7 / 68
2.再会は異国の地で
[2]ー2
しおりを挟む
今度の来客も予定通り副支配人だった。部下ひとりと地元警官ふたりを引き連れてやって来た。
事情聴取は時間がかかるだろうと覚悟していたけれど、動画の提出と私の証言だけですんなりと終了する。
警察官が帰って行った後、副支配人は深々と腰を折って謝罪した。
私を襲ったふたり組は警察に連行され、今後一切このホテルや併設してある施設への立ち入りも禁じたそうだ。心底ほっとした。
すべての話が終わった後、副支配人がこの件のお詫びにと、別の部屋を用意してくれるという。悪いのはあの男たちであってホテルではない。そう言って断ったが、副支配人は引かなかった。
『この部屋は私達だけでなく警官まで入りましたので、事件のことを思い出してしまうことでしょう。せっかく当ホテルへお泊りいただいたのに、不快な記憶で終わってほしくないのです。荷物の移動は当方でいたしますので、ぜひ』
柔らかく丁寧な口調ながらも、押しは強い。どうしようかと逡巡していると、それまで黙っていたお兄ちゃんが口を開く。
「香ちゃん、せっかくのご厚意だ。ここは素直に受け取ったらいいんじゃないか?」
お兄ちゃんからの後押しに、副支配人に向かって『わかりました』と返した。
連絡を受けたホテルスタッフがすぐにやってきた。案内された部屋に驚く。
前の部屋とは段違いに広い上、リビングとベッドルームが分かれていた。まさか彼が同室だと勘違いしているのではないかと焦って訊ねると、そんなことはないとあっさり否定された。
窓の向こうには『ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ』の太陽電池を備えたスーパーツリーや『フラワードーム』などの特徴的な建物がよく見え、その向こうにはマリーナ湾が広がっている。
豪華すぎるサービスに二の句が継げないでいるうちに、スタッフはクラブフロア専用のラウンジやレストランが無料で使用できることなどを説明して去って行った。
「よかったな。クラブフロアの客なら質の悪いやつもそんなにいないだろう」
「そ……そうね」
お兄ちゃんの言葉にやっと我に返る。見知らぬ男達から強制わいせつを受けた私に、少しでも恐怖心や嫌な記憶を持ち続けなくて済むように配慮してくれたのだと気がついた。さすが五つ星ホテル。ホスピタリティのレベルがけた違いだ。
「それにしてもずいぶん早く済んでびっくりしたわ」
思わずそう口にすると、お兄ちゃんはなにかを悟ったように「ああ」と口にする。
「この国は日本と違って強制わいせつ罪でも裁判所の令状なしで逮捕ができるんだ。今回は証拠動画と被害者本人の証言があれば十分だったんだろうな」
「そうなんだ……」
「ああ。でももしまた呼び出しがあったら、ホテルでも警察でも付き添うから安心していい」
「ありがとう、圭吾お兄ちゃん」
顔を見てお礼を言うと、もう一度頭をぽんぽんとはたかれた。
子どもの頃から変わらない温かさに安堵する。それと同時に、前向きな気持ちに慣れているのは、他でもないお兄ちゃんのおかげだと気がついた。
「圭吾お兄ちゃん。いえ、朝比奈弁護士」
あらたまった言い方をした私に、彼が目を丸くする。
「今回のこと、本当にありがとうございました。証拠動画と事情聴取への付き添い等にかかる依頼料を教えていただけませんか? きちんとお支払いします」
弁護士依頼にいったいどれくらいの費用がかかるのは知らない。けれど九年間がんばって働いて貯めてきたお金がある。出せない金額ではないはずだ。
「依頼料なんていいよ。付き添うくらいならいくらでもする。香ちゃんは妹同然なんだから」
〝妹同然〟という言葉に、ピクリと眉が寄った。やっぱりあの頃となにも変わらないのだ。そう思ったら意地の塊のようなものがこみ上げてきた。
「いいえ、これはれっきとした弁護士の仕事よ。幼なじみだろうがなんだろうが関係ないわ。仕事に対する対価はきちんとお支払いいたします」
断固として譲らないわよ! という気持ちで見上げる。彼は横にまっすぐに伸びた眉を下げた。
「言い出したら聞かないところは昔と変わらないな」
「な!」
昔とは違うところを見せたかったのに、これじゃまったく逆効果だ。どう言ったらいいのだろうと逡巡していると、頭をくしゃくしゃとかき混ぜられる。
「わっ……ちょっと!」
やめてよ、と抗議の気持ちを込めてじろりと睨むと、〝しょうがないな〟とでも言うような溜め息が聞こえてきた。
「わかったよ」
「え! 本当?」
「ああ」
やったわ! とこぶしを握りしめると同時に「ただし」と言われる。
「俺との勝負に勝てたらな」
彼は口の端を持ち上げ不敵に微笑んだ。
事情聴取は時間がかかるだろうと覚悟していたけれど、動画の提出と私の証言だけですんなりと終了する。
警察官が帰って行った後、副支配人は深々と腰を折って謝罪した。
私を襲ったふたり組は警察に連行され、今後一切このホテルや併設してある施設への立ち入りも禁じたそうだ。心底ほっとした。
すべての話が終わった後、副支配人がこの件のお詫びにと、別の部屋を用意してくれるという。悪いのはあの男たちであってホテルではない。そう言って断ったが、副支配人は引かなかった。
『この部屋は私達だけでなく警官まで入りましたので、事件のことを思い出してしまうことでしょう。せっかく当ホテルへお泊りいただいたのに、不快な記憶で終わってほしくないのです。荷物の移動は当方でいたしますので、ぜひ』
