7 / 18
スローライフ満喫中?
[1]ー1
しおりを挟むアルが来てから二日がたった。
午前中は大人しく自室にこもっていたリリィだったが、昼下がりにはこっそりと部屋を出た。
物音を立てないよう気をつけながら、手すりを伝って階段を下りる。マノンに見つかると叱られて部屋に戻されてしまうだろう。
優秀な専属侍女の彼女は今、お昼の休息中だ。朝早くから夜遅くまでひとりでリリィの面倒を見てくれているため、昼食の後のひと眠りが欠かせない。
いつもならリリィも彼女の休憩に合わせて自分の自室でまったりと過ごすのだが、いかんせん昨日からずっとほとんどを部屋で過ごしている。読書も裁縫も昼寝も、いいかげん飽きてしまった。
よかった、見つからなかったわね。
玄関ドアをそうっと閉めた後、ほっと胸をなで下ろした。青空の下にゆっくりと踏みだす。
「思ったよりも大丈夫そうね」
丸一日半ベッドの上で大人しくしていたのがよかったのか、足の痛みは一昨日ほどひどくない。包帯を巻いているおかげもあり、なんとか支えなしで歩けそうだ。
片足を引きずりながらゆっくりと庭の端にある畑へ向かった。
「リリィねえちゃん!」
こちらに気がついたジャンが走って来る。
「ジャン。ずいぶんがんばってくれたのね、ありがとう」
一面に畝ができていて、ずいぶん畑らしくなっている。ジャンは「だろ?」と得意げだ。
アルが屋敷に滞在することが決まったとき、ジャンが自分もなにか手伝わせてほしいと言い出した。
聞けば彼は寝込みがちな母親と幼い弟妹の四人暮らしだそう。父親はここより都会の街に出稼ぎに行っているという。
それならと、リリィは彼に畑仕事や雑用などを頼むことにした。
「もう少ししたらおやつだから、適当に切り上げてね」
「やったー!」
大喜びするジャンに、「今日はドーナッツよ」と告げる。
「ドー……やっつ?」
あ、この世界にドーナッツはないんだわ。
そういえば王都にいたときに自分も食べた記憶はない。てっきり庶民のおやつなのだろうと思っていた。
「ドーナッツよ。どんなものかはお楽しみに」
ふふふと笑ってから、手を振ってその場を離れた。
ジャンは昼食も人一倍食べていたが、おやつもしっかり食べそうだ。育ち盛りはお腹が空くのだろう。明日のお昼はなにを出そうかとわくわくしながら考える。
この数日間、食事は簡単なものばかりだった。足の痛みが治まるまでは台所に立つのをマノンに禁じられていたのだ。
幸い焼いておいたパンや前日のシチューが残っていた。少ない品数でどうにか食いつないで来たけれど、そろそろまともな料理を作りたい。
頭の中でメニューを組み立てながら歩いていると、背後から「おい」と声をかけられた。
「アル」
「うろうろしているとまた侍女殿に叱られるぞ」
肩に木材を担いだ彼がリリィの脇を通り抜けていく。
彼が昼食のときに、午後から本格的にニワトリ小屋作りを始めると言っていたため、こうして出てきたのだ。
「そばで作業を見ていてもいいかしら」
「邪魔にならない場所でなら好きにしたらいい。そもそも小屋のあるじはおまえだ」
「ありがとう」
アルについて行こうとしたが、足を引きずっているためどうしても遅れてしまう。
自分に構わず先に行っておいてと言おうとしたら、彼がすっと手のひらを差し出した。思わずきょとんと小首をかしげる。
「ごめんなさい、おやつはもう少しあとなのです」
飲み物のひとつでも差し入れに持ってくればよかった。
自分の至らなさを省みていると、アルがため息をついた。
「ジャンと一緒にするな」
「え?」と言ったと同時に手を取られ、腕にかけられる。そこでやっと彼がしようとしたことに気がついた。
「ありがとうございます」
アルの腕に少しだけ寄りかかりながら歩きだした。
もともとのニワトリ小屋はあまりにぼろぼろすぎるため、アルから作り直した方が早いと言われた。古い方は追々なんとかするとして、昨日は新しい鳥小屋の設計図などを念入りに打合せし、今日の午前中は必要な材料を手配しに行ってもらったのだ。
「場所は日当たりが良くて北風が当たらないところにしてください」
歩きながらきょろきょろと周りを見回す。
「板は隙間なくしっかりとつなぎ合わせてくださいませ。隙間からヘビが入ってきたら大変ですもの。あと、窓用の金網は二重に貼っていただけますか? イタチなんかは破って入ってくることがあるそうですわ」
「やけに詳しいな」
「あっ、えっと……当家の庭師に聞きましたの」
慌ててごまかす。前世で本を読み漁り、実現を夢見てきたことのひとつが叶うのだ。楽しみすぎてすっかり今の自分の立場を忘れていた。
「あ! あの辺りとかいかがですか?」
アルの腕から離れ、生垣に近づく。多少雑草は生えているが、地面は平らで日当たりもよい。なによりアルの背丈と同じくらいの生垣が山からの冷たい風を防いでくれるだろう。
「さっそく草取りをしましょう! そうだわ、ジャンにこちらを手伝ってもらうように頼んできます」
両手をパチンと打ったとき、草むらからガサガサと音がした。振り返るとにょろにょろとした姿が草の合間を這っていく。
「きゃっ!」
ヘビの姿に驚いて、反射的に後ずさったら、うっかりくじいた足の方を引いてしまった。
「痛……っ」
痛みに顔をしかめた瞬間、体がぐらりと傾く。
転んじゃう!
