49 / 92
5・オンとオフ
お礼は普通にしてください!
しおりを挟む
翌朝、早く目覚めた千紗子の隣に雨宮はおらず、日課だというランニングに出ているようだった。
時計に目を遣ると、時刻は六時過ぎ。今日のシフトは遅番の千紗子にとってはまだ早すぎる起床だったけれど、遅出勤する前にやっておきたいことがいくつかあったので、千紗子は早々にベッドルームを出ることにした。
朝食と弁当の準備がおおむね済んだ頃に、玄関扉の音が雨宮の帰宅を告げた。
廊下のドアを開けながら入って来た雨宮の額には汗の粒が光っている。
ここ数日でぐっと冷え込みが増して、冬の早朝はものすごく寒いはずなのに、そんな気配すら感じさせず、汗をかいても爽やかだ。
「おはようございます。おかえりなさい」
「早いな、千紗子。おはよう、ただいま」
声を掛けた千紗子に、雨宮はタオルで汗を拭きながら返事を返す。
「ああ、いい匂いだ。千紗子の作った朝食が待っていると思うと、ランニングもやる気が出るよ」
キッチンに数歩足を進めた雨宮は、千紗子の手元を覗き込んだ。
「あっ、やった。今日も弁当には玉子焼きがあるんだな」
千紗子の手元には昨日と同じランチパックがあり、今まさにそこにおかずを詰めているところだった。
「約束しましたから……」
言いながら千紗子は手元の弁当を見た。
今日の弁当は、おにぎり、ピーマンの肉詰め、きんぴらごぼう、アスパラベーコン、そして雨宮のリクエスト通り玉子焼き、だ。おかずの隙間にはミニトマトも入っている。
ちなみに、千紗子は自分のお弁当は用意しなかった。
遅番の今日は、十一時半くらいに図書館に着けば十分間に合う。用事を済ませてから出勤するまでの間に、どこかで簡単に昼食を取れるように、ラップで包んだおにぎりだけを準備したのだ。
つまり、今作っているのは雨宮専用。
昨夜雨宮が『誰にも見られない』と約束をしてくれたことを疑ってはいないのだけど、万が一、億が一にでも誰かに見られた時の為に、千紗子は自分が作ったと絶対ばれないようにしたかったのだ。
「あれ?千紗子の弁当は、もう作ったのか?」
弁当箱が一つしかないことに目聡く気付いた雨宮の指摘に、千紗子は内心ドキッとしながらも、平然を装った。
「今日は出勤前に少し寄るところがあるので、そちらで食べるんです」
「そうか…。じゃあわざわざ俺だけの為に弁当を準備してくれたんだな。手間を掛けさせてしまって済まない。昨日言ってくれれば良かったのに」
申し訳なさそうに眉を下げる雨宮に、千紗子の良心が少し痛む。
「いえ…、それにそんなに手間は掛かってませんよ?簡単なものと余りものばかりですから」
「そうか?それにしてはすごく美味そうだ。これで今日も一日乗り切れそうだよ。ありがとう、千紗子」
雨宮はそう言って、千紗子の頬にチュッと口づけをした。
一瞬にして千紗子の顔が赤くなる。
「お、お礼は普通にお願いしますっ!!」
抗議の声を上げる千紗子を見た雨宮は、「ごめん」と口にしながらも、すぐに「あははっ」と笑った。
柔らかな感触の残る頬を押さえながら真っ赤になる千紗子を見ながら、幸せそうにひとしきり笑った彼は、「シャワーしてくる」と言い残してリビングを出て行った。
(毎回私が過剰に反応するのを分かってやってるんだわっ!!なんて心臓に悪い……)
千紗子はせわしなく鳴る心臓の音を、雨宮の予測不能な接触のせいにして腹を立てることで、その意味から目を逸らしたのだった。
時計に目を遣ると、時刻は六時過ぎ。今日のシフトは遅番の千紗子にとってはまだ早すぎる起床だったけれど、遅出勤する前にやっておきたいことがいくつかあったので、千紗子は早々にベッドルームを出ることにした。
朝食と弁当の準備がおおむね済んだ頃に、玄関扉の音が雨宮の帰宅を告げた。
廊下のドアを開けながら入って来た雨宮の額には汗の粒が光っている。
ここ数日でぐっと冷え込みが増して、冬の早朝はものすごく寒いはずなのに、そんな気配すら感じさせず、汗をかいても爽やかだ。
「おはようございます。おかえりなさい」
「早いな、千紗子。おはよう、ただいま」
声を掛けた千紗子に、雨宮はタオルで汗を拭きながら返事を返す。
