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3.あの頃と同じこと、違うこと。***
[1]ー3
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失恋相手の結城櫂人(ゆうきかいと)は、仕事だけでなく人柄も容姿も驚くほど完璧だった。
一緒に働き出してからあっという間に彼のことが好きになったが、アメリカにいるうちは告白しないことに決めていた。逃げ場のない海外勤務だ。気まずい空気になるのは避けたかったし、真摯に職務を遂行する彼の邪魔もしたくはなかった。
そうしてひそかに恋心を温め続けて二年。幸いなことに彼と同時に日本に戻って来られた。それがこの四月のことだ。
「それで、告白したけどダメだった、ということか」
お兄ちゃんの残念そうなセリフに頭を左右に振る。
「告白しようと思ったんだけど、その前に首席に特別な人がいることがわかったの」
アメリカにいる間は、そんな相手を日本に残してきた感じはしなかったから驚いた。
彼に恋人がいるとわかっても、すぐには諦められなかった。
ここまで理想とぴったりの相手にはきっともう二度と巡り合えない。そう自分を奮い立たせたけれど、そんなこと意味がなかった。相手女性との間に、彼の子どもがいると聞かされたのだ。
頭を金づちで殴られたような衝撃が走った。あんなに誠実で真面目そうな男性が、まさか結婚前に恋人を妊娠させるなんて。しかもどう見ても彼女がひとりで子どもを育てていたようだった。
彼のことを理想の人だと信じて疑わなかったのに、まさかその真逆だったのだ。
幻滅した。彼だけでなく、自分にも。
勝手に彼に理想を重ねて、勝手に裏切られたような気持ちになって。
しかも最悪なことに、事実を知る前にその女性に自分勝手な正義感をぶつけていた。
『軽い気持ちならお引き取りください』――なんて、なにも知らないくせによく言えたものだ。本当最悪最低。
すべてを知った後、激しい羞恥と自己嫌悪に襲われて、ものの例えではなく実際にのたうち回った。
さすがにこんなことお兄ちゃんには言えない。
左手を顔の前に持ち上げる。
「きっとここには赤い糸なんてもともとなかったんだわ」
「香ちゃん……」
困ったような声にハッとした。聞かれたこととはいえ、こんな話面白いわけがない。
「あーあ、せっかく理想の人に巡り合えたと思ったのになー」
あえておどけた口調で言って目の前にある缶を開ける。ライチ酎ハイは歯が溶けそうなくらい甘いのに、どこかほろ苦い。
「そんなことより圭吾お兄ちゃんはどうなの? 彼女のひとりやふたりいるんでしょう?」
「ひとりやふたりって……俺をなんだと思っているんだ」
じろりと睨まれる。
「だって昔から相当モテてたじゃない」
「そうでもない。仮にそうだとしてもふた股をかけたことなんて一度もないぞ」
知っている。お兄ちゃんはいつだって誠実だ。遊びで女の子と付き合ったりしない。
だからこそショックだった。
『今度はその人のことが私より大事なんだ』
そう思ったら、その位置に立つことのできない妹ポジションが虚しくてたまらなかった。
いっそ遊びだったらよかったのに。そしたら〝彼女〟より〝妹〟の方が彼にとって大事なのだと思える。
そんなひどいことを考えてしまう自分が嫌になったのもあり、彼のことを諦めることにしたのだ。
「冗談よ。圭吾お兄ちゃんはそんなことしないってわかってる。奥さんになる人は幸せね」
「だといいな。でもまずは、その相手を探さないとな」
「うそ」
思わず口にすると、彼が眉をしかめる。
「うそなんてついてどうするんだよ。ここ数年は仕事ばかりで恋愛に回す余力がなかったんだ。日本に戻ったら本格的に紹介を頼もうと思っているくらいだ」
「それって、お見合いするってこと?」
「ああ」
ガツンと頭を叩かれたような気がした。
