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スローライフを満喫したい
[1]ー1
しおりを挟む「――お父様もお体にはくれぐれもお気をつけて。あなたの娘、リリィ=ブランシュより、っと。これでよし」
ペンを置いて「うーん」と伸びをした。午前中の間ずっと、三階の自室横にある書斎にこもって書類作りなどの事務仕事をしていた。
最後に父親と家令、それぞれにあてた手紙を書いて終了だ。ベルナール家からの配給便が届いたときにはお礼一緒に近況をしたためることにしている。
あれから父親の具合はずいぶんよくなったそうだ。心労の原因が大きく減ったためだろう。リリィは舞踏会で王妃と謁見できてよかったと思い返す。
舞踏会の夜、ダンスの一曲目が済んですぐに王妃の従僕がリリィを呼びに来た。そこでアルと別れリリィは単身別室へと向かった。
程なくして王妃が姿を現し、緊張しながらカーテシーを行ってすぐ。聞こえてきた言葉に耳を疑った。
『こたびはジョナスが大変失礼をいたしました』
まさか王妃直々に謝罪を受けるなんて思いもよらない。言葉を失うリリィに王妃は我が子である第四王子の素行の悪さが耳に届いていたと語った。
何度も苦言を呈していたが改善は見られず、とうとう許嫁を勝手に解消して、堂々と別の令嬢と遊び歩いていることが国王陛下の耳にも届いたらしい。
まだ本人には伝えていないが、ジョナスをしばらく他国へ修業に出すことに決まったと言った。
驚きすぎて短い返事をするのもやっとだったが、どうにか気力を振り絞り、気になっていたことを尋ねる。
『あのうわさのことは……』
『うわさ? さあ、いったいどれのことかしら?』
『え?』
『うわさなど、この社交界では常に星の数ほど飛び交っております。毒にも薬にもならないものにいちいち気を取られていては、国を安寧に導くことはできないのですよ』
どこかで聞いたセリフに、まさかと思う。その〝まさか〟は、王妃の次の言葉で確信に変わる。
『リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール嬢、アルフレッド皇太子殿下に感謝なさい』
翌日、リリィはマノンを連れて辺境の屋敷へと戻った。
書き終えた手紙を封筒に入れ封蝋をし、机に置かれたベルを振った。チリンチリンと澄んだ音色が鳴り響いてすぐマノンがやって来た。
「お嬢様、お呼びでしょうか」
「これを出しておいてもらえるかしら?」
「承知いたしました」
手紙を受け取ったマノンが、部屋から出て行った。
リリィが辺境の別邸に居を移してからふた月がたっていた。その間に季節は春から夏に移り変わり、太陽は南の空高くで燦々と輝いている。
からりと乾いた風に前髪を揺らされて顔を上げると、庭が目に入った。三階からは隅の畑までしっかりと見渡すことができる。トマトやナスの木の合間に小さな麦わら帽子がちょこちょこと動き回っているのが見えた。ジャンだ。少し離れたところでは、大きな麦わら帽子を被った男性が、地面を耕している。
男性はジャンの父親のトマスだ。中流貴族の屋敷に住み込みで働いていることをジャンから聞き、リリィはトマスに手紙を書いて呼び寄せた。
面談で話し合った結果、家族五人全員でこの屋敷に住み込んでもらうことに決まった。
通いで来てもらう方法もあったが、陽が暮れてからリリィとマノンふたりになるのはやはり不安だったのだ。
母親のエマは最初気後れしていたが、少しずつ屋敷のことを覚えていけばいいからと言ってある。もともとマノンとふたり暮らしだったため、大抵のことはどうにでもなる。
正午前まで書斎にこもっていられたのは、料理を請け負ってくれる人がいるからだ。料理が壊滅的に苦手なマノンは、食事の支度中はジャンの九歳の妹と生後半年の弟の面倒を見ることになっている。
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