Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか

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4・崩壊と甘癒

意外な告白

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***


 雨宮の申し出を受けた後、二人は早めの夕飯を食べることにした。
 朝食べたたった一つのレーズンパンも、そのあとマンションで吐き戻してしまってから、千紗子は飲み物しか口にしていなかった。
 「食べれるなら食べた方がいい」という雨宮が千紗子に用意してくれたのは、レトルトのお粥だった。

 
 「こんなものしか用意できなくてすまない………。何か胃に優しい食べ物を、と思ったんだが、俺にはそれを作る技術がなくてな………」

 テーブルの向かいに座った雨宮が、申し訳なさそうに言う。

 「いえ、そんな……、私の食事のことを気遣って下さって、ありがとうございます」

 正直今の千紗子には、肉体的にも精神的にも普通の食事は喉に通りそうにない。温かくてとろとろのお粥は飲みこみやすくて、少しずつだけれど食べ進めることが出来る。
 
 「このお粥、もしかしてわざわざ買ってきてくださったんですか?」

 「いや、わざわざというわけじゃない。ショッピングモールで千紗子と別れた後、食品売り場に用事があったから、ついでに買ってみたんだ」

 「そうだったんですね………。ありがとうございます」

 あんな時から自分の食事のことを考えてくれていたのか、と思うと千紗子は胸がほんわかと温かくなるのを感じた。
 たとえ温めるだけのレトルトの食事でも、自分の為を思って用意してくれたものが、どんなに美味しいものなのかを知る。
 雨宮の用意したお粥は、千紗子の体も心もじんわりと温めてくれた。

 「でも、雨宮さんはこれだけじゃ足りないのではないですか?私と違って元気なのだし、男性なのでもっとしっかりと食べたほうが良いと思うのですが………」

 テーブルの向かいも、千紗子と同じ雑炊の入った器がある。千紗子と違ってもう中身はほとんど残っていないが。

 「ああ、俺か。俺なら大丈夫だ」

 「大丈夫、ですか?」

 「夜はほとんど食べないからな。いつも軽く済ませるか、仕事が遅い時は食べずに寝ることもあるし」

 「えっ!」

 「正直、食べることにはあまり頓着しないタイプでね。自分ではちゃんと作れないし作ることも面倒だ。もっと言うと仕事の後にコンビニやスーパーに寄るくらいなら早く帰って休みたい、と思ってしまうんだ」

 「そ、そんな………」

 雨宮の意外な告白に千紗子はびっくりした。
 センスが良くて綺麗な部屋に住む雨宮は料理もそつなくこなすだろうと、千紗子は勝手にイメージしていたのだ。

 「掃除や整理整頓、洗濯は苦にならないんだけどな、自分が食べることに興味があまりないと、どうしてもその辺がずぼらになってしまうんだ。………幻滅したか?」

 情けなさそうに眉を下げた雨宮に、そう問われて、千紗子は頭をぶんぶんと左右に振った。

 「幻滅、とかはしません。でも正直びっくりはしています。雨宮さんはなんでも出来そうなイメージがあったので………」

 「ははっ、何でも出来るなら、俺も苦労はしないさ」

 「あのっ」

 千紗子は思い切って口を開いた。

 「なに?千紗子」

 「もし良かったら、ここでお世話になっている間、私に食事を作らせてもらえませんか?」

 千紗子がそう言うと、雨宮は軽く目を見張った。

 「お世話になる代わりと言ってはなんですが、ご飯の用意くらいさせてください!」

 「千紗子………」

 「あ、雨宮さんが私の作ったもので良ければですが…その、私自炊派なので、自分のご飯を用意しやすいですし…えっと、キッチンは汚さないように気を付けますので………」

 千紗子の声はだんだん小さくなっていって、最後の方はゴニョゴニョと言っているようにしか聞こえなかったけれど、それでも雨宮の耳はその声をしっかりと捕えていた。

 「だ、だめですか…?」

 上目使いに雨宮を見ると、驚いた顔のまま固まっていた彼は、みるみる相好を崩した。

 (うわっ、お花が咲いたみたい)

 昨夜からまだ二十四時間も経っていないのに、職場では見たことのない雨宮の表情の数々に千紗子は驚かずにはいられない。

 (こんな雨宮さんを図書館のみんなが見たら、彼の人気は更に凄いことになりそうだわ)

 そんなことをぼんやり考えていると、テーブルの上の千紗子の左手を雨宮がそっと握った。

 「きゃっ!」

 「千紗子の手料理が食べれるなんて夢みたいだな」

 「あの、期待していただくほどのものではないと思いますが………」

 そっと左手を自分の方に引きながらそう言うと、雨宮の指が千紗子の指を絡め取るように握る。

 「千紗子の手作り、ってことが大事なんだ。嬉しいけど、決して無理はしないでほしい。千紗子の体調が一番なんだからな」

 笑顔を真顔に戻した雨宮に、そう諭されて、千紗子は首を縦に振るしかなかった。


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