Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか

文字の大きさ
上 下
27 / 92
4・崩壊と甘癒

上司のお願い

しおりを挟む
 「わ、わたしは、」

 両手で握るように持っているマグカップに、視線を固定させてなんとか口を開く。

 「しばらく、ホテルに行こうと思います。これ以上、雨宮さんにご迷惑は、」

 「迷惑なんかじゃない。俺がしたくてしてることだ」

 雨宮が千紗子の言葉を遮った。

 「俺の方を見て。千紗子」

 斜め上から降ってくる低音ボイスに、千紗子が顔を上げられずにいると、隣から伸びた手が千紗子のマグカップをスッと抜き取った。

 突然のことに千紗子が呆然としている間に、その手はマグカップをソファーテーブルの上に置いた後、千紗子の背中を包むように抱き寄せた。

「あ、」と口を開いた瞬間、千紗子の体が痛いくらいの力で抱きしめられる。

 ぎゅうぎゅうと締め付けてくる力に、千紗子は苦しくなって身を捩る。だけど、『逃がさない』と伝えるように、腕の力は緩むことはなくて、千紗子は抵抗する力を無くして、その腕の中でジッと身を固くしていた。

 「すまない……」

 しばらくすると静かな声がそう言って、腕の力が緩んだ。腕は千紗子の背中から離れはしないものの、苦しくなるほどの締め付けはない。

 「元気になったらいつでも出ていけばいい…でも頼むから、今はここに居て欲しい。千紗子が嫌なら、もう君に触れたりしないから」

 背中に回されていた腕がスッと離れていく。体を包んでいた熱が離れて、千紗子は少し肌寒さを感じた。

 「君が一人で泣いているんじゃないか、どこかで倒れてるんじゃないか、そう思ったら俺は君の安否を確認する為に君を探してしまうだろう。我ながらストーカーかと思うけれど、それくらいに今の君のことが心配で仕方ないんだ。俺に迷惑を掛けるのが嫌だと思うなら、君の心と体が元気になるまでは、俺の目の届くところに居て欲しい」

 千紗子を見下ろす雨宮の瞳は、切なげに揺れている。

 いつも職場で見る彼は、隙がなくて『出来る上司』そのもの。
 けれど今、千紗子の目に映る雨宮は迷子の子どもみたいに頼りなげで、そんな彼のお願いを聞いてあげないといけないような気にすらさせる。

 大人の、しかも容姿端麗で万人に好意を持たれるような男性のそんなしおれた姿に、千紗子の胸がきゅんと音を立てて甘く疼いた。

 (でも、雨宮さんが本当に私に好意を持っているなら、やっぱりこれ以上甘えるわけにはいかないわ…。だって、私には彼の好意に応えることなんて出来ないもの………)

 最後に残った理性が、そう言って千紗子に警鐘を鳴らす。
 そんな千紗子の気配を察知したのか、雨宮は畳み掛けるように言葉を並べた。

 「俺が君を好きだと言ったことなら、気にしなくて良い。本来なら告げるつもりはさらさらなかったんだしな。俺は書斎にしている部屋で寝るし、食事も別々で構わない。千紗子には必要以上触れないと誓う」

 両手を上げて降参のポーズを取る雨宮を見て、千紗子は思わず「ぷっ」と吹き出した。
 一生懸命千紗子を説得しようとする姿が、思いのほか可愛らしかったからだ。

 くすくすと口に手を当てて肩を揺らす千紗子を見て、雨宮が目を丸くする。
 あまり笑ってしまっては悪いかも、と思った千紗子は笑いを何とか収めて雨宮を見上げた。

 「すみません、笑ってしまって。では少しの間、数日間だけ、お言葉に甘えさせてもらってもいいですか?」

 千紗子の申し出に、雨宮の目が見開かれる。

 「落ち着いたらすぐにお暇します。それでも良ければ、」

 「ああ、もちろんだ。嬉しいよ、千紗子」

 心の底から嬉しそうに破顔する雨宮に、千紗子の胸が小さく跳ねる。

 (こんなイケメンの笑顔に耐えられる女性なんて、きっといないわよね?)

 そんなことを思いながらその笑顔を見上げていると、上機嫌な雨宮が更なる爆弾を落とす。

 「すごく可愛いな。千紗子はやっぱりそうして笑っている方がいい」

 「はっ!?」

 「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ、千紗子」

 他意のないキラキラとした笑顔でそう言われて、千紗子は顔が燃えるように熱くなるのを止められなかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

冷徹上司の、甘い秘密。

青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。 「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」 「別に誰も気にしませんよ?」 「いや俺が気にする」 ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。 ※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお断りいたします。

汐埼ゆたか
恋愛
旧題:あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。 ※現在公開の後半部分は、書籍化前のサイト連載版となっております。 書籍とは設定が異なる部分がありますので、あらかじめご了承ください。 ――――――――――――――――――― ひょんなことから旅行中の学生くんと知り合ったわたし。全然そんなつもりじゃなかったのに、なぜだか一夜を共に……。 傷心中の年下を喰っちゃうなんていい大人のすることじゃない。せめてもの罪滅ぼしと、三日間限定で家に置いてあげた。 ―――なのに! その正体は、ななな、なんと!グループ親会社の役員!しかも御曹司だと!? 恋を諦めたアラサーモブ子と、あふれる愛を注ぎたくて堪らない年下御曹司の溺愛攻防戦☆ 「馬鹿だと思うよ自分でも。―――それでもあなたが欲しいんだ」 *・゚♡★♡゚・*:.。奨励賞ありがとうございます 。.:*・゚♡★♡゚・* ▶Attention ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

同級生がCEO―クールな彼は夢見るように愛に溺れたい(らしい)【番外編も完結】

光月海愛(こうつきみあ)
恋愛
「二度となつみ以外の女を抱けないと思ったら虚しくて」  なつみは、二年前婚約破棄してから派遣社員として働く三十歳。  女として自信を失ったまま、新しい派遣先の職場見学に。  そこで同じ中学だった神城と再会。  CEOである神城は、地味な自分とは正反対。秀才&冷淡な印象であまり昔から話をしたこともなかった。  それなのに、就くはずだった事務ではなく、神城の秘書に抜擢されてしまう。 ✜✜目標ポイントに達成しましたら、ショートストーリーを追加致します。ぜひお気に入り登録&しおりをお願いします✜✜  

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

処理中です...