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4.あの夜の続き***
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巧みな舌遣いに翻弄され息が上がって涙目になったころ、ようやく彼の舌が引いていった。離れていく唇をぼうっと目で追っていると、もう一度すばやく啄まれる。
「そんなに名残惜しそうにされたら、離れられないだろ」
「なごっ」
名残惜しくなんてない! といい終わる前にまた口づけられる。
「本当かわいいなぁ、香ちゃんは」
「かわっ……お世辞なんていらないわ」
「お世辞なんかじゃないさ。昔からそう思ってる」
それは〝妹として〟でしょう? のどまで出かかった言葉をのみ込んだ。自分がかわいげがないことくらいよくわかっている。だけどこの場に水を差すようなことはしたくない。
「まったく信じてないようだな」
うろんな目で見られ、ふいっと顔を逸らす。
「仕方ないな。信じてもらえるよう精一杯善処するよ」
帯がシュルリと解かれた。鼓動が一気に加速する。
いよいよ〝あれ〟を見られるのだ。そう思ったら恥ずかしくてたまらない。湯気が出そうな顔を両手で顔を覆ってからすぐに「これは……」と驚きの声が聞こえた。
手のひらをそっとお腹に当てられた。思ったより高い体温が薄い布越しに伝わってくる。すうっと脇を撫でられピクリと体が跳ねた。
「これは俺との初夜のため?」
無言でうなずく。彼が言っているのは浴衣の下に着ているもののことだ。
再会のあの夜、彼は私が相手でもその気になると言っていたけれど、あれは異国の地の非日常がそうさせたのかもしれない。日常に戻って『いざ初夜』というときになって『やっぱり無理でした』なんてことになったら虚しすぎる。そうならないようにできる努力はしたかった。
とはいえ、処女の私にできる努力なんてたかが知れている。せいぜい今まで手に取ったこともないようなセクシーな下着を身に着けることくらいだ。
少しでも大人っぽく見られたいけれど、結婚初夜にふさわしい清純さもほしい。
かなりの時間を要して決めたのは、繊細なレースがふんだんに使われた純白のベビードールだった。
決死の覚悟をしたはずなのに、彼の目にさらされた途端、胸の底から不安がせり上がってきた。処女のくせにいやらしいやつだと思われていたらどうしよう。
「香ちゃん」
ビクンと背中が跳ねた。返事は愚か、顔を覆った両手を外すことすらできない。うながすように頭をぽんっと軽く撫でられ、おずおずと手を下ろすとすぐに額に口づけが降ってきた。
「すごくきれいだ。これを俺のために選んでくれたなんてうれしいよ」
目をすがめてそう言った彼は、指先を筆のようにして鎖骨のくぼみからショーツの手前まで、縦の線を引くようにつうっとなぞる。
普通の下着とは明らかに用途の違うこの下着は、本来隠すべきところを隠そうという意図すらない。胸の先端がレース越しに見えているかと思うと、恥ずかしくて居ても立ってもいられなくなる。今すぐ浴衣の前を閉じて彼の目から隠してしまいたい衝動に駆られるが、それじゃなんのために選んだのか意味がない。
私の葛藤など知る由もない彼は、柔らかな肌触りを楽しむように生地の上からゆっくりと撫でる。
「んっ……」
腹、背中、腰――肝心なところにはどこも触れていないのに、ぞくぞくとした痺れが腰からはい上がってきて、漏れそうになる吐息を何度ものみ込んだ。
「やっぱりウェディングドレス姿も見たかったな」
彼がぽつりとつぶやいたセリフに思わず目を見開いた。
「香ちゃんは肌が白いからきっとよく似合う。本当は着たかったんじゃないのか? ウェディングドレス」
「私は別に」
「母さんの希望を汲んでくれたんだろう?」
お兄ちゃんが言っているのは結婚式を決めたときのことだ。披露宴は行わず身内だけの式にすることを両家顔合わせという名の食事会で告げたとき、彼の母親――美奈子ママが『神社での本格的なお式も素敵よね』とつぶやいた。
