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8.告白の行方***
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〝どうしてこんなものが〟
〝いつの間に撮られたの?〟
〝誰がなんの目的で?〟
頭の中にいくつもの疑問がいっせいに湧いて、言葉が出てこない。目を見開いたままその場に立ちつくす私に、彼が大きく息をつく。
「いったいどうして」
ハッとした。この写真はまるで結城首席とふたりきりで会っていたみたいじゃないか。実際はさやかさんが戻ってくる直前のはずだ。
「違うの! エントランスではすこしだけふたりで話をしたけれど、部屋では首席の奥さんと――」
「写真はこの人のマンションなのか?」
「あ……それは……そう、だけど」
「そうか」と低い声が聞こえた。
どうしよう。やましいことはなにもないけれど、お弁当のことをサプライズにしようと黙っていたことが裏目に出た。後ろ暗いことがあったと思われてもおかしくない。私は自分が彼の妻だということを、きちんと理解して行動すべきだったのだ。
とにかく今はきちんと説明しなければ!
「圭君、これにはちゃんと理由があって――」
「それはあとだ」
一刀両断するように言葉を遮られ、頭から冷や水を掛けられたようにサッと血の気が下がる。
「問題は、誰がなんの目的でこんな写真を撮って送りつけて来たのかということだ」
写真が入っていた封筒を手に取り、検分するように表裏を返しながら、温度の低い声で言う。
「カメラを向けられたことには気付かなかった?」
「今までに同じような経験は?」
「こんなことをする人物に心当たりは?」
淡々と重ねられる問いに、首を横に振ることしかできない。
彼が不意にこちらを向いた。真剣な瞳を真っすぐに向けられ、心臓が不穏に波打つ。顔を逸らすようにうつむいたら、頭にポンと手を乗せられた。
「あまり心配しすぎるな。このことは俺がちゃんと調べるから、香ちゃんは安心していいよ」
にこりといつものように微笑んだ彼は、ポンポンと私の頭を軽く叩いて手を下ろした。
責められることを覚悟していたため拍子抜けだ。けれどすぐ我に返った。相手から聞かれなかったからといってそのままにしていいわけではない。きちんと自分から説明しよう。万が一にも、後ろめたいことをしていたと誤解されるのは嫌だ。
「圭君、あの――」
思い切って口を開いたところで、足元から電子音が聞こえてきた。彼のカバンの中からだ。彼はカバンからスマートフォンを取り出すと、画面を見て眉根を寄せた。
「ごめん、仕事の電話だ。長くなりそうだから先に食事しておいて」
そう言い残して書斎へと行ってしまった。
ひとり残された私は、空のお弁当箱を胸に抱いたまま立ち尽くす。
圭君はどうしてあんなふうに平然としていられるの? 私がほかの男性とふたりきりで会っても嫌じゃないの? 相手が〝あの〟結城首席だとわかっていても?
頭の中に次々と疑問符が湧いてくる。
私なんて、彼がこれまで付き合ってきた相手にすら嫉妬してしまうのに。
経験値の差? いや、そんなことじゃない。
「私に恋愛感情なんてないんだわ」
口にした刹那、鋭いもので胸をひと突きされたかのような痛みに襲われた。
「うっ……」
ふらりとよろめき、とっさにテーブルに手をつく。はずみで広がった写真の中に、幸せそうな笑みを浮かべた元上司がいた。
一見すればその笑みは私に向けられているように思えるが、そうじゃない。これはさやかさんと拓翔君のことを話していたときのものだ。こんな蕩けるような笑顔は、首席が一番大事な人達にしか向けないものだと知っている。
「〝一番大事な人〟……か」
お互いをそんなふうに思える相手と巡り合えるなんてうらやましい。少なくとも私は圭君のことをそう思っているけれど、彼の方は違う。
彼が私のことを『かわいい』と言うのは、幼なじみで〝妹分〟だったときの名残だ。今大切に扱ってくれるのは妻になったからだ。
結局、妹も妻も彼にとっては〝家族〟なのだ。〝恋人〟という段階を踏まず一足飛びに夫婦になった私は、彼の中の〝家族〟というカテゴリーから永遠に抜け出すことはないのかもしれない。
気づいたら体が動いていた。
抱きかかえるようにして持っていたお弁当箱をテーブルに置き、きびすを返して玄関へと向かった。
〝いつの間に撮られたの?〟
〝誰がなんの目的で?〟
頭の中にいくつもの疑問がいっせいに湧いて、言葉が出てこない。目を見開いたままその場に立ちつくす私に、彼が大きく息をつく。
「いったいどうして」
ハッとした。この写真はまるで結城首席とふたりきりで会っていたみたいじゃないか。実際はさやかさんが戻ってくる直前のはずだ。
「違うの! エントランスではすこしだけふたりで話をしたけれど、部屋では首席の奥さんと――」
「写真はこの人のマンションなのか?」
「あ……それは……そう、だけど」
「そうか」と低い声が聞こえた。
どうしよう。やましいことはなにもないけれど、お弁当のことをサプライズにしようと黙っていたことが裏目に出た。後ろ暗いことがあったと思われてもおかしくない。私は自分が彼の妻だということを、きちんと理解して行動すべきだったのだ。
とにかく今はきちんと説明しなければ!
