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スローライフを満喫したい
[1]ー2
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自分もそろそろ下りて昼食の準備に入ろう。今日のメニューは畑で収穫した夏野菜を使ったパスタだ。書斎にこもる前に麺は打っておいた。
熱々でもちもちなパスタを想像したせいで、お腹がぐうと音を立てる。
「いやだわ。はしたない」
誰も聞いていないとわかっていても、なんとなく恥ずかしいものだ。
きっと農作業をしているふたりは、もっとお腹を空かせて戻ってくるだろう。お腹に溜まりやすいベーコンやソーセージも焼こうかしら。
夕飯メニューとのバランスを考えながら書斎を出る。階段を半分ほど降りたところで、下から「お嬢様ー!」と言いながらマノンが駆け上がってきた。
「どうしたのそんなに慌てて。はしたないですわよ」
いつも自分が言われていることを口にしたが、マノンは血相を欠いて口をパクパクしている。
「ぐっ、こ、こう……っ」
「落ち着いて? なにを言っているかわからないわ」
「お客様が!」
「お客様?」
今まで一度たりとも客なんて来たことがない。いったい誰だろうと首をひねっていると、「とにかく早く!」とマノンにせかされる。
客間のドアを開けた瞬間、リリィは大きく目を見開いた。
以前と同じように悠々と長い足を組んでソファーに座っているが、外見は以前とは違う。金糸が刺された上衣にそろいのマント。前髪はこれまでとは違い、自然な形で軽く後ろに流されてある。
「元気そうだな」
「アル!」
しまった、と慌てて手を口に当てる。
「失礼いたしました、アルフレッド皇太子殿下」
言い直してカーテシーで挨拶をしようとしたら、口を挟まれた。
「堅苦しい挨拶はいい」
「いえ、そういうわけにはいきませ――っ!」
ソファーの影からなに茶色いものが飛び出してきた。
反射的に「きゃっ」と悲鳴を上げて後ろに下がった瞬間、「お座り!」という声。二メートル手前のところでそれが腰を落とした。
背中側が茶色、お腹側は白い毛に覆われた〝それ〟は、舌を出しながらくるりと巻いたしっぽを振っている。
か、かわいい……!
実は昔から犬と子どもが大好きなのだ。前世で合コンや婚活に励んだのだって、早く子どもが欲しかったからにほかならない。
うっかり緩みそうになった口もとを引き締めながら、目の前の〝日本犬風獣〟を見た。どう考えてもただの犬ではない。
「あの、いったいこれは……」
「ああ、うちで生まれた子犬だ」
「子犬……?」
子犬にしてはずいぶん大きい。柴犬によく似ているが大きさは成犬並みだ。
いや、一番の疑問はそこではない。この世界に、背中に羽が生えた犬なんていただろうか。
目の前の茶色い生き物をまじまじと見ていると、アルがこちらにやって来た。
「うちで飼っている番犬が産んだんだ。魔犬調教師がしつけをしてくれているから、飼い主に危害を加えることはない。忠誠心が強くていざとなった大人のひとりやふたりあっという間に片づけるだろう」
ちょっと待って。どこから突っ込めばいいの?
魔犬? あっという間に片づける?
しかも〝うち〟と聞こえたような。
「グラン皇室産の魔犬……?」
ひとり言に〝正解〟とでも言うように、アルが口の端を持ち上げる。くらりと眩暈がしそうになった。
「どうして……」
「おまえが俺に頼んだんだろうが」
「わたくし、番犬を頼んだ覚えはございません」
舞踏会で一緒に踊った後、『望みはなんだ』という彼に答えたのは――。
熱々でもちもちなパスタを想像したせいで、お腹がぐうと音を立てる。
「いやだわ。はしたない」
誰も聞いていないとわかっていても、なんとなく恥ずかしいものだ。
きっと農作業をしているふたりは、もっとお腹を空かせて戻ってくるだろう。お腹に溜まりやすいベーコンやソーセージも焼こうかしら。
夕飯メニューとのバランスを考えながら書斎を出る。階段を半分ほど降りたところで、下から「お嬢様ー!」と言いながらマノンが駆け上がってきた。
「どうしたのそんなに慌てて。はしたないですわよ」
いつも自分が言われていることを口にしたが、マノンは血相を欠いて口をパクパクしている。
「ぐっ、こ、こう……っ」
「落ち着いて? なにを言っているかわからないわ」
「お客様が!」
「お客様?」
今まで一度たりとも客なんて来たことがない。いったい誰だろうと首をひねっていると、「とにかく早く!」とマノンにせかされる。
客間のドアを開けた瞬間、リリィは大きく目を見開いた。
以前と同じように悠々と長い足を組んでソファーに座っているが、外見は以前とは違う。金糸が刺された上衣にそろいのマント。前髪はこれまでとは違い、自然な形で軽く後ろに流されてある。
「元気そうだな」
「アル!」
しまった、と慌てて手を口に当てる。
「失礼いたしました、アルフレッド皇太子殿下」
言い直してカーテシーで挨拶をしようとしたら、口を挟まれた。
「堅苦しい挨拶はいい」
「いえ、そういうわけにはいきませ――っ!」
ソファーの影からなに茶色いものが飛び出してきた。
反射的に「きゃっ」と悲鳴を上げて後ろに下がった瞬間、「お座り!」という声。二メートル手前のところでそれが腰を落とした。
背中側が茶色、お腹側は白い毛に覆われた〝それ〟は、舌を出しながらくるりと巻いたしっぽを振っている。
か、かわいい……!
実は昔から犬と子どもが大好きなのだ。前世で合コンや婚活に励んだのだって、早く子どもが欲しかったからにほかならない。
うっかり緩みそうになった口もとを引き締めながら、目の前の〝日本犬風獣〟を見た。どう考えてもただの犬ではない。
「あの、いったいこれは……」
「ああ、うちで生まれた子犬だ」
「子犬……?」
子犬にしてはずいぶん大きい。柴犬によく似ているが大きさは成犬並みだ。
いや、一番の疑問はそこではない。この世界に、背中に羽が生えた犬なんていただろうか。
目の前の茶色い生き物をまじまじと見ていると、アルがこちらにやって来た。
「うちで飼っている番犬が産んだんだ。魔犬調教師がしつけをしてくれているから、飼い主に危害を加えることはない。忠誠心が強くていざとなった大人のひとりやふたりあっという間に片づけるだろう」
ちょっと待って。どこから突っ込めばいいの?
魔犬? あっという間に片づける?
しかも〝うち〟と聞こえたような。
「グラン皇室産の魔犬……?」
ひとり言に〝正解〟とでも言うように、アルが口の端を持ち上げる。くらりと眩暈がしそうになった。
「どうして……」
「おまえが俺に頼んだんだろうが」
「わたくし、番犬を頼んだ覚えはございません」
舞踏会で一緒に踊った後、『望みはなんだ』という彼に答えたのは――。
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