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5.お弁当とイレギュラー***
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「そんなお化けが出たみたいに驚かなくても」
「急に現れてびっくりしただけよ」
いないと思っていたものが出て来てびっくりするのは、結構同じかもしれない。
「いつの間に帰ってたの?」
「十分くらい前だよ。いつものようにランニングから帰ってそのままシャワーに行ったんだ」
言われてみれば、彼の前髪から今にもしずくが垂れそうになっている。急いで彼の首に掛けられたタオルの端を持って、その場所を拭いた。
「あと少しでできるから、先に髪乾かしてきてね」
タオルから手を放してくるりと前を向いた途端、腰に腕が巻きついた。
「わっ! ちょっ……圭君!」
後ろから抱き着かれて鼓動が一気に加速する。
これでは朝食の準備ができない。『離して』と言おうとしたら、彼が肩の上に額を乗せてきた。
「冷たっ」
濡れた髪が首筋に当たって肩をすくめる。苦情を口にしようとしたとき、彼が背中で深い息をついた。
やっぱり本当は疲れているのね……。
さっきは『どこからあんな体力が』と思ったものの、圭君にも疲労が溜まっているのだ。
私が引っ越してきたことで彼も生活パターンが変わっている。新生活の中で残業や出張が続けば、いつもより体力消費が増えるのも当然だ。
だからあのとき『早く寝た方が』って言ったのに!
すうっと息を吸ってからゆっくりと吐き出す。
「この土日はのんびりしようね」
結婚式を終えた後、新生活に必要なものを買い出しに行ったり実家に顔を出したりと、休みのたびにバタバタしていた。結婚式前も合わせると、予定のない週末は本当に久しぶりかもしれない。
「お休みまであと一日よ。とりあえず朝ごはん食べて今日を乗り越えよう」
肩に乗っている頭をそろえた指先で撫でる。
やっぱり気合を入れて早起きをしてよかった。朝食はご飯と味噌汁と卵焼きだけだけど、パンだけよりは腹持ちがいいはずだ。
「髪、乾かしてきてね。その間に用意しておくから」
あとは玉子焼きを作るだけ。五分あればなんとかなるだろう。
うながすように彼の腕を軽く押すと、難なくほどけた。さてと、とボウルに手を伸ばした瞬間、ひとつにくくった髪をよけるようにして首すじをすうっとなぞられた。
「ひゃっ」
声を上げた拍子にボウルの縁を指がかすめ、カン! とステンレスが音を立てる。持ち上げる直前だったからよかったものの、あぶなく卵液をひっくり返すところだった。
「もうっ、圭君!」
目を怒らせながら振り向いた瞬間、ぎゅっと抱き締められた。固い胸板に勢いよく鼻をぶつけて地味に痛い。
「だめだ……がまんできない」
後頭部のあたりから今にも倒れそうな声が聞こえてきた。
そんなにお腹ペコペコになるほど走って来るなんて。疲れているのか元気なのか、いったいどっちなの?
幼なじみとはいえ、成人する頃にはほとんど交流がなくなっていたので、今の彼のことはまだよくわからない。
「わかったわ。急いで食べられるようにするから、圭君は早く髪を――きゃっ!」
全部言い終わる前に耳朶をパクリと咥えられた。はむはむと食まれる。
「ちょっ! なに、あんっ」
身をよじるがたくましい腕にがっちりと体を固定され、身動きが取れない。もがいている間にも舌で転がしたり軽く歯を立てたりしながら、彼は私の耳朶をまるで味わうように弄ぶ。
「んんっ、あっ……」
必死に彼の胸を押し返すが、ビクともしない。そうしているうちに彼の手が臀部を丸く撫で始める。
「んっ、だ、だめだって……んんあっ」
耳の付け根を舐められた途端、ビリビリと強い感覚が全身に走った。背中をのけ反らせながら頭を左右に振るが、きつく吸い上げられたカクンと腰が抜ける。彼の両腕が崩れ落ちる私の体を抱きとめた。
もう、いったいなんなの……!