三十三という年齢を考えたら結婚願望が強くなってもおかしくはない。けれど彼なら相手には困らないはずだ。それなのにどうして。
一緒に働き出してからあっという間に彼のことが好きになったが、アメリカにいるうちは告白しないことに決めていた。逃げ場のない海外勤務だ。気まずい空気になるのは避けたかったし、真摯に職務を遂行する彼の邪魔もしたくはなかった。
そうしてひそかに恋心を温め続けて二年。幸いなことに彼と同時に日本に戻って来られた。それがこの四月のことだ。
「それで、告白したけどダメだった、ということか」
お兄ちゃんの残念そうなセリフに頭を左右に振る。
「告白しようと思ったんだけど、その前に首席に特別な人がいることがわかったの」
アメリカにいる間は、そんな相手を日本に残してきた感じはしなかったから驚いた。
彼に恋人がいるとわかっても、すぐには諦められなかった。
ここまで理想とぴったりの相手にはきっともう二度と巡り合えない。そう自分を奮い立たせたけれど、そんなこと意味がなかった。相手女性との間に、彼の子どもがいると聞かされたのだ。
頭を金づちで殴られたような衝撃が走った。あんなに誠実で真面目そうな男性が、まさか結婚前に恋人を妊娠させるなんて。しかもどう見ても彼女がひとりで子どもを育てていたようだった。
彼のことを理想の人だと信じて疑わなかったのに、まさかその真逆だったのだ。
幻滅した。彼だけでなく、自分にも。
勝手に彼に理想を重ねて、勝手に裏切られたような気持ちになって。
しかも最悪なことに、事実を知る前にその女性に自分勝手な正義感をぶつけていた。
『軽い気持ちならお引き取りください』――なんて、なにも知らないくせによく言えたものだ。本当最悪最低。
すべてを知った後、激しい羞恥と自己嫌悪に襲われて、ものの例えではなく実際にのたうち回った。
さすがにこんなことお兄ちゃんには言えない。
左手を顔の前に持ち上げる。
「きっとここには赤い糸なんてもともとなかったんだわ」
「香ちゃん……」
困ったような声にハッとした。聞かれたこととはいえ、こんな話面白いわけがない。
「あーあ、せっかく理想の人に巡り合えたと思ったのになー」
あえておどけた口調で言って目の前にある缶を開ける。ライチ酎ハイは歯が溶けそうなくらい甘いのに、どこかほろ苦い。
「そんなことより圭吾お兄ちゃんはどうなの? 彼女のひとりやふたりいるんでしょう?」
「ひとりやふたりって……俺をなんだと思っているんだ」
じろりと睨まれる。
「だって昔から相当モテてたじゃない」
「そうでもない。仮にそうだとしてもふた股をかけたことなんて一度もないぞ」
知っている。お兄ちゃんはいつだって誠実だ。遊びで女の子と付き合ったりしない。
だからこそショックだった。
『今度はその人のことが私より大事なんだ』
そう思ったら、その位置に立つことのできない妹ポジションが虚しくてたまらなかった。
いっそ遊びだったらよかったのに。そしたら〝彼女〟より〝妹〟の方が彼にとって大事なのだと思える。
そんなひどいことを考えてしまう自分が嫌になったのもあり、彼のことを諦めることにしたのだ。
「冗談よ。圭吾お兄ちゃんはそんなことしないってわかってる。奥さんになる人は幸せね」
「だといいな。でもまずは、その相手を探さないとな」
「うそ」
思わず口にすると、彼が眉をしかめる。
「うそなんてついてどうするんだよ。ここ数年は仕事ばかりで恋愛に回す余力がなかったんだ。日本に戻ったら本格的に紹介を頼もうと思っているくらいだ」
「それって、お見合いするってこと?」
「ああ」
ガツンと頭を叩かれたような気がした。
三十三という年齢を考えたら結婚願望が強くなってもおかしくはない。けれど彼なら相手には困らないはずだ。それなのにどうして。
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