Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか

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6・甘い楔(くさび)と苦い逃亡

甘い言葉に痛む胸

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 「心配していただいて、本当に有り難いと思っています。でも、いつまでも雨宮さんに甘えてるわけにはいかないんです。私、今までみたいにちゃんと自分でやって行かなきゃと、思っていますので……」

 「俺が千紗子を甘やかしたくても?」

 「っ!!…たくても、です」

 雨宮のとんでもなく甘い発言に言葉を失いかけたけれど、どうにか自分の主張を口にする。
 そんな千紗子を横目で見た雨宮は「う~ん…」と納得できなさそうな声を上げながら、ハンドルと切った。

 「考えておく」

 「考えて、って…!」

 そういう問題ではないのだ、と続けようとしたところで、車がマンションに着く。

 「とりあえずもう着いたから、この話はここまでだ。部屋に帰って食事にしよう」

 「え!?もしかして雨宮さんも夕飯まだなんですか?」

 「ん?そうだけど?」

 驚いた千紗子を見る彼の目が、『当然だろ?』と言っている。

 「なんで…?分かるように用意してありましたよね、夕飯」

 「もちろん分かりやすかった。ありがとう。だけど千紗子と一緒に食べた方が美味しいから。さ、早く帰って食べよう。千沙子も腹が空いただろ?」

 スムーズに車を駐車すると、素早く運転席から降りた雨宮が助手席に回って来て扉を開けてくれる。
 流れるようなエスコートにつられて車から降りた千紗子の背に、そっと手を当てた雨宮がにっこりと笑う。

 「こんなふうにずっと千紗子と一緒に毎日を過ごせたら、最高に幸せだな」

 彼のその言葉に、千紗子の胸がズキリと痛んだ。

 部屋に入ると、そこは暖かく、雨宮が暖房をつけたままにしていたことが分かる。
 ダイニングテーブルの上には今朝千紗子が置いた書置きがそのままになっていた。

 【 雨宮さんへ

  お疲れ様です。
  夕飯は温めるだけにしてますので先に食べて下さい。
  ・ロールキャベツ
  ・クリームシチュー
  ・パン
  ロールキャベツとクリームシチューはお鍋に入っていますので、食べる前に火に掛けて温めてください。
  パンはお好きな物を食べてください。
                        木ノ下 】


 雨宮が出勤した後作った夕飯の説明を書いたメモを、分かりやすくテーブルの上に置いておいたのだ。
 裕也と暮らしていた時は、置き手紙ではなく彼の携帯にメッセージで夕飯の詳細を送っていたのだけど、上司の雨宮に夕飯のメニューをメッセージを送るのは気が引けて、千紗子は迷った末、メモに書いておいて置くことにしたのだ。


 「先に風呂に入るか?」

 メモを見ていた千紗子の隣に、いつのまにか雨宮が立っていた。

 「いえ、先に夕飯にしましょう。着替えてきたらすぐに準備しますね」

 「ああ。分かった」

 雨宮の返事を聞いた千紗子は、すぐにリビングを出て脱衣所に向かった。
 置いてある部屋着に手早く着替えて、手を洗う。

 早番の彼は七時前には職場を出ていた。そのまま帰宅したとしたら、夕飯を食べる時間は十分あったはずだ。
 見事に予想を裏切られた千紗子は、早く夕飯準備に取り掛かろうと少し焦っていた。

 廊下を急ぎ足で戻り、リビングのドアを開けると、食事のいい匂いが千紗子の鼻をくすぐった。

 「あっ!」

 ソファーの後ろを通ってダイニングテーブルが目に入った途端、千紗子の目はそこに釘づけになった。

 ついさっきまでメモ以外は何も乗っていなかったテーブルには、お皿やグラス、カトラリーまでもが並べられ、中央には千紗子が買っておいたブランジェリーのパンが大皿に盛りつけて置いてある。

 「もう着替えたのか?早いな。さ、座って」

 雨宮の声に顔を上げると、キッチンで鍋からシチューを注いでいる彼と目が合った。

 「これ、雨宮さんが…?」

 目を丸くして訊く千紗子に、雨宮は微苦笑を浮かべなながらシチューの入った皿を両手に乗せてやってくる。

 「なんだかそんなふうに驚かれると、俺が全部作ったみたいだな。作った本人だから知ってると思うけど、俺は温めただけだ。なのになんでそんなに驚くんだ?」

 「だって、…着替えてる間に、…食べれるようになってると思わなくて……」

 驚きのあまり、大きな瞳を丸くして、雨宮がテーブルに皿を並べるのをただ目で追っているだけの千紗子は、雨宮に対して敬語がとんでいることにすら気付かない。

 「食器を並べて鍋を温めるくらいなら、俺にだって出来るぞ。いったいどんな子どもと比べて――」

 そこまで口にした雨宮がハッと息を吸うのが、すぐ隣に立っている千紗子には分かった。と同時に、雨宮が思い到ったであろう事実に、気が付いてしまう。

 「え…と、その……」

 なんとなく、とても悪いことをしてしまったような申し訳なくもいたたまれない気持ちになって、謝罪の言葉を口にするか悩んでいると、雨宮が千紗子の座る椅子を引いた。

 「座って」

 低い声に促されて、何も言えないまま千紗子はその椅子に腰を下ろした。

 「あとはロールキャベツだけだから、待ってて」

 「あっ、わ、私が、」

 腰を浮かせかけた千紗子を、手だけで制した雨宮がキッチンに入って行くのを、黙ったまま見送る。
 有無を言わせない雰囲気の雨宮に、それ以上何も言えずに千紗子は再び腰を下ろした。
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