軽く肩で息をつきながら、苦情を言おうと顔を上げた瞬間。
「うわっ!」
突然ふわりと体が浮き上がり、驚いて彼の首にしがみついた。
「急に現れてびっくりしただけよ」
いないと思っていたものが出て来てびっくりするのは、結構同じかもしれない。
「いつの間に帰ってたの?」
「十分くらい前だよ。いつものようにランニングから帰ってそのままシャワーに行ったんだ」
言われてみれば、彼の前髪から今にもしずくが垂れそうになっている。急いで彼の首に掛けられたタオルの端を持って、その場所を拭いた。
「あと少しでできるから、先に髪乾かしてきてね」
タオルから手を放してくるりと前を向いた途端、腰に腕が巻きついた。
「わっ! ちょっ……圭君!」
後ろから抱き着かれて鼓動が一気に加速する。
これでは朝食の準備ができない。『離して』と言おうとしたら、彼が肩の上に額を乗せてきた。
「冷たっ」
濡れた髪が首筋に当たって肩をすくめる。苦情を口にしようとしたとき、彼が背中で深い息をついた。
やっぱり本当は疲れているのね……。
さっきは『どこからあんな体力が』と思ったものの、圭君にも疲労が溜まっているのだ。
私が引っ越してきたことで彼も生活パターンが変わっている。新生活の中で残業や出張が続けば、いつもより体力消費が増えるのも当然だ。
だからあのとき『早く寝た方が』って言ったのに!
すうっと息を吸ってからゆっくりと吐き出す。
「この土日はのんびりしようね」
結婚式を終えた後、新生活に必要なものを買い出しに行ったり実家に顔を出したりと、休みのたびにバタバタしていた。結婚式前も合わせると、予定のない週末は本当に久しぶりかもしれない。
「お休みまであと一日よ。とりあえず朝ごはん食べて今日を乗り越えよう」
肩に乗っている頭をそろえた指先で撫でる。
やっぱり気合を入れて早起きをしてよかった。朝食はご飯と味噌汁と卵焼きだけだけど、パンだけよりは腹持ちがいいはずだ。
「髪、乾かしてきてね。その間に用意しておくから」
あとは玉子焼きを作るだけ。五分あればなんとかなるだろう。
うながすように彼の腕を軽く押すと、難なくほどけた。さてと、とボウルに手を伸ばした瞬間、ひとつにくくった髪をよけるようにして首すじをすうっとなぞられた。
「ひゃっ」
声を上げた拍子にボウルの縁を指がかすめ、カン! とステンレスが音を立てる。持ち上げる直前だったからよかったものの、あぶなく卵液をひっくり返すところだった。
「もうっ、圭君!」
目を怒らせながら振り向いた瞬間、ぎゅっと抱き締められた。固い胸板に勢いよく鼻をぶつけて地味に痛い。
「だめだ……がまんできない」
後頭部のあたりから今にも倒れそうな声が聞こえてきた。
そんなにお腹ペコペコになるほど走って来るなんて。疲れているのか元気なのか、いったいどっちなの?
幼なじみとはいえ、成人する頃にはほとんど交流がなくなっていたので、今の彼のことはまだよくわからない。
「わかったわ。急いで食べられるようにするから、圭君は早く髪を――きゃっ!」
全部言い終わる前に耳朶をパクリと咥えられた。はむはむと食まれる。
「ちょっ! なに、あんっ」
身をよじるがたくましい腕にがっちりと体を固定され、身動きが取れない。もがいている間にも舌で転がしたり軽く歯を立てたりしながら、彼は私の耳朶をまるで味わうように弄ぶ。
「んんっ、あっ……」
必死に彼の胸を押し返すが、ビクともしない。そうしているうちに彼の手が臀部を丸く撫で始める。
「んっ、だ、だめだって……んんあっ」
耳の付け根を舐められた途端、ビリビリと強い感覚が全身に走った。背中をのけ反らせながら頭を左右に振るが、きつく吸い上げられたカクンと腰が抜ける。彼の両腕が崩れ落ちる私の体を抱きとめた。
もう、いったいなんなの……!
軽く肩で息をつきながら、苦情を言おうと顔を上げた瞬間。
「うわっ!」
突然ふわりと体が浮き上がり、驚いて彼の首にしがみついた。
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