思わずぎゅっと目をつぶったとき、二の腕をつかまれた。
「まったく」
あきれたような声が頭上から降ってくる。恐る恐る目を開くと、アルの胸が目の前にあった。腕を引かれた勢いで、彼の胸に抱き着くような形になってしまった。
心臓が大きく跳ね上がって変な声が漏れそうになったが根性で飲み込み、ゆっくりと体勢を戻す。
「ありがとう、アル。おかげで転ばずに済みましたわ」
にこりと微笑みを貼りつける。
内心は大慌てだが顔には出さない。元受付嬢、現役伯爵令嬢(※追放中)を侮ることなかれだ。
19
お気に入りに追加
926
あなたにおすすめの小説
10日後に婚約破棄される公爵令嬢
雨野六月(旧アカウント)
恋愛
公爵令嬢ミシェル・ローレンは、婚約者である第三王子が「卒業パーティでミシェルとの婚約を破棄するつもりだ」と話しているのを聞いてしまう。
「そんな目に遭わされてたまるもんですか。なんとかパーティまでに手を打って、婚約破棄を阻止してみせるわ!」「まあ頑張れよ。それはそれとして、課題はちゃんとやってきたんだろうな? ミシェル・ローレン」「先生ったら、今それどころじゃないって分からないの? どうしても提出してほしいなら先生も協力してちょうだい」
これは公爵令嬢ミシェル・ローレンが婚約破棄を阻止するために(なぜか学院教師エドガーを巻き込みながら)奮闘した10日間の備忘録である。
悪役令嬢より取り巻き令嬢の方が問題あると思います
蓮
恋愛
両親と死別し、孤児院暮らしの平民だったシャーリーはクリフォード男爵家の養女として引き取られた。丁度その頃市井では男爵家など貴族に引き取られた少女が王子や公爵令息など、高貴な身分の男性と恋に落ちて幸せになる小説が流行っていた。シャーリーは自分もそうなるのではないかとつい夢見てしまう。しかし、夜会でコンプトン侯爵令嬢ベアトリスと出会う。シャーリーはベアトリスにマナーや所作など色々と注意されてしまう。シャーリーは彼女を小説に出て来る悪役令嬢みたいだと思った。しかし、それが違うということにシャーリーはすぐに気付く。ベアトリスはシャーリーが嘲笑の的にならないようマナーや所作を教えてくれていたのだ。
(あれ? ベアトリス様って実はもしかして良い人?)
シャーリーはそう思い、ベアトリスと交流を深めることにしてみた。
しかしそんな中、シャーリーはあるベアトリスの取り巻きであるチェスター伯爵令嬢カレンからネチネチと嫌味を言われるようになる。カレンは平民だったシャーリーを気に入らないらしい。更に、他の令嬢への嫌がらせの罪をベアトリスに着せて彼女を社交界から追放しようともしていた。彼女はベアトリスも気に入らないらしい。それに気付いたシャーリーは怒り狂う。
「私に色々良くしてくださったベアトリス様に冤罪をかけようとするなんて許せない!」
シャーリーは仲良くなったテヴァルー子爵令息ヴィンセント、ベアトリスの婚約者であるモールバラ公爵令息アイザック、ベアトリスの弟であるキースと共に、ベアトリスを救う計画を立て始めた。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
ジャンルは恋愛メインではありませんが、アルファポリスでは当てはまるジャンルが恋愛しかありませんでした。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
築地シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
婚約破棄された悪役令嬢が聖女になってもおかしくはないでしょう?~えーと?誰が聖女に間違いないんでしたっけ?にやにや~
荷居人(にいと)
恋愛
「お前みたいなのが聖女なはずがない!お前とは婚約破棄だ!聖女は神の声を聞いたリアンに違いない!」
自信満々に言ってのけたこの国の王子様はまだ聖女が決まる一週間前に私と婚約破棄されました。リアンとやらをいじめたからと。
私は正しいことをしただけですから罪を認めるものですか。そう言っていたら檻に入れられて聖女が決まる神様からの認定式の日が過ぎれば処刑だなんて随分陛下が外交で不在だからとやりたい放題。
でもね、残念。私聖女に選ばれちゃいました。復縁なんてバカなこと許しませんからね?
