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2.再会は異国の地で
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しおりを挟む「うわっ、すごい!」
屋上に足を踏み入れた瞬間、絶景に思わず声が出た。プールの向こう側に視界を遮るものがないのだ。
時は日没。黄昏色に染まるシンガポールの街は、薄藍色のベールが降りて来るのを待ち構えるようにネオンを灯し始めている。
こんなふうに世界の大都市の上空を船で遊覧している気分に浸りながらプールを楽しめる場所は、世界でもこの『インフィニティプール』だけだろう。
インフィニティプールはシンガポールのランドマーク的なホテル『マリーナ・ベイ・サンズ』の屋上にある。
つい数日前、衝動的にこの大型連休はここで過ごそうと決めた。
五つ星を有する世界的人気なホテルの予約を直前になって取ろうとするなんて、今思えば無謀もいいところだ。タイミングよくキャンセルが出たのは、運がよかったとしか言いようがない。
「ほんと、最高すぎるわ」
プールの際によりかかり、絶景にうっとりと酔いしれる。思い切って来ることにして本当によかった。
このホテルには他にもラグジュアリーなスパや、お手頃なローカルフードから世界の一流シェフの料理まで多様なレストランが入っている。それだけでなくショッピングモールやカジノも併設してあるので、外に出ずとも十分に旅を満喫できるのだ。さすが五つ星ホテル。短い滞在期間でもひとりで楽しめるだろうと思ったが、期待以上だ。
二十八歳独身の自分にとって決して安いとは言えない出費だったけれど、たまのご褒美くらい奮発してもバチは当たらないはずだ。入省してから十年もの間、仕事ひと筋でがんばってきたのだ。
高卒採用で一般職の私は、いわゆる大学出の総合職エリート外交官達の足元にも及ばないかもしれないけれど、それでも誇りを持って日々職務に当たっている。大変なことも多いがそれ以上にやりがいがある。自分の働きが自国の未来の一端を担っていることに誇りを持っているのだ。
仕事柄ひとりで海外旅行をすることへのハードルは低いが、突発的に旅に出たのは今回が初めてだった。その原因を思い出し、胸に苦いものが広がった。
「最っ低……」
はあと大きなため息をついて、プールの縁に乗せた手に額をこつんとぶつける。
せっかくこんな素敵なところに来てまで思い出してしまうなんて……。
つい数日前のこと。数年ひそかに温め続けていた恋心が木っ端みじんに砕け散った。
それだけなら突発的に旅に出ようなんて思わなかったかもしれない。失恋以上に、自分がやらかした見当違いな言動があまりに恥ずかしくて情けなくて、後悔の渦に飲み込まれた。できることなら地球の裏側まで届くほど深い穴に埋まってしまいたかったけれど、それは不可能だ。それならせめて――と旅行を思い立ったのである。
「はぁー……」
さっきより大きなため息が出た。おいしい食事、素敵な景色、最高のおもてなし。思いきり贅沢をして非日常を味わえば、きっとすぐに忘れられる。そう期待していたのに、現実は甘くない。
再び深いため息をついたとき、後ろから声がした。
「お姉さん、ひとりー?」
反射的に振り向くと、真後ろにふたりの若い男が立っていた。
ひとりは茶髪のソフトモヒカン、もうひとりはサイドを刈り上げて頭頂部の長い髪をお団子にする〝マンバンヘア〟。人を外見で判断してはいけないとは思うけれど、ふたりとも鼻や唇にピアスをつけていて、見るからに軽薄そうだ。
「マジか。結構かわいいじゃん」
「ほらな、俺の言った通りだろ」
いやらしげな笑みを浮かべた彼らはお互いを小突き合う。どうやらナンパのようだ。世界でも治安がよいとされるシンガポールのラグジュアリーホテルだから、女性ひとり旅も安心だと思ったが、これじゃ日本にいるのと変わらない。どこにいても同じような輩はいるらしい。
こっそりため息をついて無言で別の場所へ移動しようとしたが、彼らはしつこくついて来る。
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