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番外編1 Holy Night Healing
聖夜のスペシャルメニュー
しおりを挟む柾と恵実が奥の厨房に戻って行った後、窓の方に向かって丸いテーブルにハの字型に並んで座りながら、シャンパンで乾杯をする。
グラスの中のプラチナ色の液体を口に含むと、舌の上を弾ける感触の後に、フルーティで華やかな香りが鼻から抜ける。
「美味しい」
「美味いな」
またしても同時に発した言葉に、二人で目を合わせてクスっと笑い合った。
「ちぃは割と飲める方だよな」
「そうですね…ふふっ、美香さんに鍛えられましたから」
「河崎か……」
微苦笑を浮かべる一彰に、千紗子はもう一度「ふふふっ」と笑った。
「前に一緒に飲んだ時も、二人とも結構飲んでたよな。あの時は本当に楽しかった」
「そうですね…私も『雨宮さん』と初めて一緒に飲めて楽しかったですよ」
「『雨宮さん』か……」
楽しげに千紗子が放った台詞に対して返って来たのは、少し寂しげな呟き。
「…一彰さん?」
「いや、俺の片思いが実るとは、あの時は思っても見なかったな、と」
庭のツリーに視線を遣って、そう呟いた彼の瞳が切なげに光っていて、千紗子の胸がきゅっと締め付けられた。
「一彰さん……」
「そんな顔しないで。ちぃを困らせたくて言ったわけじゃないよ」
「……はい」
目を伏せながら小さく返事をした千紗子に、一彰はふっと息を吐きながら微笑んだ。
「それよりも、ちぃはいつになったらその他人行儀な敬語をやめてくれるんだ?」
「え?」
「俺としては『さん』も要らないんだけどな。いつだったか、ちぃが怒りながら『一彰』って呼んでくれたのが嬉しかったんだけど?」
「あ、あれは、だって……」
しどろもどろになる千紗子に、一彰は笑いながら手を伸ばす。
「せめて今から敬語無しで。敬語三回ごとに罰として俺にキスすること」
「ええっ!!」
目を大きく見開いた千紗子に、一彰は「はい、はじめ」と号令を掛けた。
「お待たせしました。聖夜のスペシャルメニューです」
やってきた恵実の両手両腕にはいくつもの皿が乗っている。
「うちの本業はフレンチなんだけど、今日は我が家のクリスマスメニューと同じ、ということで、ちょっと家庭向けのものになってるから、取り分け式にしたの。ごめんなさいね」
「ありがとう、恵実さん。イブの家族団らんに無理を言って割り込んだのはこちらなので、謝るのはこちらの方です」
「ありがとう、一彰君。もういっそ我が家にご招待したいと思ったのだけど、それじゃデートにならないでしょ?また今度、うちにも遊びに来てね、実咲たちが楽しみにしてるから」
「ええ、もちろんです」
聞くところによると、天道家の自宅はここから徒歩五分のところにあるらしく、今夜も料理を出し終えたら一旦帰宅して子ども達とホームパーティを楽しむ、とのことだった。
「冷めないうちに、頂こうか」
「はい」
色とりどりの料理が美しく盛り付けられたお皿が、テーブルの上には並んでいる。どれも美味しそうで千紗子は目をキラキラと輝かせた。
『取り分け式』と最初に断られたけれど、そこはやはりフレンチのレストランらしく、スープと前菜は小ぶりな皿に少しずつ盛り付けて、それぞれの目の前に置かれた。
アボカドとエビのカクテル、サーモンのテリーヌ、生ハムの香草サラダ
どれも数口で食べ切れそうな量なのに、美しく完成された盛り付けに、千紗子の目は奪われる。
(食べるのがもったいないわ……)
そんなことを考えながら、目の前の皿を見つめていた。
「どうした?食べられないものでも入っていたか?」
「い、いえ。そんなことはありませんよ。ただあまりにも綺麗で、食べてしまうのがもったいなくて、目に焼き付けていたんです」
顔を上げて千紗子がそう言うと、一彰は楽しげに、くくっと笑いを漏らす。
「目に焼き付けるのもいいけど、せっかくだから味わって、な?」
「は、はい」
そう促されて、料理を崩さないように慎重にフォークに乗せると、ぱくりと口に入れた。
「お、おいしっ!」
千紗子が思わず感嘆の声を上げると、隣からまた、くくくっと笑う声が聞こえた。
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