上 下
11 / 18
再び宮廷へ

[1]ー1

しおりを挟む

 ベルナール家からの手紙が届いた翌日、リリィはマノンを伴って王都の伯爵邸へと戻った。

 手紙に同封されていたのは、宮廷で開かれる舞踏会への招待状だった。驚くべきはそこに王妃のサインがあったこと。王妃主催のパーティに呼び出されたのだ。

 きっと第四王子がらみだ。

 第四王子から婚約破棄を言い渡されてすぐに、リリィは辺境の別邸へ移った。あとのことはすべて父親がひとりで引き受けてくれた。

 父親にとってリリィは遅くにできた娘だ。目に入れても痛くないほどかわいがってくれたが、相手が王家では下手なことはできない。
 せめて最悪の事態にならないようにと、遠く離れた辺境の別邸をリリィにくれた。

 本来なら今回の呼び出しにも父親が参上する予定だった。が、無理がたたったのか体調を崩し寝込んでいる。そのため家令がリリィのところへ知らせをくれたというわけだ。

 これ以上老齢の父親に無理はさせたくない。散々心労をかけたという自覚もある。父親のためにもここは自分の口から王妃に身の潔白を説明するべきだと奮い立った。

 なにがあっても伯爵家の令嬢として毅然とふるうことを決意する。

「お嬢様、本当によろしいのですか?」

 マノンに声をかけられ顔を上げる。宮廷へ向かう馬車の中だったことを思い出した。

「なにがですの?」
「なにがって……急に呼び出された上に時間もなく、ドレスだって有り合わせなのですよ」
「しかたないわよ。王妃様からのお呼び出しですもの」

 リリィの手元に手紙が届いたときには、舞踏会までもう一週間を切っていた。ドレスなら伯爵邸に山ほどあるから問題ないと言ったが、マノンは不服そうだ。

「ジョナス殿下と相手の女にだってお会いするかもしれませんのに」
「ええ、そうね」
「せめてエスコートをしてくださる方がいらっしゃれば……」
「大丈夫よ、一瞬だもの。きっと誰も気にかけたりしないわ」

 マノンを安心させるためにそう言ったものの、さすがにパートナーを連れずに舞踏会に参加するのは気が重かった。
 エスコートを引き受けてくれる男性が誰もいなかったのだ。

 幼いときから第四王子の許嫁だったため、異性の友人はまったくいない。リリィに兄弟はおらず、親族も年頃の独身男性はすでに恋人との参加を決めていた。
 伝手を頼ってパートナーになってくれそうな男性を探したけれど、ことごとく断られた。第四王子の許嫁でありながら悪女のうわさの立ったリリィにかかわると、宮廷での立場が悪くなると思ったのかもしれない。

 舞踏会への参加を辞退すれば、王家への叛意と見なされてもおかしくない。単身乗り込むことにはさすがのリリィも抵抗があったが、王妃との謁見が終わればすぐに退散する。短時間だからと耐えることにした。

 早く帰りたいわ。
 うっかりつきそうになったため息をのみ込む。

 思い浮かべたのは、今し方後にしたばかりの伯爵邸ではない。
 リリィが王都に戻ると聞いた途端、ジャンは泣きだしそうな顔で『帰ってくるよね』と聞いてきた。種を植える約束をして別れたのがずいぶん前のことに感じてしまう。
 アルとはきちんと別れを惜しめなかったのが心残りだった。帰郷直前の慌ただしさのせいで、『お世話になりました』くらいしか伝えることができなかった。

 近くまで来たときは顔を出してね、くらい言えばよかったかしら。
 二度と会えないかもしれないと思ったら、胸の奥がなぜか鉛を含んだように重たくなる。

「お嬢様、到着いたしました」

 マノンの介添えで馬車から降り、両脇に衛兵の立つ城門を見上げる。
 リリィは静かに深呼吸をした。

「マノン、少しの間待っていてくれる? すぐに戻って参りますわ」

 心配そうに眉を下げたまま、マノンがうなずく。侍女は連れて入れない決まりなのだ。

「では、行ってまいりますわ」
「行ってらっしゃいませ、リリィ=ブランシュお嬢様」

 深々と腰を折ったマノンに見送られながら、リリィは城門をくぐった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

10日後に婚約破棄される公爵令嬢

雨野六月(旧アカウント)
恋愛
公爵令嬢ミシェル・ローレンは、婚約者である第三王子が「卒業パーティでミシェルとの婚約を破棄するつもりだ」と話しているのを聞いてしまう。 「そんな目に遭わされてたまるもんですか。なんとかパーティまでに手を打って、婚約破棄を阻止してみせるわ!」「まあ頑張れよ。それはそれとして、課題はちゃんとやってきたんだろうな? ミシェル・ローレン」「先生ったら、今それどころじゃないって分からないの? どうしても提出してほしいなら先生も協力してちょうだい」 これは公爵令嬢ミシェル・ローレンが婚約破棄を阻止するために(なぜか学院教師エドガーを巻き込みながら)奮闘した10日間の備忘録である。