最近の聖女婚約破棄ブームにのっかりました。
婚約破棄シリーズ記念すべき第一段!只今第五弾まで完結!婚約破棄シリーズは荷居人タグでまとめておりますので荷居人ファン様、荷居人ファンなりかけ様、荷居人ファン……かもしれない?様は是非シリーズ全て読んでいただければと思います!
【完結】悪役令嬢に転生しましたが、聞いてた話と違います
おのまとぺ
ファンタジー
ふと気付けば、暗記するほど読み込んだ恋愛小説の世界に転生していた。しかし、成り代わったのは愛されヒロインではなく、悪質な嫌がらせでヒロインを苦しめる悪役令嬢アリシア・ネイブリー。三日後に控える断罪イベントを回避するために逃亡を決意するも、あら…?なんだか話と違う?
次々に舞い込む真実の中で最後に選ぶ選択は?
そして、明らかになる“悪役令嬢”アリシアの想いとは?
◆もふもふな魔獣と共に逃避行する話
◇ご都合主義な設定です
◇実在しないどこかの世界です
◇恋愛はなかなか始まりません
◇設定は作者の頭と同じぐらいゆるゆるなので、もしも穴を見つけたらパンクする前に教えてくださると嬉しいです
📣ファンタジー小説大賞エントリー中
▼R15(流血などあり)
【完結】貴方たちはお呼びではありませんわ。攻略いたしません!
宇水涼麻
ファンタジー
アンナリセルはあわてんぼうで死にそうになった。その時、前世を思い出した。
前世でプレーしたゲームに酷似した世界であると感じたアンナリセルは自分自身と推しキャラを守るため、攻略対象者と距離を置くことを願う。
そんな彼女の願いは叶うのか?
毎日朝方更新予定です。
婚約破棄された令嬢は変人公爵に嫁がされる ~新婚生活を嘲笑いにきた? 夫がかわゆすぎて今それどころじゃないんですが!!
杓子ねこ
恋愛
侯爵令嬢テオドシーネは、王太子の婚約者として花嫁修業に励んできた。
しかしその努力が裏目に出てしまい、王太子ピエトロに浮気され、浮気相手への嫌がらせを理由に婚約破棄された挙句、変人と名高いクイア公爵のもとへ嫁がされることに。
対面した当主シエルフィリードは馬のかぶりものをして、噂どおりの奇人……と思ったら、馬の下から出てきたのは超絶美少年?
でもあなたかなり年上のはずですよね? 年下にしか見えませんが? どうして涙ぐんでるんですか?
え、王太子殿下が新婚生活を嘲笑いにきた? 公爵様がかわゆすぎていまそれどころじゃないんですが!!
恋を知らなかった生真面目令嬢がきゅんきゅんしながら引きこもり公爵を育成するお話です。
本編11話+番外編。
※「小説家になろう」でも掲載しています。
悪役令嬢に転生!?わたくし取り急ぎ王太子殿下との婚約を阻止して、婚約者探しを始めますわ
春ことのは
恋愛
深夜、高熱に魘されて目覚めると公爵令嬢エリザベス・グリサリオに転生していた。
エリザベスって…もしかしてあのベストセラー小説「悠久の麗しき薔薇に捧ぐシリーズ」に出てくる悪役令嬢!?
この先、王太子殿下の婚約者に選ばれ、この身を王家に捧げるべく血の滲むような努力をしても、結局は平民出身のヒロインに殿下の心を奪われてしまうなんて…
しかも婚約を破棄されて毒殺?
わたくし、そんな未来はご免ですわ!
取り急ぎ殿下との婚約を阻止して、わが公爵家に縁のある殿方達から婚約者を探さなくては…。
__________
※2023.3.21 HOTランキングで11位に入らせて頂きました。
読んでくださった皆様のお陰です!
本当にありがとうございました。
※お気に入り登録やしおりをありがとうございます。
とても励みになっています!
※この作品は小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる