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3.あの頃と同じこと、違うこと。***
[1]ー2
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カジノに夢中になった私が依頼料のことを忘れるのを狙っていたの?
じっと見つめると、ふいと目を逸らされた。
「圭吾お兄ちゃん!」
「バレたか」
こちらに顔を戻しニヤリと口の端を上げられ、言葉を失う。まさかうやむやにしようとしていたなんて。
そっちがその気ならこっちにだって考えがある。
「約束を反故にする気なら、事務所あてに依頼料を振り込むからね」
どこの法律事務所に所属しているかなんて、彼の母親に聞けばすぐに教えてくれるだろう。幼なじみの強みを生かさない手はない。
絶対に譲らないわよと、じっとりした目で見続けていると、とうとう彼が音を上げた。
「さすがにそれは困るな」
眉尻を下げた彼に、それならきちんと依頼料を払わせてと迫ると、彼は少しの間逡巡してから、再び口を開いた。
「じゃあコイントスで決めよう」
「え?」
「コイントス。知らないのか?」
「もちろん知ってるわよ」
投げたコインの裏表を当てるシンプルなゲームだ。コインさえあればどこでもできる。
「最初からそれにすればよかったんじゃない? カジノに行く意味あったの?」
思ったことをそのまま口にしたら、彼があははと声を上げる。
「でも楽しかっただろう?」
「……まあまあ」
うそ。すごく楽しかった。
だけどそれは彼が一緒だったからだ。おそらくひとりだったら気後れして行かなかったと思う。
ましてやあんなことがあった後だ。部屋から一歩も出ずに、残りの時間を部屋で悶々と過ごしながら、ひとりでここに来たことを後悔していたことだろう。
そもそもあれ以上のことが起こらなかったのは、お兄ちゃんのおかげなのだ。
持ったままだったグラスを勢いよくあおり、テーブルの上にカタンと置く。
「わかった、それでいいわ。やりましょう」
交互に二回ずつ投げることにした。
すぐに結果が出た。
二対二で同点だ。
五回目で決着をつけることになり、彼が投げて私が表か裏を決めることにした。
ピンと弾かれたコインが、くるくると回転しながらごつごつした手の甲に着地する。同時に、反対の手がそれを押さえた。
「Head or tail ?」
「Head !(表)」
ゆっくりと上の手が外されて見えたのは――。
「裏だ」
「ええー……」
やった、とガッツポーズをする彼の隣で、がっくりとうなだれる。
「これで依頼料の件はなしだぞ」
「……わかったわよ」
最後の最後で負けたのが悔しくて、缶に残っているビールをそのままごくごくと一気にあおる。
「香ちゃんもお酒を飲めるようになったんだな」
しみじみとした口調で言われ、むうっと膨れる。
「当たり前でしょ。私、もう二十八なのよ」
いくらなんでもアラサーになってまで未成年扱いは勘弁してほしい。
「結婚はまだなのか?」
「……結婚どころか付き合ってる相手もいないわ」
どうせ真面目だけが取り柄のかわいくない女ですよ。
「それはもったいないな。こんなにかわいいのに」
「かわっ!」
見る見る顔が熱くなっていく。うっかり喜びかけたが、簡単にそんなことが言えるのは、彼が私のことを身内扱いしているからだ。姉が私のことを『かわいい』というのと同じ感覚だろう。
「お、お世辞を言ってくれなくてもいいの。実際にモテないし、失恋して旅行に出ちゃうような痛いアラサーですから」
「傷心旅行だったのか……。いったいどんなヤツなんだ、香ちゃんを振るなんて」
失恋相手のことを聞かれるなんて思いも寄らず口ごもる。
「言いたくないなら言わなくてもいいけど」
「別にそういうわけじゃないわ」
多分私は失恋のことを誰かに聞いてほしかったのだ。できたらそれは相手のことを知らない人の方がいい。
「職場の人よ」
「ということは外務省の」
「うん、とても有能な外交官なの。異例のスピードで首席事務官になったくらい」