「圭君、これにはちゃんと理由があって――」
「それはあとだ」
一刀両断するように言葉を遮られ、頭から冷や水を掛けられたようにサッと血の気が下がる。
「問題は、誰がなんの目的でこんな写真を撮って送りつけて来たのかということだ」
写真が入っていた封筒を手に取り、検分するように表裏を返しながら、温度の低い声で言う。
「カメラを向けられたことには気付かなかった?」
「今までに同じような経験は?」
「こんなことをする人物に心当たりは?」
淡々と重ねられる問いに、首を横に振ることしかできない。
彼が不意にこちらを向いた。真剣な瞳を真っすぐに向けられ、心臓が不穏に波打つ。顔を逸らすようにうつむいたら、頭にポンと手を乗せられた。
「あまり心配しすぎるな。このことは俺がちゃんと調べるから、香ちゃんは安心していいよ」
にこりといつものように微笑んだ彼は、ポンポンと私の頭を軽く叩いて手を下ろした。
責められることを覚悟していたため拍子抜けだ。けれどすぐ我に返った。相手から聞かれなかったからといってそのままにしていいわけではない。きちんと自分から説明しよう。万が一にも、後ろめたいことをしていたと誤解されるのは嫌だ。
「圭君、あの――」
思い切って口を開いたところで、足元から電子音が聞こえてきた。彼のカバンの中からだ。彼はカバンからスマートフォンを取り出すと、画面を見て眉根を寄せた。
「ごめん、仕事の電話だ。長くなりそうだから先に食事しておいて」
そう言い残して書斎へと行ってしまった。
ひとり残された私は、空のお弁当箱を胸に抱いたまま立ち尽くす。
圭君はどうしてあんなふうに平然としていられるの? 私がほかの男性とふたりきりで会っても嫌じゃないの? 相手が〝あの〟結城首席だとわかっていても?
頭の中に次々と疑問符が湧いてくる。
私なんて、彼がこれまで付き合ってきた相手にすら嫉妬してしまうのに。
経験値の差? いや、そんなことじゃない。
「私に恋愛感情なんてないんだわ」
口にした刹那、鋭いもので胸をひと突きされたかのような痛みに襲われた。
「うっ……」
ふらりとよろめき、とっさにテーブルに手をつく。はずみで広がった写真の中に、幸せそうな笑みを浮かべた元上司がいた。
一見すればその笑みは私に向けられているように思えるが、そうじゃない。これはさやかさんと拓翔君のことを話していたときのものだ。こんな蕩けるような笑顔は、首席が一番大事な人達にしか向けないものだと知っている。
「〝一番大事な人〟……か」
お互いをそんなふうに思える相手と巡り合えるなんてうらやましい。少なくとも私は圭君のことをそう思っているけれど、彼の方は違う。
彼が私のことを『かわいい』と言うのは、幼なじみで〝妹分〟だったときの名残だ。今大切に扱ってくれるのは妻になったからだ。
結局、妹も妻も彼にとっては〝家族〟なのだ。〝恋人〟という段階を踏まず一足飛びに夫婦になった私は、彼の中の〝家族〟というカテゴリーから永遠に抜け出すことはないのかもしれない。
気づいたら体が動いていた。
抱きかかえるようにして持っていたお弁当箱をテーブルに置き、きびすを返して玄関へと向かった。
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