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5.お弁当とイレギュラー***

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「あの、お話しのところ申し訳ありません。松元事務官はどちらでしょうか?」

 圭君の後ろからかわいらしい声が聞こえ、ハッとした。彼の後ろで小柄な女性が怪訝そうな顔をしている。
 しまった。職務中だった。

「大変申し訳ございません。本日松元は急遽欠席となりまして、わたくし北山が代わりを務めさせていただきます」

 名刺を差し出すと、彼は一瞬軽く見張った目をふわりと和らげる。

「山崎法律事務所の朝比奈です」
「アシスタントの菊池(きくち)と申します」

 ふたりと名刺を交換し、今日の流れの説明をする。
 今まで各省のスタッフとは何度か打ち合わせを行ってきたが、民間からのゲスト講師である山崎法律事務所とは最終打ち合わせのみだった。それも弁護士である圭君ではなくアシスタントの菊池さんが参加したそうだ。その時点で原稿は確認済みとなっている。

「本日はどうぞよろしくお願いいたします」

 今日これからの進行について、ふたりに最終確認をし終えたところで、ちょうど開始時間となる。

 司会は他課の後輩だ。彼が本セミナーの趣旨やこの後の進行を滞りなく説明した後、早速私の出番となった。
 
「近年国内ではインバウンドが注目を浴びています。それは同時に、アウトバウントのチャンスなのです」

 軽い自己紹介と場を温めるためのアイスブレイクの後、本題に入る。会場の参加者たちの反応は悪くない。皆食い入るように画面を見ている。

「今日本は、世界から注目を集めています。今こそ我が国の持つ『ジャパン・ブランド』を世界に向けて発信していくチャンスなのです。このアウトバウンドを活かしきれるかどうかが、今後の日本経済を左右することでしょう。企業様への海外進出へのご支援は、日本の将来にとって重要な政策となることは間違いありません」

 ほぼすべての在外公館に設置してある『日本企業支援窓口』を紹介し、実際に現地で行われている支援をいくつかを、スクリーンに映し出されたスライドと共に紹介する。

 大きな企業であれば自らコンサルティングを外注するだろうが、中小企業や個人事業主はなかなか難しい。海外進出に興味はあっても、資金面をはじめ、どういった手順を踏んでいいのかわからない、というのが実情なのだ。
 そのような企業や事業主の最初の一歩を踏み出すきっかけになれるよう、今回のセミナーは企画されたのである。

 すべての説明を終えて舞台袖にはけた後、ほうっと大きく息をついた。無事に先輩の代役を務められたことにも安堵する。

 発表している間、セミナー参加者の意識がこちらに集中するのを肌で感じていた。トップバッターとしての責を無事に果たせただろうか。

 各省庁や関連団体のスタッフと順に講演が続き、すべての講演が終わった後には、会議室に設けられたブースで各担当者と個別に相談や質問などを受け付ける。
 当然ながら私は外務省のブースに入ることになっているが、それまでまだしばらく時間がある。

 ドリンクでひと息入れよう。喉がカラカラだ。空調完備の施設とはいえ、夏のさなかにあれだけ喋れば喉も乾くのも当然だろう。
 邪魔にならないよう隅っこに置いておいたカバンを持ち、その場を後にした。

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