Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか

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5・オンとオフ

お弁当論争の勝者は?

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 『お弁当はやっぱり作らない方がいいですよね?』

 千紗子はそう聞くつもりだった。
 けれど、彼女の言葉を遮った雨宮は、キッパリと断言した。

 「俺はそんなどうでもいい噂話よりも、千紗子の弁当の方がいい」

 雨宮は真剣な瞳でそう言ってから、ニッコリと笑う。

 「それに俺としては全然構わないよ、『彼女』でも『婚約者』でも」

 「えぇっ!?」

 雨宮の発言に驚く千紗子とは正反対に、彼は飄々と言葉を続ける。

 「俺としてはそうだといい、と思ってるくらいだし。…ああ、もし誰かに聞かれたら『恋人の手作り』だって答えておくよ」

 「だ、ダメですっ!」

 「なんで?俺が勝手にそう言うくらいいいだろ?」

 「ダメですっ!!」

 赤くなった頬を膨らませた千紗子は、必死のあまり自分の前で両手をパタパタと振る。
 そんな千紗子の慌て振りを見下ろしながら、雨宮はクスッと笑う。

 「仕方ないな。千紗子がそこまで言うならそれはやめておこう」

 雨宮の言葉に、千紗子はホッと肩を撫で下ろした。
 けれど、楽しげに微笑む雨宮を見ているうちに、段々と千紗子の胸にモヤモヤとしたのものが湧き上がってくる。

 (私が昼間どれだけハラハラしたのか、雨宮さんは全然知らないからっ!!)

 その時のことを思い返すと未だに背筋が凍るのに、当の本人は目の前で楽しげに笑っている。
 そのことが正直、千紗子は面白くなかった。

 「雨宮さんには申し訳ありませんが、明日のお弁当やっぱりは遠慮させてもらいます」

 「えっ!?」

 千紗子の発言に、雨宮はさっきまでの微笑みを消して焦りだした。
 そんな彼を尻目に、千紗子は畳み掛けるように言葉を続ける。

 「雨宮さんと一緒のお弁当だとバレたら大変なことになるのは私の方なんです。雨宮さんはご自分の人気がどれほどのものがご存知ないんですか?そんなわけないですよね?先日は女子高生にまで好意を寄せられていたんですよ。そんな図書館のプリンスと何かあったともし勘ぐられでもしたら、私は大変なことになってしまいます。同僚の方々だけでなくて来館者の方まで敵に回すことになったら、どう責任を取っていただけるんですかっ」

 『立て板に水の如く』とはこのこと、とばかりにスラスラと澱みなく話す千紗子に、雨宮はたじろいだ。
 こんな風に、自分の主張をハッキリと話す彼女を見たことがない。

 「作る、と申し出たのは私なので、そこは申し訳ないのですが、もうお弁当は、」

 「分かった」

 千紗子がすべてを言い終わる前に、雨宮が口を開いた。

 「―――分かって頂けて良かったです」

 千紗子の強張っていた頬がゆるんで、自然と眉が下がった。
 雨宮に申し訳ないと思っているのは千紗子の本心だ。けれど、バレるのが恐ろしい、という気持ちの方が切実。
 それが受け入れて貰えたのだと思って、千紗子は心の底からホッとした。

 「じゃあ、俺の弁当を誰にも見られないようにする」

 「えっ?」

 「だったら手作りとかアレコレ言われなくて済むし、千紗子が作ったと誰にも知られることはないだろ?」

 千紗子は、雨宮の返事は『弁当を作らないことを了承したもの』だと思っていた。
 しかし、雨宮は諦めていないばかりか、なんとか千紗子の気持ちを変えようと食い下がってくる。

 「誰にも見られないようにする。だから明日もお弁当を作ってくれないか?」

 「そ、それは……」

 『ダメ』と言いたいのに、目の前の彼の瞳は真剣そのもの。眼鏡の奥をきらきらと光らせて、千紗子の返事を待っている。

 スーツの時の雨宮は、まさしく『デキる男』そのものだ。
 その端麗な容姿からは、抑えきれないほどの大人の色気に満ちているけれど、そこに隙はない。仕事のこと以外の話をするのが躊躇ためらわれる雰囲気があるのが、同僚たちの共通見解だ。
 
 けれど普段着でくつろぐ姿の雨宮は、仕事の時とは違う魅力を見せる。仕事場での硬い雰囲気は薄らぎ、ラフで柔らかな印象になるのだ。
 時折、無邪気な少年のような一面も垣間見ることがあって、千紗子はそのギャップにまだ慣れることが出来ないでいた。
 
 今まさに、雨宮は『少年みたい』な無邪気さで、自分の希望を千紗子に向けていた。

 ブラウンのフレームから覗く瞳が、じっと千紗子を見つめている。
 ただ見つめられているだけなのに、だんだんと千紗子の鼓動は早くなり、頬が紅潮する。

 とうとう千紗子は、その圧倒的な魅力に白旗を上げた。

 「わ、分かりました。絶対に誰にも見られない、と約束していただけるなら……」

 根負けした千紗子が渋々頷くと、雨宮は一瞬にしてパーッと輝くほどの笑顔を見せた。

 「もちろん、約束する」

 大輪の花が開らくようにほころんだ笑顔に、千紗子の目は釘づけにされる。
 彼のこの笑顔に、魅入られない女性が世間にいるのだろうか。
 千紗子はその笑顔にぽーっと見惚れてしまっていた。

 けれどすぐに我に返った千紗子は、そこから無理に視線を剥がしてから、赤い顔を隠すように俯いた。
 その彼女のすぐ後を追って彼女の頬に柔らかなものが触れる。それは「チュッ」と音を立てて、離れていった。

 咄嗟のことに反応が出来ず、俯いたまま固まっている千紗子の耳元で、低い声が囁いた。

 「ありがとう。千紗子」

 千紗子の体に甘いしびれが走り、全身が火が出るくらいに熱くなる。
 身動き一つ取れずにいる彼女の頭を、大きな手がグルグルと二回かき混ぜた。

 「先に風呂に行ってくるな」

 そう言うと、雨宮はさっさと行ってしまった。
 残された千紗子は一人、体の熱が引くまで一ミリも動くことが出来なかった。

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