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5・オンとオフ
ひとりになって振り返る
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***
ベッドの端に腰かけると、千紗子はどっと疲れを感じた。
雨宮が帰ってくる前に転寝をしてしまったのも、今日一日でとてつもなく疲れたからだ。
心が弱っているせいか、どんなに休んでも体から倦怠感が抜けきらない。
(でも、夕飯の後片付けを雨宮さんが手伝ってくれたから、すごく楽だったな……)
ついさっきまで雨宮とキッチンに並んで片付けをしたことを思い返す。
背の高い彼は、千紗子が伸びあがって食器を用意した時とは違って、スイスイと楽に食器を仕舞っていた。
(そういえば、裕也があんなふうにキッチンで手伝ってくれたのって、いつが最後だったかしら………)
元恋人との同棲生活を振り返る。
(最初の頃は、裕也も家事を手伝ってくれてた時もあったのに………)
もうずっとキッチンで二人で立って何かをした記憶がない、そのことに千紗子の気持ちが沈む。
(料理だけじゃなくて、掃除も洗濯も、ここ最近はほとんど私がやっていたわね………)
こんなことになるまで、そんなことに思い到ることもなかった。仕事で疲れた裕也を少しでも休ませてあげたくて、千紗子が進んでやっていたことだ。
たとえそれに感謝の言葉を貰えなかったとても、千紗子は裕也が言葉にしないだけなのだ、と思っていた。
(そう、思うようにしていたのかもね……でも私だって同じように、裕也への気持ちを言葉にしなかったもの)
つい裕也との関係を終わらせることになった原因を探ろうとしてしまう。
自分の何がダメだったのか、いったいいつから彼の気持ちが離れていったのか、今更それを考えても仕方がないのかもしれないが、千紗子は考えるのをやめられなかった。
(そう言えば、裕也に車で送ってもらったこともなかったなぁ)
次から次へと出てくる。裕也と付き合っている時にそれを不満に思ったこともなかったし、そもそも気付きもしなかった。
なぜなら千紗子は裕也としか付き合ったことがないからだ。
千紗子にとっては裕也が初めての恋人。
地味で真面目な千紗子に言い寄ってくる男性なんてそれまでは居なかったし、好きな人が出来ても、千紗子は自分から告白する勇気もなくて、いつも片思いで終わってしまっていた。
裕也はとは大学のサークルの飲み会で知り合った。
千紗子と裕也は別々のサークルに所属していたが、部長同士が友達だとかで、合同での飲み会が開かれたのだ。
知らない人との飲み会が苦手な千紗子は参加を断ったのだが、部長が友人だったので、押し切られる形で連れていかれた。
今思えばそれは『合コン』に近いものだったのかもしれない。
その飲み会で千紗子に興味を持った裕也が、千紗子を一生懸命口説いた結果、付き合うことになったのだった。
(大学生の頃は、迎えに来てくれた裕也の車に乗って、デートに行ったわね………)
楽しかったときを思い出すと、胸がギューっと締め付けられる。
三年も一緒にいた彼との思い出は、楽しいことも沢山あって、一度その蓋が不意に開いて波のように千紗子の胸に押し寄せてきた。
じわり、と瞼が熱くなっていく。
「もう寝なきゃ」
頭を振って思い出と涙を振り払う。
ベッドに体を滑り込ませようとした瞬間。
「あっ!」
千紗子は雨宮に言い忘れていたことを思い出して、慌ててベッドから飛び降りた。
寝室のドアを開けてリビングに行くと、電気が消されていた。
(雨宮さんは書斎?もう寝てしまったのかしら………)
雨宮はもう少し仕事をする、と言っていた。
千紗子が寝室に入ってから、まだ十数分しか経っていない。
千紗子はすこし思案してから、書斎へ向かった。
‟コンコン”
書斎のドアを控えめにノックする。少し待ってみるけれど、中から返事は聞こえない。
(もう眠ってしまったのかしら……)
寝ているところを起こしてまで言うほどのことではない。
千紗子は諦めて寝室に戻ろうと、足を返そうとした時、小さな音を立ててドアが開いた。
「…千紗子?」
開いたドアの向こうに雨宮が立っている。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
「いや、寝てはいないよ。少し資料を読んでいたから」
雨宮の向こうに書斎用のデスクが見える。
開いたノートパソコンと分厚い本が開かれている。デスクの隣には大きな本棚が有って、沢山の本が並んでいた。
「どうした?何かあったか?」
雨宮の声に、千紗子は慌てて視線を部屋の奥から目の前の彼へと戻した。
「あ、えっと、大したことではないのですが、明日は雨宮さんは遅番でしたよね。明日は私はバスで行きますので、ゆっくりしてください」
「ああ。そのことをわざわざ言いに来てくれたのか?」
「本当は食事の時に伝えようと思っていたのですが、忘れてしまっていたので」
「ありがとう。でも、明日は早番に変更したから千紗子と一緒に行き帰りできるぞ」
「えっ!?」
「朝一番に会議が入ったんだ。午後からは特に別の用事はないし、早番で帰ることにしてある」
「そうだったんですね…」
「人目が気になるなら、今朝下ろしたところまでにするから」
微笑む雨宮に、なんと返して言いか分からなくて、千紗子は視線をさまよわせる。
