているの」
だから何だというのだろう。急に始まった身内自慢に付き合うほどこっちは暇じゃない。
「自慢話ならよそで――」
「私は! 叔父から『近々いい話があるぞ』と聞いていたの!」
遮るように大きな声を出され、驚くと共にあきれた。ここまでひとの話を聞かない人間は初めてだ。そんな人に耳を傾けるだけ無駄というものだ。
とにかくあの写真の送り主がわかったことだけでも圭君に報告しよう。彼の職場の人だから、後は彼に任せればいいはずだ。
もうなにも言わず背を向けて、足を一歩踏み出した――が、次の瞬間。
「そのお見合いの相手が圭吾さんだったの!」
後ろから聞こえた言葉に足を止めた。
「叔父は松崎所長とは大学の先輩後輩で、私にちょうどいい相手がいるからって。最初はこの年でお見合いなんて嫌だって思ったけど、せっかくだから一緒に働いてみて考えたらどうかって言うから入所したわ。そしたら彼は思ったよりも何倍も素敵な人で、それならお見合いの話を正式に進めてもらおうかと思っていたところだったのに!」
背中に向かってマシンガンのように次々と言いたいことをぶつけてくる。人のことを壁かなんかだと思っているのだろうか。
だけどされてみて初めてわかった。話を聞く気のない相手に一方的に言葉をぶつけられるのがどれほど気力を削ぐものかということを。さやかさんに対して私がやったのはそういうことなのだ。
過去の自分が目の前に立っているような錯覚に陥り、胸に苦い思いが胸に充満する。
音を立てずに深呼吸をした。
振り向と、彼女はこちらを睨みつけている。意識してゆっくりと微笑みを浮かべた。
「それは残念でしたね。ですがいい勉強になったのでは? 機を逸してしまえば、逃した魚は大きかったと嘆くことになる。重要な案件ほど迅速な判断を求められるというのは、どの業界でも同じではないでしょうか」
「なっ……! そんな大きな顔をしていられるのも今のうちなんだから! 私の方がかわいいし若いし、お弁当だってもっと上手に作れるの!」
もしかしたら彼女は今日、彼のお弁当を見たのかもしれない。前回よりは断然上手にできていたせいで焦りを感じたとか?
まさかね。前回がひどすぎただけで、今回でやっと人並みの水準になれただけだ。
いくらなんでも自己評価が高すぎたかと我ながらおかしくなって、ふふっと声に出して笑ったら、菊池さんが見る見る目を尖らせた。
「今頃圭吾さんは、あなたが不倫女だとわかって離婚を決意しているはずよ!」
自信満々に言い切った彼女に、はあっと大きなため息が漏れた。
「あの程度の写真で不倫の証拠になると思ったの?」
浅知恵にもほどがある。多少はもめるかもしれないが、事実を伝えればいいだけだ。なんならさやかさんに証言を頼めばいい。事実無根なのでなにを言われても痛くもかゆくもない。
どうせなにを言っても聞く耳を持たない相手に教えてあげる義理もない。けれど、立ち去る前にこれだけは言っておかなければと、仮面のように貼り付けていた笑みを消した。
「なんでもいいけど、ひとの夫をなれなれしく名前で呼ぶのはやめていただけるかしら。不愉快だわ」
彼女がグッと怯むのがわかった。
社会に出てすぐのお嬢様に言い負けているようでは、これまでのキャリアが泣く。こっちはもう十年近く、国内外のつわもの達と渡り合っているのだ。
たしかに、もしあのときシンガポールで再会しなければ、今頃圭君は菊池さんとお見合いしていたのかもしれない。けれどそれも〝たられば〟の話だ。彼女がどんなに嘆いても、彼と結婚したのは私なのだ。
「そんなことまでして私から彼を奪おうと考えるなんて……」
「彼を奪ったのはあなたの方じゃない!」
「どういうこと?」
「私の叔父は有名大学を卒業して大手飲料メーカーの本社で部長をしているの」
だから何だというのだろう。急に始まった身内自慢に付き合うほどこっちは暇じゃない。
「自慢話ならよそで――」
「私は! 叔父から『近々いい話があるぞ』と聞いていたの!」
遮るように大きな声を出され、驚くと共にあきれた。ここまでひとの話を聞かない人間は初めてだ。そんな人に耳を傾けるだけ無駄というものだ。
とにかくあの写真の送り主がわかったことだけでも圭君に報告しよう。彼の職場の人だから、後は彼に任せればいいはずだ。
もうなにも言わず背を向けて、足を一歩踏み出した――が、次の瞬間。
「そのお見合いの相手が圭吾さんだったの!」
後ろから聞こえた言葉に足を止めた。
「叔父は松崎所長とは大学の先輩後輩で、私にちょうどいい相手がいるからって。最初はこの年でお見合いなんて嫌だって思ったけど、せっかくだから一緒に働いてみて考えたらどうかって言うから入所したわ。そしたら彼は思ったよりも何倍も素敵な人で、それならお見合いの話を正式に進めてもらおうかと思っていたところだったのに!」
背中に向かってマシンガンのように次々と言いたいことをぶつけてくる。人のことを壁かなんかだと思っているのだろうか。
だけどされてみて初めてわかった。話を聞く気のない相手に一方的に言葉をぶつけられるのがどれほど気力を削ぐものかということを。さやかさんに対して私がやったのはそういうことなのだ。
過去の自分が目の前に立っているような錯覚に陥り、胸に苦い思いが胸に充満する。
音を立てずに深呼吸をした。
振り向と、彼女はこちらを睨みつけている。意識してゆっくりと微笑みを浮かべた。
「それは残念でしたね。ですがいい勉強になったのでは? 機を逸してしまえば、逃した魚は大きかったと嘆くことになる。重要な案件ほど迅速な判断を求められるというのは、どの業界でも同じではないでしょうか」
「なっ……! そんな大きな顔をしていられるのも今のうちなんだから! 私の方がかわいいし若いし、お弁当だってもっと上手に作れるの!」
もしかしたら彼女は今日、彼のお弁当を見たのかもしれない。前回よりは断然上手にできていたせいで焦りを感じたとか?
まさかね。前回がひどすぎただけで、今回でやっと人並みの水準になれただけだ。
いくらなんでも自己評価が高すぎたかと我ながらおかしくなって、ふふっと声に出して笑ったら、菊池さんが見る見る目を尖らせた。
「今頃圭吾さんは、あなたが不倫女だとわかって離婚を決意しているはずよ!」
自信満々に言い切った彼女に、はあっと大きなため息が漏れた。
「あの程度の写真で不倫の証拠になると思ったの?」
浅知恵にもほどがある。多少はもめるかもしれないが、事実を伝えればいいだけだ。なんならさやかさんに証言を頼めばいい。事実無根なのでなにを言われても痛くもかゆくもない。
どうせなにを言っても聞く耳を持たない相手に教えてあげる義理もない。けれど、立ち去る前にこれだけは言っておかなければと、仮面のように貼り付けていた笑みを消した。
「なんでもいいけど、ひとの夫をなれなれしく名前で呼ぶのはやめていただけるかしら。不愉快だわ」
彼女がグッと怯むのがわかった。
社会に出てすぐのお嬢様に言い負けているようでは、これまでのキャリアが泣く。こっちはもう十年近く、国内外のつわもの達と渡り合っているのだ。
たしかに、もしあのときシンガポールで再会しなければ、今頃圭君は菊池さんとお見合いしていたのかもしれない。けれどそれも〝たられば〟の話だ。彼女がどんなに嘆いても、彼と結婚したのは私なのだ。
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