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番外編1 Holy Night Healing
un sourireへようこそ
しおりを挟む「いらっしゃいませ」
カランカランと頭上で鳴るドアベルの音に、奥から聞こえる女性の声が被さる。
「一彰君、久しぶりね」
廊下の向こうから顔を出した女性はこちらを見るなり、微笑んでそう言った。
一彰よりも少し年上のその人は、真っ白なシャツに黒いパンツを履いてシンプルな黒いカフェエプロンを巻いていて、すぐにこの店の方なのだと分かる。
「恵実(めぐみ)さん、ご無沙汰しています。今日は無理言ってしまってすみません」
「うふふ、一彰君の頼みを断ることなんて私たちがするわけないでしょ?柾(まさき)も楽しみにしてるのよ。久々に顔を出したあなたが、今日という日に誰と一緒に来るのか」
その人はいたずらな顔で微笑んだ後、千紗子に顔を向けた。
「un sourireへようこそ。あなたが一彰君の『大事な人』ね」
「えっ!?」
「電話してきた一彰君が『大事な人を連れて行くから』って言っていたから」
千紗子は思わず隣に立つ一彰を振り仰ぐと、すぐに目が合い、にこりと微笑まれて、なぜだか千紗子の方が顔を赤くしてしまう。
「あらまぁ!可愛らしい人ね」
「彼女は木ノ下千紗子。俺の一番大事な可愛い恋人なんです」
千紗子の腰に手を当てた一彰が、彼女を恵実に紹介すると、千紗子は赤くなった顔を慌てて下げた。
「初めまして。木ノ下千紗子と申します」
「千紗子、この人は天道(てんどう)恵実さん。ここのオーナーシェフの奥さんだ」
「恵実です。千紗子さん、ようこそいっらっしゃいました。今日はゆっくりくつろいで食事を楽しんで行って貰えると嬉しいわ」
「はい、ありがとうございます」
千紗子がそう返事をすると、恵実は微笑んだ後廊下の手前にある開きをスッと開く。そこは小ぶりなクロゼットになっていて、いくつかのハンガーが掛かっている。
「ひとまずここでコートをお預かりしますね」
「失礼します」と声を掛けると、慣れた手つきで千紗子がコートを脱ぐのをサポートし、ハンガーにかけるとクロゼットの中にかける。一彰はその間自分でコートを脱ぎ、恵実に手渡した。
一彰のコートをクロゼットに収め終えると、恵実は二人を中へと案内した。
狭い廊下を抜け、部屋に一歩踏み入れた途端、千紗子の目にその景色は飛び込んできた。
赤々と燃えている薪ストーブ。
壁際に置かれたアップライトのピアノ。
天井の梁からぶら下がっている沢山のオーナメント。
そして、オープンサッシの全面ガラス張りの窓の外には、あの庭が見えていた。庭の中央には立派なモミの木が立っていて、クリスマスの飾りつけが施され、電飾がキラキラと光っている。
部屋の入り口で声もなく見いっている千紗子に、一彰が声を掛けた。
「ちぃ、そんなところに立ってないでこっちにおいで」
一彰は部屋の一番奥、ガラス張りの窓の前に置かれた丸いテーブルの前で千紗子を呼んでいる。
千紗子は、吸い寄せらせるようにそちらへ足を踏み出した。
一彰は自分の隣にやってきた千紗子に、椅子を引いて座らせる。
その動作の間中、ずっと庭のクリスマスツリーにくぎ付けになっている千紗子を見て、一彰は思わず小さな笑い声をもらした。
「気に入った?」
「はい…物語の中、みたいです……」
そう言いながらも、千紗子はやっぱりこの部屋と庭の景色に見惚れたままだ。
「なんだか妬けるな」
後ろから耳元をくすぐるバリトンボイスに、千紗子の背中がピクリと跳ねた。
「か、一彰さん?」
後ろを振り返ると、すぐ側に一彰の顔があって、その目は千紗子をじっと見つめている。
「やっと、こっちを見た。千紗子がここを気に入ってくれるのは嬉しいけど、もう少し俺のことも見て?」
耳に唇が触れそうな位置で囁かれ、吐息がダイレクトに千紗子の耳にかかる。
千紗子は一瞬で顔が赤くなっていくのを感じた。
「そのワンピース、良く似合ってる。やっぱり俺の思った通りだ」
耳元で続けられた言葉に、千紗子の胸が高鳴る。
今日千紗子がコートの下に着てきたのは、フレアスカートの白いワンピース。
あの日、あのショッピングモールで見たものだった。
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