視線をあちこちに移動させた時、不意に書斎の中の一角が目に留まった。
ベッドの端に腰かけると、千紗子はどっと疲れを感じた。
雨宮が帰ってくる前に転寝をしてしまったのも、今日一日でとてつもなく疲れたからだ。
心が弱っているせいか、どんなに休んでも体から倦怠感が抜けきらない。
(でも、夕飯の後片付けを雨宮さんが手伝ってくれたから、すごく楽だったな……)
ついさっきまで雨宮とキッチンに並んで片付けをしたことを思い返す。
背の高い彼は、千紗子が伸びあがって食器を用意した時とは違って、スイスイと楽に食器を仕舞っていた。
(そういえば、裕也があんなふうにキッチンで手伝ってくれたのって、いつが最後だったかしら………)
元恋人との同棲生活を振り返る。
(最初の頃は、裕也も家事を手伝ってくれてた時もあったのに………)
もうずっとキッチンで二人で立って何かをした記憶がない、そのことに千紗子の気持ちが沈む。
(料理だけじゃなくて、掃除も洗濯も、ここ最近はほとんど私がやっていたわね………)
こんなことになるまで、そんなことに思い到ることもなかった。仕事で疲れた裕也を少しでも休ませてあげたくて、千紗子が進んでやっていたことだ。
たとえそれに感謝の言葉を貰えなかったとても、千紗子は裕也が言葉にしないだけなのだ、と思っていた。
(そう、思うようにしていたのかもね……でも私だって同じように、裕也への気持ちを言葉にしなかったもの)
つい裕也との関係を終わらせることになった原因を探ろうとしてしまう。
自分の何がダメだったのか、いったいいつから彼の気持ちが離れていったのか、今更それを考えても仕方がないのかもしれないが、千紗子は考えるのをやめられなかった。
(そう言えば、裕也に車で送ってもらったこともなかったなぁ)
次から次へと出てくる。裕也と付き合っている時にそれを不満に思ったこともなかったし、そもそも気付きもしなかった。
なぜなら千紗子は裕也としか付き合ったことがないからだ。
千紗子にとっては裕也が初めての恋人。
地味で真面目な千紗子に言い寄ってくる男性なんてそれまでは居なかったし、好きな人が出来ても、千紗子は自分から告白する勇気もなくて、いつも片思いで終わってしまっていた。
裕也はとは大学のサークルの飲み会で知り合った。
千紗子と裕也は別々のサークルに所属していたが、部長同士が友達だとかで、合同での飲み会が開かれたのだ。
知らない人との飲み会が苦手な千紗子は参加を断ったのだが、部長が友人だったので、押し切られる形で連れていかれた。
今思えばそれは『合コン』に近いものだったのかもしれない。
その飲み会で千紗子に興味を持った裕也が、千紗子を一生懸命口説いた結果、付き合うことになったのだった。
(大学生の頃は、迎えに来てくれた裕也の車に乗って、デートに行ったわね………)
楽しかったときを思い出すと、胸がギューっと締め付けられる。
三年も一緒にいた彼との思い出は、楽しいことも沢山あって、一度その蓋が不意に開いて波のように千紗子の胸に押し寄せてきた。
じわり、と瞼が熱くなっていく。
「もう寝なきゃ」
頭を振って思い出と涙を振り払う。
ベッドに体を滑り込ませようとした瞬間。
「あっ!」
千紗子は雨宮に言い忘れていたことを思い出して、慌ててベッドから飛び降りた。
寝室のドアを開けてリビングに行くと、電気が消されていた。
(雨宮さんは書斎?もう寝てしまったのかしら………)
雨宮はもう少し仕事をする、と言っていた。
千紗子が寝室に入ってから、まだ十数分しか経っていない。
千紗子はすこし思案してから、書斎へ向かった。
‟コンコン”
書斎のドアを控えめにノックする。少し待ってみるけれど、中から返事は聞こえない。
(もう眠ってしまったのかしら……)
寝ているところを起こしてまで言うほどのことではない。
千紗子は諦めて寝室に戻ろうと、足を返そうとした時、小さな音を立ててドアが開いた。
「…千紗子?」
開いたドアの向こうに雨宮が立っている。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
「いや、寝てはいないよ。少し資料を読んでいたから」
雨宮の向こうに書斎用のデスクが見える。
開いたノートパソコンと分厚い本が開かれている。デスクの隣には大きな本棚が有って、沢山の本が並んでいた。
「どうした?何かあったか?」
雨宮の声に、千紗子は慌てて視線を部屋の奥から目の前の彼へと戻した。
「あ、えっと、大したことではないのですが、明日は雨宮さんは遅番でしたよね。明日は私はバスで行きますので、ゆっくりしてください」
「ああ。そのことをわざわざ言いに来てくれたのか?」
「本当は食事の時に伝えようと思っていたのですが、忘れてしまっていたので」
「ありがとう。でも、明日は早番に変更したから千紗子と一緒に行き帰りできるぞ」
「えっ!?」
「朝一番に会議が入ったんだ。午後からは特に別の用事はないし、早番で帰ることにしてある」
「そうだったんですね…」
「人目が気になるなら、今朝下ろしたところまでにするから」
微笑む雨宮に、なんと返して言いか分からなくて、千紗子は視線をさまよわせる。
視線をあちこちに移動させた時、不意に書斎の中の一角が目に留まった。
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