「そういうわけじゃないわ。特にこだわりとかもなかったから……それに白無垢なんて他では着る機会はないし、いいかなぁって」
しどろもどろに答えると「ウェディングドレスも同じだろう?」と返ってくる。
「そんなに名残惜しそうにされたら、離れられないだろ」
「なごっ」
名残惜しくなんてない! といい終わる前にまた口づけられる。
「本当かわいいなぁ、香ちゃんは」
「かわっ……お世辞なんていらないわ」
「お世辞なんかじゃないさ。昔からそう思ってる」
それは〝妹として〟でしょう? のどまで出かかった言葉をのみ込んだ。自分がかわいげがないことくらいよくわかっている。だけどこの場に水を差すようなことはしたくない。
「まったく信じてないようだな」
うろんな目で見られ、ふいっと顔を逸らす。
「仕方ないな。信じてもらえるよう精一杯善処するよ」
帯がシュルリと解かれた。鼓動が一気に加速する。
いよいよ〝あれ〟を見られるのだ。そう思ったら恥ずかしくてたまらない。湯気が出そうな顔を両手で顔を覆ってからすぐに「これは……」と驚きの声が聞こえた。
手のひらをそっとお腹に当てられた。思ったより高い体温が薄い布越しに伝わってくる。すうっと脇を撫でられピクリと体が跳ねた。
「これは俺との初夜のため?」
無言でうなずく。彼が言っているのは浴衣の下に着ているもののことだ。
再会のあの夜、彼は私が相手でもその気になると言っていたけれど、あれは異国の地の非日常がそうさせたのかもしれない。日常に戻って『いざ初夜』というときになって『やっぱり無理でした』なんてことになったら虚しすぎる。そうならないようにできる努力はしたかった。
とはいえ、処女の私にできる努力なんてたかが知れている。せいぜい今まで手に取ったこともないようなセクシーな下着を身に着けることくらいだ。
少しでも大人っぽく見られたいけれど、結婚初夜にふさわしい清純さもほしい。
かなりの時間を要して決めたのは、繊細なレースがふんだんに使われた純白のベビードールだった。
決死の覚悟をしたはずなのに、彼の目にさらされた途端、胸の底から不安がせり上がってきた。処女のくせにいやらしいやつだと思われていたらどうしよう。
「香ちゃん」
ビクンと背中が跳ねた。返事は愚か、顔を覆った両手を外すことすらできない。うながすように頭をぽんっと軽く撫でられ、おずおずと手を下ろすとすぐに額に口づけが降ってきた。
「すごくきれいだ。これを俺のために選んでくれたなんてうれしいよ」
目をすがめてそう言った彼は、指先を筆のようにして鎖骨のくぼみからショーツの手前まで、縦の線を引くようにつうっとなぞる。
普通の下着とは明らかに用途の違うこの下着は、本来隠すべきところを隠そうという意図すらない。胸の先端がレース越しに見えているかと思うと、恥ずかしくて居ても立ってもいられなくなる。今すぐ浴衣の前を閉じて彼の目から隠してしまいたい衝動に駆られるが、それじゃなんのために選んだのか意味がない。
私の葛藤など知る由もない彼は、柔らかな肌触りを楽しむように生地の上からゆっくりと撫でる。
「んっ……」
腹、背中、腰――肝心なところにはどこも触れていないのに、ぞくぞくとした痺れが腰からはい上がってきて、漏れそうになる吐息を何度ものみ込んだ。
「やっぱりウェディングドレス姿も見たかったな」
彼がぽつりとつぶやいたセリフに思わず目を見開いた。
「香ちゃんは肌が白いからきっとよく似合う。本当は着たかったんじゃないのか? ウェディングドレス」
「私は別に」
「母さんの希望を汲んでくれたんだろう?」
お兄ちゃんが言っているのは結婚式を決めたときのことだ。披露宴は行わず身内だけの式にすることを両家顔合わせという名の食事会で告げたとき、彼の母親――美奈子ママが『神社での本格的なお式も素敵よね』とつぶやいた。
「そういうわけじゃないわ。特にこだわりとかもなかったから……それに白無垢なんて他では着る機会はないし、いいかなぁって」
しどろもどろに答えると「ウェディングドレスも同じだろう?」と返ってくる。
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