「ああ、いい匂いだ。千紗子の作った朝食が待っていると思うと、ランニングもやる気が出るよ」
キッチンに数歩足を進めた雨宮は、千紗子の手元を覗き込んだ。
「あっ、やった。今日も弁当には玉子焼きがあるんだな」
千紗子の手元には昨日と同じランチパックがあり、今まさにそこにおかずを詰めているところだった。
「約束しましたから……」
言いながら千紗子は手元の弁当を見た。
今日の弁当は、おにぎり、ピーマンの肉詰め、きんぴらごぼう、アスパラベーコン、そして雨宮のリクエスト通り玉子焼き、だ。おかずの隙間にはミニトマトも入っている。
ちなみに、千紗子は自分のお弁当は用意しなかった。
遅番の今日は、十一時半くらいに図書館に着けば十分間に合う。用事を済ませてから出勤するまでの間に、どこかで簡単に昼食を取れるように、ラップで包んだおにぎりだけを準備したのだ。
つまり、今作っているのは雨宮専用。
昨夜雨宮が『誰にも見られない』と約束をしてくれたことを疑ってはいないのだけど、万が一、億が一にでも誰かに見られた時の為に、千紗子は自分が作ったと絶対ばれないようにしたかったのだ。
「あれ?千紗子の弁当は、もう作ったのか?」
弁当箱が一つしかないことに目聡く気付いた雨宮の指摘に、千紗子は内心ドキッとしながらも、平然を装った。
「今日は出勤前に少し寄るところがあるので、そちらで食べるんです」
「そうか…。じゃあわざわざ俺だけの為に弁当を準備してくれたんだな。手間を掛けさせてしまって済まない。昨日言ってくれれば良かったのに」
申し訳なさそうに眉を下げる雨宮に、千紗子の良心が少し痛む。
「いえ…、それにそんなに手間は掛かってませんよ?簡単なものと余りものばかりですから」
「そうか?それにしてはすごく美味そうだ。これで今日も一日乗り切れそうだよ。ありがとう、千紗子」
雨宮はそう言って、千紗子の頬にチュッと口づけをした。
一瞬にして千紗子の顔が赤くなる。
「お、お礼は普通にお願いしますっ!!」
抗議の声を上げる千紗子を見た雨宮は、「ごめん」と口にしながらも、すぐに「あははっ」と笑った。
柔らかな感触の残る頬を押さえながら真っ赤になる千紗子を見ながら、幸せそうにひとしきり笑った彼は、「シャワーしてくる」と言い残してリビングを出て行った。
(毎回私が過剰に反応するのを分かってやってるんだわっ!!なんて心臓に悪い……)
千紗子はせわしなく鳴る心臓の音を、雨宮の予測不能な接触のせいにして腹を立てることで、その意味から目を逸らしたのだった。
0
お気に入りに追加
186
あなたにおすすめの小説
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
冷徹上司の、甘い秘密。
青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。
「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」
「別に誰も気にしませんよ?」
「いや俺が気にする」
ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。
※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す
花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。
専務は御曹司の元上司。
その専務が社内政争に巻き込まれ退任。
菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。
居場所がなくなった彼女は退職を希望したが
支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。
ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に
海外にいたはずの御曹司が現れて?!
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる