リリィ=ブランシュはスローライフを満喫したい!~追放された悪役令嬢ですが、なぜか皇太子の胃袋をつかんでしまったようです~

汐埼ゆたか

文字の大きさ
上 下
16 / 18
スローライフを満喫したい

[1]ー1

しおりを挟む

「――お父様もお体にはくれぐれもお気をつけて。あなたの娘、リリィ=ブランシュより、っと。これでよし」

 ペンを置いて「うーん」と伸びをした。午前中の間ずっと、三階の自室横にある書斎にこもって書類作りなどの事務仕事をしていた。
 最後に父親と家令、それぞれにあてた手紙を書いて終了だ。ベルナール家からの配給便が届いたときにはお礼一緒に近況をしたためることにしている。

 あれから父親の具合はずいぶんよくなったそうだ。心労の原因が大きく減ったためだろう。リリィは舞踏会で王妃と謁見できてよかったと思い返す。

 舞踏会の夜、ダンスの一曲目が済んですぐに王妃の従僕がリリィを呼びに来た。そこでアルと別れリリィは単身別室へと向かった。
 程なくして王妃が姿を現し、緊張しながらカーテシーを行ってすぐ。聞こえてきた言葉に耳を疑った。

『こたびはジョナスが大変失礼をいたしました』

 まさか王妃直々に謝罪を受けるなんて思いもよらない。言葉を失うリリィに王妃は我が子である第四王子の素行の悪さが耳に届いていたと語った。
 何度も苦言を呈していたが改善は見られず、とうとう許嫁を勝手に解消して、堂々と別の令嬢と遊び歩いていることが国王陛下の耳にも届いたらしい。

 まだ本人には伝えていないが、ジョナスをしばらく他国へ修業に出すことに決まったと言った。
 驚きすぎて短い返事をするのもやっとだったが、どうにか気力を振り絞り、気になっていたことを尋ねる。

『あのうわさのことは……』
『うわさ? さあ、いったいどれのことかしら?』
『え?』
『うわさなど、この社交界では常に星の数ほど飛び交っております。毒にも薬にもならないものにいちいち気を取られていては、国を安寧に導くことはできないのですよ』

 どこかで聞いたセリフに、まさかと思う。その〝まさか〟は、王妃の次の言葉で確信に変わる。

『リリィ=ブランシュ・ル・ベルナール嬢、アルフレッド皇太子殿下に感謝なさい』

 翌日、リリィはマノンを連れて辺境の屋敷へと戻った。


 書き終えた手紙を封筒に入れ封蝋をし、机に置かれたベルを振った。チリンチリンと澄んだ音色が鳴り響いてすぐマノンがやって来た。

「お嬢様、お呼びでしょうか」
「これを出しておいてもらえるかしら?」
「承知いたしました」

 手紙を受け取ったマノンが、部屋から出て行った。

 リリィが辺境の別邸に居を移してからふた月がたっていた。その間に季節は春から夏に移り変わり、太陽は南の空高くで燦々と輝いている。

 からりと乾いた風に前髪を揺らされて顔を上げると、庭が目に入った。三階からは隅の畑までしっかりと見渡すことができる。トマトやナスの木の合間に小さな麦わら帽子がちょこちょこと動き回っているのが見えた。ジャンだ。少し離れたところでは、大きな麦わら帽子を被った男性が、地面を耕している。

 男性はジャンの父親のトマスだ。中流貴族の屋敷に住み込みで働いていることをジャンから聞き、リリィはトマスに手紙を書いて呼び寄せた。
 面談で話し合った結果、家族五人全員でこの屋敷に住み込んでもらうことに決まった。
 通いで来てもらう方法もあったが、陽が暮れてからリリィとマノンふたりになるのはやはり不安だったのだ。

 母親のエマは最初気後れしていたが、少しずつ屋敷のことを覚えていけばいいからと言ってある。もともとマノンとふたり暮らしだったため、大抵のことはどうにでもなる。

 正午前まで書斎にこもっていられたのは、料理を請け負ってくれる人がいるからだ。料理が壊滅的に苦手なマノンは、食事の支度中はジャンの九歳の妹と生後半年の弟の面倒を見ることになっている。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

10日後に婚約破棄される公爵令嬢

雨野六月(旧アカウント)
恋愛
公爵令嬢ミシェル・ローレンは、婚約者である第三王子が「卒業パーティでミシェルとの婚約を破棄するつもりだ」と話しているのを聞いてしまう。 「そんな目に遭わされてたまるもんですか。なんとかパーティまでに手を打って、婚約破棄を阻止してみせるわ!」「まあ頑張れよ。それはそれとして、課題はちゃんとやってきたんだろうな? ミシェル・ローレン」「先生ったら、今それどころじゃないって分からないの? どうしても提出してほしいなら先生も協力してちょうだい」 これは公爵令嬢ミシェル・ローレンが婚約破棄を阻止するために(なぜか学院教師エドガーを巻き込みながら)奮闘した10日間の備忘録である。

【完結】己の行動を振り返った悪役令嬢、猛省したのでやり直します!

みなと
恋愛
「思い出した…」 稀代の悪女と呼ばれた公爵家令嬢。 だが、彼女は思い出してしまった。前世の己の行いの数々を。 そして、殺されてしまったことも。 「そうはなりたくないわね。まずは王太子殿下との婚約解消からいたしましょうか」 冷静に前世を思い返して、己の悪行に頭を抱えてしまうナディスであったが、とりあえず出来ることから一つずつ前世と行動を変えようと決意。 その結果はいかに?! ※小説家になろうでも公開中

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]

風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは アカデミーに入学すると生活が一変し てしまった 友人となったサブリナはマデリーンと 仲良くなった男性を次々と奪っていき そしてマデリーンに愛を告白した バーレンまでもがサブリナと一緒に居た マデリーンは過去に決別して 隣国へと旅立ち新しい生活を送る。 そして帰国したマデリーンは 目を引く美しい蝶になっていた

修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星里有乃
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』 悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。 地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……? * この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。 * 2025年2月1日、本編完結しました。予定より少し文字数多めです。番外編や後日談など、また改めて投稿出来たらと思います。ご覧いただきありがとうございました!

完膚なきまでのざまぁ! を貴方に……わざとじゃございませんことよ?

せりもも
恋愛
学園の卒業パーティーで、モランシー公爵令嬢コルデリアは、大国ロタリンギアの第一王子ジュリアンに、婚約を破棄されてしまう。父の領邦に戻った彼女は、修道院へ入ることになるが……。先祖伝来の魔法を授けられるが、今一歩のところで残念な悪役令嬢コルデリアと、真実の愛を追い求める王子ジュリアンの、行き違いラブ。短編です。 ※表紙は、イラストACのムトウデザイン様(イラスト)、十野七様(背景)より頂きました

わたくしが悪役令嬢だった理由

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、マリアンナ=ラ・トゥール公爵令嬢。悪役令嬢に転生しました。 どうやら前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したようだけど、知識を使っても死亡フラグは折れたり、折れなかったり……。 だから令嬢として真面目に真摯に生きていきますわ。 シリアスです。コメディーではありません。

処理中です...