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9. 笑顔と唇
一彰の看病
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―――――――――――――――
―――――――――
―――――
「目が覚めたのか?」
「えっ!ここは……」
「俺の家だ。痛いところや辛いところはないか?」
寝起きの千紗子には彼の質問に答えることが出来ず、ただ呆然と自分の状況を理解するのに精いっぱいだ。
「私、いったいどうして……」
体を起こした時にズキンと頭が痛み、反射的に顔をしかめると、ベッドサイドに腰かけていた一彰が千紗子の額にそっと手を当てた。
「まだ熱が高い。とりあえず水分を取って、あと食べれるようなら何か食べてから薬を飲もう」
そう言って手渡されたペットボトルのスポーツドリンクを、千紗子はじっと見つめる。
熱でぼんやりする千紗子には、どうして自分が一彰の寝室で寝ているのか思い出せない。
「あの…私、どうやってここに?」
熱のせいで掠れた声で、何とかそれだけを聞く。
「……ああ、ちぃは覚えていないのか。あれから俺は自分のマンションに戻って、車を取ってからちぃの部屋に戻ったんだ。部屋の鍵は持って行くって言っただろ?それで寝てるちぃを俺の部屋まで運んだんだ」
「え……?」
「一応声は掛けたけど、熱が高くて覚えてないか?」
「……はい」
「俺の部屋の方が世話しやすいからな。ベッドも広いし」
「ありがとう、ございます……」
「さぁ、もういいだろ?ちゃんと飲んで水分補給して」
千紗子は促されてペットボトルに口を付ける。ゴクンと飲むと、体に水分がしみ込んでいく感触がして心地良く、自分が思っていたよりも体は水分を欲していたようだ。
スポーツドリンクを半分近く飲んだところで、ふと時間が気になった。随分長い間眠っていた気がする。
「あの…、今って何時ですか?」
「十時だ」
(二時間くらい眠っていたのかしら……)
そう考えながらふと目線をずらすと、一彰がゼリーを手に持っているのが視界の端に映る。
(一彰さんのデザートかしら……)
とぼんやり思っていると、
「はい、ちぃ。口開けて」
「え?」と呟いた隙に、ゼリーの乗ったスプーンを口に突っ込まれた。
「んぐっ、こほこほっ」
びっくりしてゼリーがむせてしまった千紗子の背中を、慌てて一彰がトントンと軽く叩いた。
「大丈夫か、ちぃ?」
コホンと数回咳をしてなんとか落ち着いた千紗子は、首を縦に振り、それからおずおずと口を開いた。
「あの……自分で出来ますから……」
一彰を見るとなんだか困ったような微苦笑を浮かべている。
「俺がちぃの世話を焼きたいんだ……ダメか?」
じっと彼のことを見ていると、なんだか大型犬が情けなさそうに困っているように見えてきて、千紗子はクスリと小さく笑みこぼれた。
「ちょっと恥ずかしいんですけど、特別に……お願いします」
千紗子は頬が赤くなるのを感じたけれど、そもそも熱で顔が赤いのできっと気付かれないだろうとたかをくくって顔を上げ、目を閉じ口を開いてゼリーを待った。
けれど唇に感じたのは予期していたスプーンの硬く冷たい感触ではなく、柔らかく温かなものだった。
それはいったい何なのか。
さすがにもう、今の千紗子には分かってしまう。
そっと重なりあったあと、それは名残惜しげに『ちゅっ』と音を立てながら離れていった。
千紗子が瞳を開けると、目の前の一彰が眉を下げて微苦笑を浮かべている。
「ごめん、ちぃがあんまりにも可愛すぎて我慢できなかった。今度はちゃんとゼリーだから。はい」
怒るにも恥ずかしがるにも、今の千紗子には気力が足りず、(なんだかもういいや)と諦めモードになり、彼の運ぶゼリーを食べることに集中することにした。
食べている間中、ゼリーよりも甘い彼の瞳に見つめられながら。
__________
(一彰さんは思っていたよりもずっと過保護かもしれないわ……)
助手席から運転する一彰を横目に盗み見ては、数日前のことを思い返しながら、千紗子は心の中で一人ごちる。
ゼリーの後に薬を飲んで眠ってしまった千紗子が次に目を覚ました時、もう日が沈みかける時間だった。
そもそも、一彰が『十時』と言ったのを千紗子は『午後十時』だと勘違いしてしまっていたのだ。とっくに日付が変わっているとは思いもよらず、それが『翌日の午前十時』だと正しく理解していたら、きっと大慌てで仕事に行こうとしていただろう。なぜならその日、千紗子は早番のシフトに入っていたからだ。
もちろんそれを上司の一彰が知らないわけはなく、彼は千紗子が眠っている間に一度出勤して、千紗子の有休届の処理やその他の業務の割り振りをした後、自分も有休申請をしてから帰宅してきたらしい。
『らしい』というのは、目覚めてから一日が終わろうとしていることを知ってひどく慌てた千紗子に、一彰が説明したものだからだ。
翌日には微熱に下がっていたものの、心配した一彰にもう一日休養するように強く言い含められ、千紗子はその言葉に従うことにしたのだ。
