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5・オンとオフ
ミーティング
しおりを挟む昼休憩を終えて午後二時から、例のイベントのミーティングが行われた。
地元出身の絵本作家によるそのトークイベントは、二週間後の土曜日に迫っている。
今日は担当メンバー全員が集まって、準備の進行状況の報告やこれからの段取りを話し合うことになっている。
「それではミーティングを始めましょう」
ミーティングを進行するのはチームリーダーである雨宮だ。
会議室のホワイトボードの前に立つ雨宮の前には、会議用の長テーブルが向かい合わせに組んであって、千紗子を含めた六人のメンバーが座っていた。
千紗子は一番後ろの席で、前に立つ雨宮を見ていた。
(ミーティングだと、特に気にせず雨宮さんを見ることが出来るんだわ…)
全員が前に立つ雨宮を見ているので、千紗子が彼を見ていても不自然ではない。
目の前に立つ彼は、真面目な顔で資料を読み上げている。
それは今までここで見ていた彼の姿のままだ。
隙の無い仕事の姿。
(そうよ、これが私の知ってる雨宮さんだったはずだわ………)
この二日間で見た、雨宮の仕事とは全く別の顔が、千紗子の脳裏をかすめた。
(あ、だめ。今、思い出したら……)
千紗子の意思と反して、頬が熱くなっていく。
「…のした、木ノ下」
「は、はいっ!」
自分を呼ぶ声に、千紗子はハッとして顔を上げると、メンバー全員が自分を見ている。
「どうした?さっきから呼んでるぞ。具合でも悪いのか?」
問いかける雨宮に、隙は無い。
「い、いえ、大丈夫です。すみませんでした」
「それならいいが、ミーティング中にぼうっとしないように。次は木ノ下の栞の説明だ。よろしく頼んだぞ」
「は、はい」
雨宮に注意されて、千紗子は恥ずかしくなりながらその場で立ち上がる。
顔が赤いのを不自然に思う人は誰もいなかった。
「では、次回のミーティングは来週土曜日です。それまでに各自準備をお願いします。何があればいつでも俺のほうに言ってきてください。お疲れ様でした」
一時間ほどのミーティングの最後に、雨宮がそう言って会を締めた。
ミーティングが終わりメンバーが解散した後、会議室の片づけを申し出た千紗子はその場に残っていた。
テーブルは全員で元に戻したので、残っているのはホワイトボードを消すことと、資料に使った絵本を片付けるくらいだ。
(失敗したわ…仕事中に余計なことを考えるなんて………)
ホワイトボードを消しながら、千紗子は反省した。
けれどやっぱり考えてしまうのは、ミーティング中の雨宮のこと。
今日の雨宮の声が、千紗子の耳にはなぜか違って聞こえていた。
(どうしてなのかしら………)
会議の間中、その違和感が拭えなかった千紗子は未だに何かモヤモヤとしている。
(ちょっと疲れてるのかも………)
ホワイトボードを消し終えて、数冊の絵本を抱えて、エアコンをオフにして電気のスイッチを立て続けに切って行く。
最後のスイッチを切った時、入口の扉が開く音がした。
「お疲れ様」
中に入って来たのは雨宮だった。
「雨宮さん…お疲れ様です。片付け終わりましたので、もう出ますね」
雨宮が開けた扉から一緒に出ようと思って、千紗子が彼の横に行った時、雨宮は手に持っていた扉をパタンと静かに閉めた。
「あ、まみや、さん?」
電気を消してブラインドを下ろした会議室は昼間でも薄暗い。
しかも電気を消したばかりなので、千紗子の瞳はまだその暗さに慣れない為、目の前の雨宮の顔もよく見えない。
「あの…?」
千紗子の額に温かなものが当てられた。
それが雨宮の手の平だとすぐに分かる。
「うん、熱はないな」
千紗子の胸がドキッと波打った。
良く分からないまま額を触れられているのに、千紗子の体はそれを拒否することはない。
それどころか勝手に胸が疼いて、心臓が早くなっていく。
「ミーティング中に顔が赤かったから、また熱が上がったのかと思ったぞ」
「そ、それは……」
雨宮に気付かれていたことに、動揺する。
「朝も公園を抜けるのにずいぶんと時間が掛かっただろ?体が冷えてまた熱を出すんじゃないかと、ハラハラしたぞ」
数分前までとは全然違う、雨宮の声が柔らかく耳に届く。
その声は、たっぷりとハチミツを加えた紅茶みたいに、千紗子の耳にトロリと流れ込んでくる。
「千紗子」
名前を呼ばれた瞬間、千紗子の体を震えのようなものが走り抜けた。
「あんまり心配させるなよ」
額に当てた手がそっと滑るように頬を撫でて、千紗子の背に回る。彼の爽やかなのに少しだけ甘い香りが千紗子を包む。
そのまま両腕でそっと抱きしめられて、頭のてっぺんに柔らかな感触が当たった。
「今日は定時で上がるように」
言っている言葉は『上司』のものなのに、その声色はひどく甘い。
そっと体を離した雨宮は、静かに扉を開けて出て行った。
千紗子はミーティングの間中感じていた違和感に、とうとう気付いてしまった。
(二人の時の雨宮さんは甘すぎるわ……こんなに違っていたなんて……)
真っ赤になった体が元に戻るまで、千紗子は薄暗い会議室で立ち尽くしていた。
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