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4・崩壊と甘癒
一方的な決裂
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「やめろ。彼女が怯えている」
地を這うような低い声が冷たく言い放つ。
大きな背が千紗子の盾になり、彼の左腕が千紗子を守るように後ろ手に回されている。裕也が掴んでいた手は、彼が間に入った時に弾き出された。
「お、お前には関係ないだろっ!そこを退けよっ!」
「俺が退いたらお前はどうするんだ」
「俺はただ千紗と、彼女と話がしたいだけなんだっ!」
「話…こんな公衆の面前で女性に向かって怒鳴る奴に、ろくな話が出来るとは思えないな」
「なに?…関係ないヤツにとやかく言われる筋合いはないっ!」
図星を刺された裕也が、喚きながら雨宮に詰め寄る。
「関係ない、か。俺は無関係なのか?千紗子」
首を捻って千紗子を見下ろす雨宮の瞳が、裕也に向けた冷たいものとは正反対に、甘く優しい。
「雨宮さん………」
その瞳に見下ろされた瞬間、千紗子は安堵のあまり両目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「全く無関係とは、言えないだろう。さっきも俺のことを話していたみたいだしな」
「お、お前…もしかして昨日の!」
裕也はやっと目の前の男が、昨日千紗子と一緒にいた男と同一人物だと気付いた。
確かに雨宮は昨日と今では着ている服も髪型も、眼鏡すら違う。同じ人物だとすぐに気付かれなくても不思議はない。
けれど、その長身と整った顔立ちには裕也にも覚えがあった。
「千紗、お前やっぱりこの男と……」
怒りを滲ませてひどく歪んだ顔で、裕也が唸る。
「ちがっ、」
「ははっ、すっかりお前に騙されたな。従順なタイプだから結婚してもいいかと思っていたのにな」
「!!」
昨夜の時点では裏切ったのは裕也だけだった。けれど、今になっては『雨宮とは何の関係もない』とは言い切れない千紗子は、裕也に言われっぱなしで反論することが出来ない。
「随分一方的な言い分だな。自分の話は聞いてほしいと言ったくせに、彼女の話は聞かないのか?」
「はっ、どうせ聞いたって一緒だろ。もういいさ。千紗子、お前とはもうこれっきりだ。地味女のお前なんかと結婚しなくて良かったよ。あの部屋はお前の好きにしろ。俺は出ていく。じゃあなっ」
「裕也っ!」
最後まで一方的に自分の言いたいことを言い放った裕也は、二人に背を向け足早に去って行った。
「どうして………」
千紗子の両目からは涙がポロポロと幾つもこぼれ落ちる。へなへなと足元からその場に崩れ落ちそうになりそうなところを、雨宮が抱き止めた。
「千紗子……」
「……すみません、雨宮さん。結局また巻き込んでしまって……」
言いながらくらくらと視界が揺れて、千紗子は目を硬く閉じる。
「俺のことはいい。それよりも千紗子のことが心配なんだ」
「すみ、ま、…せ」
最後まで謝罪の言葉を口にすることが出来ないほど激しい眩暈に襲われて、力無く雨宮の腕に身を委ねるしかなかった。
***
「う、うぅっ、」
ベッドに横たわって目を閉じたままの千紗子が、苦しげに唸る。雨宮は彼女の頭をそっと撫でた。
(少し熱が出てるな)
ショッピングモールの書店で千紗子が裕也と遭遇した時、雨宮はちょうど書店のレジで会計をしているところだった。
会計を済ませると、他の客の視線が入口の方に集まっているのが目に入った。
千紗子と待ち合わせの時間が近付いていた為店を出ようと出口に足を向けると、男が大きな声でに何かを怒鳴っていた。その男に両腕を掴まれて顔から色を無くしている女性は、千紗子だった。
雨宮は飛び出すように二人の間に割って入った。
ひどい言葉を一方的に千紗子に投げつけた裕也が去って行った後、千紗子はその場に崩れ落ちた。
雨宮はその彼女を抱えて車に戻り、自宅マンションへと帰って来たのだ。
それから千紗子はもう数時間眠ったまま。
額には汗をかいて、時折今みたいにうなされて苦しそうにしている。
