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2.再会は異国の地で

[2]ー2

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 今度の来客も予定通り副支配人だった。部下ひとりと地元警官ふたりを引き連れてやって来た。

 事情聴取は時間がかかるだろうと覚悟していたけれど、動画の提出と私の証言だけですんなりと終了する。
 警察官が帰って行った後、副支配人は深々と腰を折って謝罪した。
 私を襲ったふたり組は警察に連行され、今後一切このホテルや併設してある施設への立ち入りも禁じたそうだ。心底ほっとした。

 すべての話が終わった後、副支配人がこの件のお詫びにと、別の部屋を用意してくれるという。悪いのはあの男たちであってホテルではない。そう言って断ったが、副支配人は引かなかった。

『この部屋は私達だけでなく警官まで入りましたので、事件のことを思い出してしまうことでしょう。せっかく当ホテルへお泊りいただいたのに、不快な記憶で終わってほしくないのです。荷物の移動は当方でいたしますので、ぜひ』

 柔らかく丁寧な口調ながらも、押しは強い。どうしようかと逡巡していると、それまで黙っていたお兄ちゃんが口を開く。

「香ちゃん、せっかくのご厚意だ。ここは素直に受け取ったらいいんじゃないか?」

 お兄ちゃんからの後押しに、副支配人に向かって『わかりました』と返した。

 連絡を受けたホテルスタッフがすぐにやってきた。案内された部屋に驚く。
 前の部屋とは段違いに広い上、リビングとベッドルームが分かれていた。まさか彼が同室だと勘違いしているのではないかと焦って訊ねると、そんなことはないとあっさり否定された。

 窓の向こうには『ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ』の太陽電池を備えたスーパーツリーや『フラワードーム』などの特徴的な建物がよく見え、その向こうにはマリーナ湾が広がっている。

 豪華すぎるサービスに二の句が継げないでいるうちに、スタッフはクラブフロア専用のラウンジやレストランが無料で使用できることなどを説明して去って行った。

「よかったな。クラブフロアの客なら質の悪いやつもそんなにいないだろう」
「そ……そうね」

 お兄ちゃんの言葉にやっと我に返る。見知らぬ男達から強制わいせつを受けた私に、少しでも恐怖心や嫌な記憶を持ち続けなくて済むように配慮してくれたのだと気がついた。さすが五つ星ホテル。ホスピタリティのレベルがけた違いだ。

「それにしてもずいぶん早く済んでびっくりしたわ」

 思わずそう口にすると、お兄ちゃんはなにかを悟ったように「ああ」と口にする。

「この国は日本と違って強制わいせつ罪でも裁判所の令状なしで逮捕ができるんだ。今回は証拠動画と被害者本人の証言があれば十分だったんだろうな」
「そうなんだ……」
「ああ。でももしまた呼び出しがあったら、ホテルでも警察でも付き添うから安心していい」
「ありがとう、圭吾お兄ちゃん」

 顔を見てお礼を言うと、もう一度頭をぽんぽんとはたかれた。
 子どもの頃から変わらない温かさに安堵する。それと同時に、前向きな気持ちに慣れているのは、他でもないお兄ちゃんのおかげだと気がついた。

「圭吾お兄ちゃん。いえ、朝比奈弁護士」

 あらたまった言い方をした私に、彼が目を丸くする。

「今回のこと、本当にありがとうございました。証拠動画と事情聴取への付き添い等にかかる依頼料を教えていただけませんか? きちんとお支払いします」

 弁護士依頼にいったいどれくらいの費用がかかるのは知らない。けれど九年間がんばって働いて貯めてきたお金がある。出せない金額ではないはずだ。

「依頼料なんていいよ。付き添うくらいならいくらでもする。香ちゃんは妹同然なんだから」

 〝妹同然〟という言葉に、ピクリと眉が寄った。やっぱりあの頃となにも変わらないのだ。そう思ったら意地の塊のようなものがこみ上げてきた。

「いいえ、これはれっきとした弁護士の仕事よ。幼なじみだろうがなんだろうが関係ないわ。仕事に対する対価はきちんとお支払いいたします」

 断固として譲らないわよ! という気持ちで見上げる。彼は横にまっすぐに伸びた眉を下げた。

「言い出したら聞かないところは昔と変わらないな」
「な!」

 昔とは違うところを見せたかったのに、これじゃまったく逆効果だ。どう言ったらいいのだろうと逡巡していると、頭をくしゃくしゃとかき混ぜられる。

「わっ……ちょっと!」

 やめてよ、と抗議の気持ちを込めてじろりと睨むと、〝しょうがないな〟とでも言うような溜め息が聞こえてきた。

「わかったよ」
「え! 本当?」
「ああ」

 やったわ! とこぶしを握りしめると同時に「ただし」と言われる。

「俺との勝負に勝てたらな」

 彼は口の端を持ち上げ不敵に微笑んだ。




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