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番外編1 Holy Night Healing
千紗子の好きなもの
しおりを挟む「それは何よりだ。ところで、ちぃ?」
一彰が垂れ気味の目を下げて、唇の端を上げる。
「敬語、一回目、な」
「あっ!!」
すっかり料理に気を取られていた千紗子は、ついさっき始まったばかりのミッションのことは、すっかり頭から飛んでしまっていた。
「あと二回だからな」
「わ、分かった…わ」
つっかえながら言葉を返すと、一彰は満足げに頷いた。
行儀が悪いと知りつつも、千紗子は料理を食べながら、改めて部屋の中を見渡してしまう。
部屋自体はそんなに広くないが、天井が高いせいか、圧迫感は感じない。大きめの長方形のテーブルが中央に一つと、窓際に小さめの丸いテーブルが二つあるだけで、あとは薪ストーブとピアノだけ。けれどその広すぎない空間が、かえって本当の隠れ家みたいで落ち着ける。
「ちぃはこの店が気に入った?」
忙しなく目線を移動する千紗子に、一彰が尋ねた。
「すごく…すごく素敵。ここにずっといたいくらい好きかもしれないわ……」
素直な感想を口にすると、斜め横に座る一彰が満足げに微笑む。
実は千紗子は、イギリス文学が大好きで、子どもの頃に読んだ『ナルニア国物語』や『指輪物語』は今でも時々読み返すし、『ハリーポッター』も全巻本棚に揃っている。
「きっとちぃは気に入るだろうと思ったんだ。好きだろ?ケルトとか魔法とか。イギリス文学も」
「どうしてそれを……」
話したことなどなかった自分の趣味を当てられて、千紗子は驚くと同時に恥ずかしさから頬が熱くなっていく。
秘密、というほどではないが、あまり人にこの趣味を話したことはない。
「どうしてって、千紗子の本の中にナルニアとか指輪とかが揃ってたし、マグカップはピーターラビットだろ?いいよな、英国式の庭って。ああ、あと大学のときは英文学専攻だったんだろ?」
千紗子は絶句した。
一彰の口からスラスラと出る単語は、どれも一彰に話したことのないものばかり。
目を瞬かせて口をポカンと開けている千紗子に気付いた一彰は、ハッとした後気まずげに目を泳がせた。
「あぁ…、えっと、英文学専攻だというのを知っているのは、一応俺は千紗子の上司だからで、あとは…一緒に暮らしていたら普通分かることだろ?」
千紗子の胸が、きゅんと鳴る。
(裕也は、私がイギリス文学が好きなことを全然分かっていなかったわ……)
一年半も暮らした元恋人よりも、同棲一週間の一彰の方が千紗子のことをよく知っている。それは彼が普段からどれだけ千紗子のことをよく見ているか、ということを物語っていた。
「大好き……」
「え?」
口元だけで呟いた声に一彰が反応し、千紗子を見る。
聞こえると思っていなかった言葉が、彼の耳に届いてしまって、千紗子は慌てて言い訳のようにアレコレと言葉をつなげた。
「え、えっと、…子どものころから魔法とか魔女の出てくる絵本が大好きで、原文でも同じ絵本を読んでるうちに英語も好きになって、それが高じて大学の時にイギリスへ短期留学に行ったの」
「へぇ、すごいな。じゃあ、いつか一緒にイギリスに行こうな」
「…うん」
テーブルの上で揺れるキャンドルの明かりが、ゆらゆらと柔らかく、二人の微笑みを照らしだしていた。
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