柔らかく丁寧な口調ながらも、押しは強い。どうしようかと逡巡していると、それまで黙っていたお兄ちゃんが口を開く。
「香ちゃん、せっかくのご厚意だ。ここは素直に受け取ったらいいんじゃないか?」
お兄ちゃんからの後押しに、副支配人に向かって『わかりました』と返した。
連絡を受けたホテルスタッフがすぐにやってきた。案内された部屋に驚く。
前の部屋とは段違いに広い上、リビングとベッドルームが分かれていた。まさか彼が同室だと勘違いしているのではないかと焦って訊ねると、そんなことはないとあっさり否定された。
窓の向こうには『ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ』の太陽電池を備えたスーパーツリーや『フラワードーム』などの特徴的な建物がよく見え、その向こうにはマリーナ湾が広がっている。
豪華すぎるサービスに二の句が継げないでいるうちに、スタッフはクラブフロア専用のラウンジやレストランが無料で使用できることなどを説明して去って行った。
「よかったな。クラブフロアの客なら質の悪いやつもそんなにいないだろう」
「そ……そうね」
お兄ちゃんの言葉にやっと我に返る。見知らぬ男達から強制わいせつを受けた私に、少しでも恐怖心や嫌な記憶を持ち続けなくて済むように配慮してくれたのだと気がついた。さすが五つ星ホテル。ホスピタリティのレベルがけた違いだ。
「それにしてもずいぶん早く済んでびっくりしたわ」
思わずそう口にすると、お兄ちゃんはなにかを悟ったように「ああ」と口にする。
「この国は日本と違って強制わいせつ罪でも裁判所の令状なしで逮捕ができるんだ。今回は証拠動画と被害者本人の証言があれば十分だったんだろうな」
「そうなんだ……」
「ああ。でももしまた呼び出しがあったら、ホテルでも警察でも付き添うから安心していい」
「ありがとう、圭吾お兄ちゃん」
顔を見てお礼を言うと、もう一度頭をぽんぽんとはたかれた。
子どもの頃から変わらない温かさに安堵する。それと同時に、前向きな気持ちに慣れているのは、他でもないお兄ちゃんのおかげだと気がついた。
「圭吾お兄ちゃん。いえ、朝比奈弁護士」
あらたまった言い方をした私に、彼が目を丸くする。
「今回のこと、本当にありがとうございました。証拠動画と事情聴取への付き添い等にかかる依頼料を教えていただけませんか? きちんとお支払いします」
弁護士依頼にいったいどれくらいの費用がかかるのは知らない。けれど九年間がんばって働いて貯めてきたお金がある。出せない金額ではないはずだ。
「依頼料なんていいよ。付き添うくらいならいくらでもする。香ちゃんは妹同然なんだから」
〝妹同然〟という言葉に、ピクリと眉が寄った。やっぱりあの頃となにも変わらないのだ。そう思ったら意地の塊のようなものがこみ上げてきた。
「いいえ、これはれっきとした弁護士の仕事よ。幼なじみだろうがなんだろうが関係ないわ。仕事に対する対価はきちんとお支払いいたします」
断固として譲らないわよ! という気持ちで見上げる。彼は横にまっすぐに伸びた眉を下げた。
「言い出したら聞かないところは昔と変わらないな」
「な!」
昔とは違うところを見せたかったのに、これじゃまったく逆効果だ。どう言ったらいいのだろうと逡巡していると、頭をくしゃくしゃとかき混ぜられる。
「わっ……ちょっと!」
やめてよ、と抗議の気持ちを込めてじろりと睨むと、〝しょうがないな〟とでも言うような溜め息が聞こえてきた。
「わかったよ」
「え! 本当?」
「ああ」
やったわ! とこぶしを握りしめると同時に「ただし」と言われる。
「俺との勝負に勝てたらな」
彼は口の端を持ち上げ不敵に微笑んだ。
1
お気に入りに追加
231
あなたにおすすめの小説
シンデレラは王子様と離婚することになりました。
及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・
なりませんでした!!
【現代版 シンデレラストーリー】
貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。
はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。
しかしながら、その実態は?
離婚前提の結婚生活。
果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
私を抱かないと新曲ができないって本当ですか? 〜イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い〜
入海月子
恋愛
「君といると曲のアイディアが湧くんだ」
昔から大ファンで、好きで好きでたまらない
憧れのミュージシャン藤崎東吾。
その人が作曲するには私が必要だと言う。
「それってほんと?」
藤崎さんの新しい曲、藤崎さんの新しいアルバム。
「私がいればできるの?私を抱いたらできるの?」
絶対後悔するとわかってるのに、正気の沙汰じゃないとわかっているのに、私は頷いてしまった……。
**********************************************
仕事を頑張る希とカリスマミュージシャン藤崎の
体から始まるキュンとくるラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる