Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか

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8. すきといえる

名前を呼んで

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 「千紗子、好きだ」

 雨宮の甘い声と瞳が千紗子の上から降ってくる。

 さっきまで千紗子の口を貪っていた唇が、今度は柔らかくリップ音を立てて顔中に降ってきた。
 雨宮の唇は、涙の筋をたどるように千紗子の頬を下から上へとなぞる。目じりに溜まった涙の粒を吸い上げてからペロリと舐められた時、千紗子の脳裏にあの夜のことが甦った。

 (あの時も、同じように優しかったわ。私、この唇にどんなに癒されたんだろう……)

 千紗子がそう思った時、雨宮が微笑んだ。にじみ出る色香に、千紗子の目が釘付けになる。

 「前にもこんなこと、あったな……」

 呟くその言葉に、千沙子は思わず微笑んだ。

 「私も、同じこと考えてました」

 「そうか……俺の気持ちはあの時と変わっていない。いや、あの時よりもっと千紗子のことが好きだよ」

 「雨宮さん……」

 「かずあき。名前を呼んで、千紗子」

 「……一彰さん」

 千紗子が名前を呼んだ瞬間、彼はこれまでにないほど嬉しそうに破顔した。


 「千紗子…俺のちぃ。可愛い……可愛すぎて困る…」

 そのまま何度も啄ばむように口づけられる。

 先ほどの食べられそうな口づけの時は何も考えられなかったけれど、今度は戯れるようなキスと甘い言葉が交互に降ってきて、千紗子は嬉しい反面恥ずかしくなってきた。

 「かっ、一彰さんっ!」

 「んん?」

 一彰は短い返事をしただけで、千紗子の顔や頭に何度も短いキスを繰り返している。
 千紗子の首の下に差し込まれた手は、髪の感触を楽しむように撫でる。反対の手はしっかりと腰に回されていた。

 (わ、私…また流されてるっ!!)

 千紗子の部屋に帰るまでは、彼に伝えたいことや言いたいことが沢山あったはずだった。
 そのことを急に思い出した千紗子は、急に狼狽えだした。

 「か、一彰さん、私、色々と、」

 「ん?」
 
 『話したいことがある』と続けようとした言葉を一彰の唇がさらっていく。
 「待って」と言おうと口を開くと、侵入してきた熱い舌が千紗子の思考を根こそぎ奪いとろうとする。

 千紗子の口をやっと解放した一彰は、そのままその唇で彼女の耳元を啄ばんだ。

 「やっ、んんん~~っ!」

 千紗子の背中にゾクゾクとした感覚が這い上がって腰から力が抜ける。
 千紗子の反応に煽られた一彰は、耳の下から首筋にかけて、しっとりと唇を這わせた。

 「はぁっ、んやっ…」

 耳に入ってくる声が自分のものとは思えないくらい甘く艶めかしい。
 体中が発火したみたいにカーッと熱くなった。

 「ぁんんっ、ま、待って…やっ、ちょっと、」

 「ん」

 千紗子の訴えに短い相槌を返しただけの一彰は、「何も問題はない」とばかりに千紗子の服の裾から手を差し込んでくる。
 大きな手の平が千紗子の素肌をたどる感触に、千紗子の体がピクリと跳ねる。

 「や、待って、一彰さんっ」

 千紗子の声が聞こえないはずはないのに、一彰は今度は返事もしない。その手は千紗子の胸元まで伸びようとしていた。

 (だ、だめっ!このまま流されちゃっ!!)

 千紗子とて思いが通じ合ったのが嬉しくて、このまま一彰の熱に流されてしまいたい気持ちは十分にあった。
 けれど、これまで中途半端に言いたいことも言えずにただ相手に従うだけだった自分を変えたい、と千紗子は思っていたのだ。

 ありったけの力を込めて、自分にのしかかる一彰の体を押しながら千紗子は叫んだ。
 
 「待ってって言ってるでしょっ、一彰っ!!」

 ぴたり。一彰の動きが停止した。

 (い、今よっ!)

 「私、ちゃんと話したいことがあるのっ!!」

 次また口を塞がれてしまったら、もう彼を止めきれる気がしない。

 千紗子は逸る心のまま、言葉を続けた。

 「裕也とは、前の恋人とはきちんとお別れしました。今度はちゃんと自分の気持ちをはっきり伝えることが出来たの……一彰さんがいつも私のことを励ましてくれたからから……ありがとう」

 一彰が、ハッと息を飲んだ。

 「千紗子……もしかして、あのときか?」

 一彰の問いに、千紗子は一度だけ頷く。

 「そうか…俺はてっきり……」

 一彰はそれだけ呟くと、少しの間考え込んでいた。

 「ガラス越しに見えた店内に、千紗子の後姿が見えたような気がして立ち止まったんだ。そしたら、あの彼が君を抱きしめた。だから……」

 千紗子は、自分と裕也のことを一彰が誤解した理由がやっと分かった。

 「だから、あそこから居なくなったんですか?」

 「ああ。俺はあのまま君と彼を見ていることが出来なかった…本当は店に飛び込んで君を奪い去りたい衝動を抑え切れそうになかったから……」

 一彰の言葉を聞いた瞬間、千紗子の体が大きく震え、体の奥からなにか熱いものがあふれだした。

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