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「目が覚めたのか?」
「えっ!ここは……」
「俺の家だ。痛いところや辛いところはないか?」
寝起きの千紗子には彼の質問に答えることが出来ず、ただ呆然と自分の状況を理解するのに精いっぱいだ。
「私、いったいどうして……」
体を起こした時にズキンと頭が痛み、反射的に顔をしかめると、ベッドサイドに腰かけていた一彰が千紗子の額にそっと手を当てた。
「まだ熱が高い。とりあえず水分を取って、あと食べれるようなら何か食べてから薬を飲もう」
そう言って手渡されたペットボトルのスポーツドリンクを、千紗子はじっと見つめる。
熱でぼんやりする千紗子には、どうして自分が一彰の寝室で寝ているのか思い出せない。
「あの…私、どうやってここに?」
熱のせいで掠れた声で、何とかそれだけを聞く。
「……ああ、ちぃは覚えていないのか。あれから俺は自分のマンションに戻って、車を取ってからちぃの部屋に戻ったんだ。部屋の鍵は持って行くって言っただろ?それで寝てるちぃを俺の部屋まで運んだんだ」
「え……?」
「一応声は掛けたけど、熱が高くて覚えてないか?」
「……はい」
「俺の部屋の方が世話しやすいからな。ベッドも広いし」
「ありがとう、ございます……」
「さぁ、もういいだろ?ちゃんと飲んで水分補給して」
千紗子は促されてペットボトルに口を付ける。ゴクンと飲むと、体に水分がしみ込んでいく感触がして心地良く、自分が思っていたよりも体は水分を欲していたようだ。
スポーツドリンクを半分近く飲んだところで、ふと時間が気になった。随分長い間眠っていた気がする。
「あの…、今って何時ですか?」
「十時だ」
(二時間くらい眠っていたのかしら……)
そう考えながらふと目線をずらすと、一彰がゼリーを手に持っているのが視界の端に映る。
(一彰さんのデザートかしら……)
とぼんやり思っていると、
「はい、ちぃ。口開けて」
「え?」と呟いた隙に、ゼリーの乗ったスプーンを口に突っ込まれた。
「んぐっ、こほこほっ」
びっくりしてゼリーがむせてしまった千紗子の背中を、慌てて一彰がトントンと軽く叩いた。
「大丈夫か、ちぃ?」
コホンと数回咳をしてなんとか落ち着いた千紗子は、首を縦に振り、それからおずおずと口を開いた。
「あの……自分で出来ますから……」
一彰を見るとなんだか困ったような微苦笑を浮かべている。
「俺がちぃの世話を焼きたいんだ……ダメか?」
じっと彼のことを見ていると、なんだか大型犬が情けなさそうに困っているように見えてきて、千紗子はクスリと小さく笑みこぼれた。
「ちょっと恥ずかしいんですけど、特別に……お願いします」
千紗子は頬が赤くなるのを感じたけれど、そもそも熱で顔が赤いのできっと気付かれないだろうとたかをくくって顔を上げ、目を閉じ口を開いてゼリーを待った。
けれど唇に感じたのは予期していたスプーンの硬く冷たい感触ではなく、柔らかく温かなものだった。
それはいったい何なのか。
さすがにもう、今の千紗子には分かってしまう。
そっと重なりあったあと、それは名残惜しげに『ちゅっ』と音を立てながら離れていった。
千紗子が瞳を開けると、目の前の一彰が眉を下げて微苦笑を浮かべている。
「ごめん、ちぃがあんまりにも可愛すぎて我慢できなかった。今度はちゃんとゼリーだから。はい」
怒るにも恥ずかしがるにも、今の千紗子には気力が足りず、(なんだかもういいや)と諦めモードになり、彼の運ぶゼリーを食べることに集中することにした。
食べている間中、ゼリーよりも甘い彼の瞳に見つめられながら。
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(一彰さんは思っていたよりもずっと過保護かもしれないわ……)
助手席から運転する一彰を横目に盗み見ては、数日前のことを思い返しながら、千紗子は心の中で一人ごちる。
ゼリーの後に薬を飲んで眠ってしまった千紗子が次に目を覚ました時、もう日が沈みかける時間だった。
そもそも、一彰が『十時』と言ったのを千紗子は『午後十時』だと勘違いしてしまっていたのだ。とっくに日付が変わっているとは思いもよらず、それが『翌日の午前十時』だと正しく理解していたら、きっと大慌てで仕事に行こうとしていただろう。なぜならその日、千紗子は早番のシフトに入っていたからだ。
もちろんそれを上司の一彰が知らないわけはなく、彼は千紗子が眠っている間に一度出勤して、千紗子の有休届の処理やその他の業務の割り振りをした後、自分も有休申請をしてから帰宅してきたらしい。
『らしい』というのは、目覚めてから一日が終わろうとしていることを知ってひどく慌てた千紗子に、一彰が説明したものだからだ。
翌日には微熱に下がっていたものの、心配した一彰にもう一日休養するように強く言い含められ、千紗子はその言葉に従うことにしたのだ。
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