汗を拭いてやる時に、熱が上がっていることに気が付いた。氷水で冷やしたタオルを彼女の額に乗せてやると、眉間のしわが少しだけ緩んだ。
「一人で苦しむな、千紗子」
雨宮はもう一度千紗子の頭を撫でてから、そのてっぺんに唇を落とした。
地を這うような低い声が冷たく言い放つ。
大きな背が千紗子の盾になり、彼の左腕が千紗子を守るように後ろ手に回されている。裕也が掴んでいた手は、彼が間に入った時に弾き出された。
「お、お前には関係ないだろっ!そこを退けよっ!」
「俺が退いたらお前はどうするんだ」
「俺はただ千紗と、彼女と話がしたいだけなんだっ!」
「話…こんな公衆の面前で女性に向かって怒鳴る奴に、ろくな話が出来るとは思えないな」
「なに?…関係ないヤツにとやかく言われる筋合いはないっ!」
図星を刺された裕也が、喚きながら雨宮に詰め寄る。
「関係ない、か。俺は無関係なのか?千紗子」
首を捻って千紗子を見下ろす雨宮の瞳が、裕也に向けた冷たいものとは正反対に、甘く優しい。
「雨宮さん………」
その瞳に見下ろされた瞬間、千紗子は安堵のあまり両目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「全く無関係とは、言えないだろう。さっきも俺のことを話していたみたいだしな」
「お、お前…もしかして昨日の!」
裕也はやっと目の前の男が、昨日千紗子と一緒にいた男と同一人物だと気付いた。
確かに雨宮は昨日と今では着ている服も髪型も、眼鏡すら違う。同じ人物だとすぐに気付かれなくても不思議はない。
けれど、その長身と整った顔立ちには裕也にも覚えがあった。
「千紗、お前やっぱりこの男と……」
怒りを滲ませてひどく歪んだ顔で、裕也が唸る。
「ちがっ、」
「ははっ、すっかりお前に騙されたな。従順なタイプだから結婚してもいいかと思っていたのにな」
「!!」
昨夜の時点では裏切ったのは裕也だけだった。けれど、今になっては『雨宮とは何の関係もない』とは言い切れない千紗子は、裕也に言われっぱなしで反論することが出来ない。
「随分一方的な言い分だな。自分の話は聞いてほしいと言ったくせに、彼女の話は聞かないのか?」
「はっ、どうせ聞いたって一緒だろ。もういいさ。千紗子、お前とはもうこれっきりだ。地味女のお前なんかと結婚しなくて良かったよ。あの部屋はお前の好きにしろ。俺は出ていく。じゃあなっ」
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最後まで一方的に自分の言いたいことを言い放った裕也は、二人に背を向け足早に去って行った。
「どうして………」
千紗子の両目からは涙がポロポロと幾つもこぼれ落ちる。へなへなと足元からその場に崩れ落ちそうになりそうなところを、雨宮が抱き止めた。
「千紗子……」
「……すみません、雨宮さん。結局また巻き込んでしまって……」
言いながらくらくらと視界が揺れて、千紗子は目を硬く閉じる。
「俺のことはいい。それよりも千紗子のことが心配なんだ」
「すみ、ま、…せ」
最後まで謝罪の言葉を口にすることが出来ないほど激しい眩暈に襲われて、力無く雨宮の腕に身を委ねるしかなかった。
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「う、うぅっ、」
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(少し熱が出てるな)
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雨宮は飛び出すように二人の間に割って入った。
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汗を拭いてやる時に、熱が上がっていることに気が付いた。氷水で冷やしたタオルを彼女の額に乗せてやると、眉間のしわが少しだけ緩んだ。
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