悪役令嬢より取り巻き令嬢の方が問題あると思います

恋愛
両親と死別し、孤児院暮らしの平民だったシャーリーはクリフォード男爵家の養女として引き取られた。丁度その頃市井では男爵家など貴族に引き取られた少女が王子や公爵令息など、高貴な身分の男性と恋に落ちて幸せになる小説が流行っていた。シャーリーは自分もそうなるのではないかとつい夢見てしまう。しかし、夜会でコンプトン侯爵令嬢ベアトリスと出会う。シャーリーはベアトリスにマナーや所作など色々と注意されてしまう。シャーリーは彼女を小説に出て来る悪役令嬢みたいだと思った。しかし、それが違うということにシャーリーはすぐに気付く。ベアトリスはシャーリーが嘲笑の的にならないようマナーや所作を教えてくれていたのだ。 (あれ? ベアトリス様って実はもしかして良い人?) シャーリーはそう思い、ベアトリスと交流を深めることにしてみた。 しかしそんな中、シャーリーはあるベアトリスの取り巻きであるチェスター伯爵令嬢カレンからネチネチと嫌味を言われるようになる。カレンは平民だったシャーリーを気に入らないらしい。更に、他の令嬢への嫌がらせの罪をベアトリスに着せて彼女を社交界から追放しようともしていた。彼女はベアトリスも気に入らないらしい。それに気付いたシャーリーは怒り狂う。 「私に色々良くしてくださったベアトリス様に冤罪をかけようとするなんて許せない!」 シャーリーは仲良くなったテヴァルー子爵令息ヴィンセント、ベアトリスの婚約者であるモールバラ公爵令息アイザック、ベアトリスの弟であるキースと共に、ベアトリスを救う計画を立て始めた。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 ジャンルは恋愛メインではありませんが、アルファポリスでは当てはまるジャンルが恋愛しかありませんでした。

悪役令嬢の取り巻き令嬢(モブ)だけど実は影で暗躍してたなんて意外でしょ?

無味無臭(不定期更新)
恋愛
無能な悪役令嬢に変わってシナリオ通り進めていたがある日悪役令嬢にハブられたルル。 「いいんですか?その態度」

悪役令嬢扱いの私、その後嫁いだ英雄様がかなりの熱血漢でなんだか幸せになれました。

下菊みこと
恋愛
落ち込んでたところに熱血漢を投入されたお話。 主人公は性に奔放な聖女にお説教をしていたら、弟と婚約者に断罪され婚約破棄までされた。落ち込んでた主人公にも縁談が来る。お相手は考えていた数倍は熱血漢な英雄様だった。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】婚約破棄され処刑された私は人生をやり直す ~女狐に騙される男共を強制的に矯正してやる~

かのん
恋愛
 断頭台に立つのは婚約破棄され、家族にも婚約者にも友人にも捨てられたシャルロッテは高らかに笑い声をあげた。 「私の首が飛んだ瞬間から、自分たちに未来があるとは思うなかれ……そこが始まりですわ」  シャルロッテの首が跳ねとんだ瞬間、世界は黒い闇に包まれ、時空はうねりをあげ巻き戻る。  これは、断頭台で首チョンパされたシャルロッテが、男共を矯正していくお話。

農地スローライフ、始めました~婚約破棄された悪役令嬢は、第二王子から溺愛される~

可児 うさこ
恋愛
前世でプレイしていたゲームの悪役令嬢に転生した。公爵に婚約破棄された悪役令嬢は、実家に戻ったら、第二王子と遭遇した。彼は王位継承より農業に夢中で、農地を所有する実家へ見学に来たらしい。悪役令嬢は彼に一目惚れされて、郊外の城で一緒に暮らすことになった。欲しいものを何でも与えてくれて、溺愛してくれる。そんな彼とまったり農業を楽しみながら、快適なスローライフを送ります。

婚約破棄された令嬢は変人公爵に嫁がされる ~新婚生活を嘲笑いにきた? 夫がかわゆすぎて今それどころじゃないんですが!!

杓子ねこ
恋愛
侯爵令嬢テオドシーネは、王太子の婚約者として花嫁修業に励んできた。 しかしその努力が裏目に出てしまい、王太子ピエトロに浮気され、浮気相手への嫌がらせを理由に婚約破棄された挙句、変人と名高いクイア公爵のもとへ嫁がされることに。 対面した当主シエルフィリードは馬のかぶりものをして、噂どおりの奇人……と思ったら、馬の下から出てきたのは超絶美少年? でもあなたかなり年上のはずですよね? 年下にしか見えませんが? どうして涙ぐんでるんですか? え、王太子殿下が新婚生活を嘲笑いにきた? 公爵様がかわゆすぎていまそれどころじゃないんですが!! 恋を知らなかった生真面目令嬢がきゅんきゅんしながら引きこもり公爵を育成するお話です。 本編11話+番外編。 ※「小説家になろう」でも掲載しています。

悪役令嬢に仕立てあげられて婚約破棄の上に処刑までされて破滅しましたが、時間を巻き戻してやり直し、逆転します。

しろいるか
恋愛
王子との許婚で、幸せを約束されていたセシル。だが、没落した貴族の娘で、侍女として引き取ったシェリーの魔の手により悪役令嬢にさせられ、婚約破棄された上に処刑までされてしまう。悲しみと悔しさの中、セシルは自分自身の行いによって救ってきた魂の結晶、天使によって助け出され、時間を巻き戻してもらう。 次々に襲い掛かるシェリーの策略を切り抜け、セシルは自分の幸せを掴んでいく。そして憎しみに囚われたシェリーは……。 破滅させられた不幸な少女のやり直し短編ストーリー。人を呪わば穴二つ。

処理中です...