今は直接の上司ではないが、アメリカの大使館でも一緒に働いていたことを話す。
じっと見つめると、ふいと目を逸らされた。
「圭吾お兄ちゃん!」
「バレたか」
こちらに顔を戻しニヤリと口の端を上げられ、言葉を失う。まさかうやむやにしようとしていたなんて。
そっちがその気ならこっちにだって考えがある。
「約束を反故にする気なら、事務所あてに依頼料を振り込むからね」
どこの法律事務所に所属しているかなんて、彼の母親に聞けばすぐに教えてくれるだろう。幼なじみの強みを生かさない手はない。
絶対に譲らないわよと、じっとりした目で見続けていると、とうとう彼が音を上げた。
「さすがにそれは困るな」
眉尻を下げた彼に、それならきちんと依頼料を払わせてと迫ると、彼は少しの間逡巡してから、再び口を開いた。
「じゃあコイントスで決めよう」
「え?」
「コイントス。知らないのか?」
「もちろん知ってるわよ」
投げたコインの裏表を当てるシンプルなゲームだ。コインさえあればどこでもできる。
「最初からそれにすればよかったんじゃない? カジノに行く意味あったの?」
思ったことをそのまま口にしたら、彼があははと声を上げる。
「でも楽しかっただろう?」
「……まあまあ」
うそ。すごく楽しかった。
だけどそれは彼が一緒だったからだ。おそらくひとりだったら気後れして行かなかったと思う。
ましてやあんなことがあった後だ。部屋から一歩も出ずに、残りの時間を部屋で悶々と過ごしながら、ひとりでここに来たことを後悔していたことだろう。
そもそもあれ以上のことが起こらなかったのは、お兄ちゃんのおかげなのだ。
持ったままだったグラスを勢いよくあおり、テーブルの上にカタンと置く。
「わかった、それでいいわ。やりましょう」
交互に二回ずつ投げることにした。
すぐに結果が出た。
二対二で同点だ。
五回目で決着をつけることになり、彼が投げて私が表か裏を決めることにした。
ピンと弾かれたコインが、くるくると回転しながらごつごつした手の甲に着地する。同時に、反対の手がそれを押さえた。
「Head or tail ?」
「Head !(表)」
ゆっくりと上の手が外されて見えたのは――。
「裏だ」
「ええー……」
やった、とガッツポーズをする彼の隣で、がっくりとうなだれる。
「これで依頼料の件はなしだぞ」
「……わかったわよ」
最後の最後で負けたのが悔しくて、缶に残っているビールをそのままごくごくと一気にあおる。
「香ちゃんもお酒を飲めるようになったんだな」
しみじみとした口調で言われ、むうっと膨れる。
「当たり前でしょ。私、もう二十八なのよ」
いくらなんでもアラサーになってまで未成年扱いは勘弁してほしい。
「結婚はまだなのか?」
「……結婚どころか付き合ってる相手もいないわ」
どうせ真面目だけが取り柄のかわいくない女ですよ。
「それはもったいないな。こんなにかわいいのに」
「かわっ!」
見る見る顔が熱くなっていく。うっかり喜びかけたが、簡単にそんなことが言えるのは、彼が私のことを身内扱いしているからだ。姉が私のことを『かわいい』というのと同じ感覚だろう。
「お、お世辞を言ってくれなくてもいいの。実際にモテないし、失恋して旅行に出ちゃうような痛いアラサーですから」
「傷心旅行だったのか……。いったいどんなヤツなんだ、香ちゃんを振るなんて」
失恋相手のことを聞かれるなんて思いも寄らず口ごもる。
「言いたくないなら言わなくてもいいけど」
「別にそういうわけじゃないわ」
多分私は失恋のことを誰かに聞いてほしかったのだ。できたらそれは相手のことを知らない人の方がいい。
「職場の人よ」
「ということは外務省の」
「うん、とても有能な外交官なの。異例のスピードで首席事務官になったくらい」
今は直接の上司ではないが、アメリカの大使館でも一緒に働いていたことを話す。
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