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2.再会は異国の地で

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「やっぱり、香ちゃんだ」

 驚いた。まさかこんな所で再会するなんて。
 私を助けてくれたのは、幼い頃よく面倒を見てくれた幼なじみのお兄ちゃんだった。

 彼の家と私の家とは子ども同士も母親同士も気が合ったため、家族ぐるみで仲良くしていた。
 中でも一番年上の圭吾お兄ちゃんは、六つ年下の私と遊んでくれるだけでなく勉強も教えてくれた。優しくて根気強いので、わからないところがあると五つ上の姉を飛ばしてわざわざ彼に持って行ったりもした。

 それは彼が高校二年生の頃まで続いていたが、大学受験があるから控えた方がいいとお母さんに言われて我慢するようになり、彼が大学進学と同時に家を出たため顔を合わせること自体年に一二度となった。こうして顔を合わせるのは、十数年ぶりだ。

「一緒に来た人は? おじさんやおばさんと? それとも友だち?」
「ううん、私ひとりよ」
「ひとりでここに泊まっているのか?」
「そう」

 途端、彼は形のよい眉をきゅっと寄せた。

「女の子がひとりで来るなんて、なにかあったらどうするんだ」
「女の子って……もう子どもじゃないのよ、ひとりで海外旅行くらいするわよ」
「子どもじゃないからこそ危険なこともあるんだ。現に危ない目にあっただろう」

 ぐっと言葉に詰まった。
 女ひとりでの海外旅行、私だって警戒心がまったくないわけじゃなかった。

 だけどここシンガポールは、アジアはもちろん、世界的に見ても治安のよい国で、その中でも五つ星をもらったこのホテルなら安全面で問題ないと考えたのだ。

 仕事柄様々な国のことを他人ひとより知っているから大丈夫だと旅行先を選んだのに、まさかこんな目に遭うなんて思いも寄らなかった。

 ついさっきの出来事がフラッシュバックしそうになり、唇をきゅっと噛みしめる。今思い出したらだめだ。かぶりを振ったら、呆れたようにため息をつかれた。

「しかもそんな無防備な格好で……」

 下りていくのを感じて、かあっと顔が熱くなる。
 ビキニを押さえている手をぎゅっと強く握り締めると、彼は突然ラッシュガードを脱いで私の肩に掛けた。

「女性がひとりでこんな場所にいたら、よからぬことを考えるやつはいる。どんな国だろうとな」

 言いながらファスナーを上げて、その手を私の頭にポンっと手を置いた。

「でも間に合って本当によかった」

 打って変わった優しい声に目頭がぶわりと熱くなり、気づいたときには涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。

「わっ!」

 彼が慌てて手を離す。泣き止もうと思えば思うほど涙の量が増す。せめて顔を手で覆えればいいのだけれど、肝心な両手はラッシュガードの下でまだ必死にビキニを押さえている。

 下を向いて漏れそうになる嗚咽をのみ込んでいると、後頭部にそっと手を置かれた。そのまま軽く押され、トンと額が彼の胸に当たる。

「これは平気?」

 全然嫌じゃない。むしろほっとする。
 小さかった頃はよく彼に手をつないでもらっていた。あの頃と同じ温もりがそばにある。そのことに不思議なくらいに安堵した。

 広い胸に額をつけたまま小さくうなずくと、ポンポンっと頭をはたかれた。

「もう大丈夫だ。怖かったな」

 瞬間、自分の中でなにかが弾けた。

「こっ、怖かったぁ……っ」

 子どもみたいに声を上げてわんわんと泣きじゃくる。困らせてしまうとわかっているのに、一度決壊した涙腺はなかなか元に戻らない。どうしていいかわからないまま涙を流し続けていると、突然ひょいっと脇から抱え上げられた。いきなり高くなった視界に、一瞬で涙が引っ込む。
 彼はジャバジャバと水をかき分けながらプールサイドを目指した。

 荷物の有無を尋ねられ、ビーチチェアのところにサンダルとバスローブがあると話す。自分で歩けるからという私の訴えには反応せず、彼はビーチチェアの並ぶ通路を歩く。結局荷物のところまで行ってから私を下した。

 バスローブに袖を通し、ひもを結ぶ。そこへホテルの制服を着た壮年の男性がやって来た。その人はこのホテルの副支配人だと名乗り、詳しい話を聞かせてもらいたいので一緒に来てほしいと言った。

 正直一ミリも思い出したくないけれど、必要なことなら仕方がない。せめて着替えてからにしてもらえないと伝えた。不快感は濡れているせいだけじゃないが、一刻も早く嫌な記憶から離れたかった。
 副支配人は『では一時間後に客室へお伺いします』と言って去って行った。

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