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3.あの頃と同じこと、違うこと。***
[1]ー1
しおりを挟む「お邪魔しまーす」
ドアを開けて恐る恐る部屋の中に入ると、後ろからクツクツと笑う声がする。
「お邪魔しますって、自分の部屋だろ」
「それはそうなんだけど……」
豪華すぎるこの部屋を自分の場所だと思うには、まだまだ時間が足りなさそうだ。
再びお兄ちゃんと一緒に客室へと戻って来た。ホテル側の好意でグレードアップされた部屋は、眺望抜群のスイートルームだ。
ここなら周りを気にすることなくゆっくりおしゃべりできる。大きなソファセットやテレビが置いてあるリビングにいると、まるで昔に戻ったような気持ちになれそうだ。
お腹に入れるものはカジノを出た後ショッピングモール内にあるスーパーマーケットで購入して来た。滞在中に足りないものがあれば買いに行こうと思って、あらかじめチェックしておいたのだ。
「本当にいいのか?」
中身の詰まった袋をテーブルに置きながらお兄ちゃんが言う。もう何度目かになるその質問に思わず眉根が寄った。
「もちろんよ。さっきから何度も言ってるでしょ? 逆になにがだめなの?」
食事はレストランでしないといけないという決まりはない。
「いや、でも」
「ソファーに並んでテレビを見ながら飲むなんて、仲の良い〝兄妹〟なら普通にやることでしょ?」
「そう……だよな」
なんとも煮え切らない態度のくせに同意されて、胸に針を刺されたような痛みが走る。
なんだろうこの痛みは。
彼以外の人に恋もしたし、付き合った経験もある。こうして傷心旅行をするほど手痛い失恋だってした。初恋なんてもうとっくの昔に卒業したはずだ。
「私、お皿とグラス出してくる。適当に座っててね、お・にい・ちゃん」
最後のところを強調してから、くるりと背を向けた。
もしかして失恋のせいで過敏になっているのだろうか。だから彼に妹扱いされるたび、女性としての魅力に欠けることを実感してもやもやするのかもしれない。だとしたら、彼に腹を立てるのは完全なる八つ当たりだ。
我ながらなんて子どもっぽいのだろう。つい先日も、勝手な思い込みで他人を傷つけるような発言をしてしまったばかりなのに。
成長しなければ。
はあ、とため息をつきながら、ミニバーコーナーの前に立つ。
グラスを取ろうと吊戸棚に手を伸ばすが、思ったより高いところにあった。
うん、と背伸びをしたら横からぬっと太い腕が伸びてきた。反射的に振り返る。男らしい喉仏が目に飛び込んできた。
ハッと息をのんだせいで、ほんのりと甘く爽やかなフレグランスが一気に肺に押し寄せてくる。
「これか?」
「う、うん。ありがとう」
昔とは違う大人の香りをまとった彼に、ぎくしゃくと返事をした。
一緒にソファーまで戻り、彼が三人掛けのソファーに腰を下ろしたので、私は九十度になるようひとり掛けの方に座る。
張りのある座面とふかふかのクッションの座り心地のおかげで、ざわざわした胸の中が徐々に凪いでいく。カジノのイスとは大違いだ。
買ってきたサンドイッチやローストビーフ、チーズやサラミをお皿に盛り付け、スナック菓子やナッツも出したら、昔、子どもだけでお菓子パーティをしたときのことを思い出し、気分が高揚してくる。目を輝かせた彼も同じことを思ったようだ。
「なんだか子どものときを思い出すな」
「飲み物は大人向けだけどね」
「確かに」
クスリと笑う彼のグラスにビールをつぐ。
「なにに乾杯する?」
「そうだな……十年ぶりの再会とカジノでの勝利に」
お互い顔を見合わせてクスクスと笑う。
「乾杯」
グラスを持ち上げた後、口をつける。ゴクゴクと喉を鳴らした直後、ハッとした。
「あぁっ!」
「どうした、突然大きな声を出して」
「あ、ごめん――じゃなくてっ、賭けがまだだったわ」
「ああ」
『なんだそんなことか』とでもいうような相づちにハッとする。
「もしかして、最初からそのつもりだったんじゃ……」
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