Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか

文字の大きさ
上 下
69 / 92
8. すきといえる

ちゃんと言葉にして

しおりを挟む
 雨宮は何も言わない。

 俯いていた千紗子は、だんだんと不安になってきた。

 (何も言ってくれない……ってことは、本当にあの人は…)

 そんなことはないはず、と思っているのに、目の前の本人が否定しないせいで、千紗子の思考がどんどんと悪い方に傾いて行く。

 (やだ………)

 じわじわと瞼が熱を持ち始める。千紗子は泣きだすのを堪える為に、唇をグッと噛みしめた。

 「噛むな、傷になる」

 声と共にそっと唇を指でなぞられて、千紗子が顔をあげると、困ったように眉を下げて微笑む一彰がいた。

 彼は、痛そうな、それでいて嬉しそうな、泣き出す一歩手前のような、そんな顔をしている。
 
 「一彰さん…?」

 もしかしたらまた知らないうちに彼を傷つけたのかもしれない。そう思った千紗子はじっとその瞳を覗き込んだ。

 「ごめん、千紗子」

 一彰の第一声に、千紗子は目の前が真っ暗になった。

 (やだ……、嘘)

 瞳に涙が一気に集まって来て、今にも泣きだしそうになる。
 そんな千紗子を一彰は思い切り強く抱きしめた。

 「嬉しすぎて泣きそうだ。そんなに俺を喜ばせて、どうしたいの?千紗子」

 (え?)

 一彰が何を言っているのか、さっぱり分からない。
 今まさに振られてしまうと思っていた千紗子は、大きく目を見開く。その目から一粒の涙がこぼれ落ちた。
 そのこぼれ落ちた涙を指で優しくすくい取ってから、一彰はゆっくりと口を開いた。

 「妹だ」

 「え?」

 「ちぃが見たのは俺の妹。出張先があいつの仕事先とかぶって、出張帰りに着いて来たんだ。一泊した翌朝にすぐにまた仕事だっていうから、駅まで送って行ったんだよ」

 「……そうだったんですね……ごめんなさい……勘違いして疑ってしまって……」

 よく確かめもせずに彼のことを少しでも疑った自分が恥ずかしくて、千紗子は項垂れた。

 「分かってくれたならいい」

 そう答える声はどこか浮かれている。

 (もっと怒ってもいいのに、どうして一彰さんはそんなに嬉しそうなの?しかもさっき『嬉しすぎる』って……?)
 
 頭の中に疑問が溢れて考え込んでいる千紗子に、一彰がクスクスと笑う。

 「ちぃ。またいつもの癖が出てるぞ」

 「えっ?」
 
 「ちゃんと言葉にして?」

 フッと息を吐くように笑いながら言う彼の声が千紗子の心を柔らかく包む。
 
 「ごめんなさい…どうして一彰さんはそんなに嬉しそうなのかな、って気になったんです……」

 申し訳なさそうに眉を下げながら上目遣いに見上げてくる千紗子に、一彰は微苦笑を浮かべると、彼女の眉間にリップ音を立てて口づけた。


 「妬いてくれたんだろ?」

 「え?」

 千紗子の思考が一瞬止まる。一彰の言っている意味がよく分からない。
 けれど、一彰の次の言葉で、千紗子はそれを一気に理解することになる。

 「ずっと俺ばかりが君のことを好きなんだと思ってた。千紗子の心の傷が癒えるならそれでも構わない、と思ってた。でも、思いがけず千紗子が好きだと言ってくれて、その上ヤキモチまで…。俺が他の女性と二人でいるところを見ただけで嫉妬するほど、千紗子は俺のことが好きなんだな、って思ったらすごく嬉しくなったんだ」

 「嫉妬……」

 呟くと同時に、意味を理解する。
 まるで足元に火をつけられたみたいに、つま先から頭のてっぺんまでが燃えるように熱くなっていく。
 千紗子の顔は火が出そうなほど熱く、頭からは湯気が出そうだった。
 
 「ちぃ、可愛い。こっち向いて?」

 「やっ、」

 自分抱いた気持ちがやきもちだと今初めて知った千紗子は、羞恥のあまり顔を伏せるけれど、頬を両手で包んだ一彰によって持ち上げられてしまう。

 (私きっと真っ赤だわ!)

 手で顔を覆ってしまいたいのに、その両手は一彰の腕の下にあるから動かせない
 千紗子は恥ずかしさのあまり、瞳が潤んできた。

 「千紗子」
 
 彷徨わせていた視線をなんとか一彰に向ける。

 とろりとした笑顔を浮かべた一彰の唇が千紗子の唇に降りてきた。

 真っ赤な顔をしたまま潤んだ瞳で自分を見上げる千紗子に、一彰はどうしようもないほどの愛しさを感じていた。

 (ああ。きっともう一生手放すことは出来ないな……)

 自分の腕にすっぽりと収まる柔らかい体を抱き寄せる。

 力を入れ過ぎれば折れてしまいそうなほどの細い腰。長くて艶やかな黒髪からは、いつも花の蜜のような甘い香りがする。その香りはいつも一彰に、狂おしいほどの衝動をもたらすのだ。

 (千紗子の唇には引力のようなものがあるのかもしれないな)

 どんなときだって、いつだって、そこに惹き付けられてしまうのだ。

 彼女の引力に抗う気なんて微塵もない一彰は、少し前にもこれでもかと味わったはずの小さな赤い実に再び齧りついたのだった。


 「話したいことは、これで全部?」

 たっぷりと千紗子の唇を味わった一彰が、やっと離れたかと思うと、そう聞いてきた。

 「話したいこと……、えっと……」

 千紗子は長い口づけの余韻でぼんやりとしてしまい、一彰の問いにすぐには答えられない。けれど、一呼吸ほど黙考したのち、小さく頷いた。

 「……はい」

 「そう、良かった。じゃあ、これで千紗子は俺のものだ。」

 微笑む彼の瞳の奥には隠しきれない劣情が見えて、千紗子の胸がドキンと大きな音を立てる。

 その獰猛なほどの色香に、一瞬ひるみそうになる。けれど千紗子はそれに負けまいと意を決し、お腹に力を入れて小さく息を吸い込むと、しっかりとした声で言った。

 「はい。全部一彰さんのもの、です」

 一彰の瞳が大きく見開かれ、その瞳が濡れたようにきらめく。そしてすぐにとろけるような極上の笑みを浮かべると、千紗子をぎゅっと抱き寄せてその耳元で低く囁いた。

 「ありがとう。大事にする。ずっとそばにいて、千紗子」

 「―――はい」

 一彰の胸の中で、千紗子が幸せを噛みしめながら目を閉じると、その瞼に小さな口づけが落とされた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

冷徹上司の、甘い秘密。

青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。 「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」 「別に誰も気にしませんよ?」 「いや俺が気にする」 ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。 ※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません

如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する! 【書籍化】 2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️ たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎) 🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。  けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。  さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。 そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。 「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」  真面目そうな上司だと思っていたのに︎!! ……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?  けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!? ※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨) ※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧ ※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕

財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す

花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。 専務は御曹司の元上司。 その専務が社内政争に巻き込まれ退任。 菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。 居場所がなくなった彼女は退職を希望したが 支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。 ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に 海外にいたはずの御曹司が現れて?!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...