23 / 92
4・崩壊と甘癒
ショッピングモールの二人
しおりを挟む歩き出した雨宮の背中が小刻みに震えている。
(またからかわれたの!?)
雨宮が笑っていることにすぐに気付いた千紗子は、彼を追いながらその背を恨めし気な目つきで眺めた。
(雨宮さんの素顔って掴めないわ………)
心配そうに世話を焼いてきたり、甘い瞳で見つめてたと思ったら、からかわれたり。
そんな雨宮に振り回されっぱなしの千紗子だけれど、何故かそれを嫌だと思わない自分がいる。
(ずいぶんお世話になってるもの………)
甘やかされて、それに慣れてきたのかも。そう思いながら足元を見ていると、目の前の雨宮が急に足を止めた。
「どうしたんですか?」
「これ、千紗子に似合いそうだ」
雨宮が足を止めたのは、レディースファッションのお店の前だった。
目の前には、ワンピースを着たマネキンが立っている。
柔らかな生成りの白一色のそのワンピースは、ふんわりと広がった膝下までのフレアスカートがロマンチックなデザインで、とても可愛らしい。
素敵だな、と思うと同時に、千紗子はなぜか昨夜玄関に転がっていたピンク色のハイヒールを思い出した。
(私が、これが似合うような可愛げのある女の子だったら、裕也はあんなことしなかったのかな………)
ワンピースを見上げながらほの暗い考えがよぎって、胸が苦しくなる。
「どうした?具合が悪くなったか?」
千紗子はハッとした。
(また雨宮さんに心配をかけてしまう!)
千紗子が慌てて首を振ると、雨宮は「なら良かった」と眉を下げた。
「千紗子はこういう服は着ないのか?好みじゃないとか?」
千紗子を見下ろしながら雨宮が聞いた。
「いえ、嫌いではないのですが………」
答えながら自分が今着ているものを確認する。
グレーのリブニットと黒の細身のパンツ、上から黒いロングコートを着ている。足元は仕事仕様の黒いローファーだから、一言で言えば地味。
おしゃれが嫌いな訳ではないし、ファッション雑誌だってそれなりに見る。
けれど、『見て気に入る服』と『自分に合う服』が必ずしも一致するわけではないことが、この歳になって分かるようになってきたのだ。
千紗子はたどたどしく口を開いた。
「こんな可愛らしい服が似合うようなタイプじゃないので」
「そんなことないぞ。俺はこの服は千紗子に似合うと思うけどな。試しに着てみたらどうだ?」
「えっ!これを、私が?」
「ああ。このワンピースを着た千紗子を俺が見たいんだけど」
「え、あの…ちょっと無理、です」
雨宮の勢いに押されつつも、千紗子がハッキリ断ると、雨宮は残念そうに肩を落とした。
「そうか、残念だな。まぁ今は、千紗子の体調も良いとは言えないから、また次の機会にするか」
雨宮はそう言って、ショップの前からまた歩き出した。
(次の機会って……)
そんな機会が訪れることなんてもうないだろう、と千紗子は思う。
(そうよ、これ以上雨宮さんを私のことに付きあわせられないわ。この近くにはビジネスホテルもいくつかあったはず…雨宮さんが何と言っても、この後ホテルに行こう)
千紗子は心の中でそう決めると、雨宮のすぐ後ろを着いて歩いた。
「千紗子は何か欲しいものや見たいものはあるか?」
「欲しいもの……」
歩きながら雨宮に問われて、千紗子は考えた。
(ホテルに泊まる為に必要なのは下着くらいかしら………出来たらここで買っておきたいけれど、流石に雨宮さんと一緒じゃ……)
顎に手を当てて考え込む千紗子を見た雨宮が提案する。
「俺もちょっと用事があるから、少しの間別々にしようか。そうだな……十一時にそこのコーヒーショップで待ち合わせでどうだ?」
雨宮が指差した先には、よく見るチェーンのコーヒーショップがある。
「何かあったら携帯に連絡して。間違っても一人でどっかに行くなよ。もしそんなことしたら迷子放送、掛けてもらうからな」
「迷子放送……」
「ああ。『迷子の千紗子ちゃんを探してます』って放送してもらうよ」
「や、やめてください……」
想像しただけで背筋が凍るくらい恥ずかしい。
「じゃあ、勝手にいなくなったりしないこと。時間に遅れる分は構わないから、その時は連絡して」
「……はい」
千紗子が渋々頷くと、「ヨシ」と言った雨宮が、悪戯が成功した時の少年みたいな顔で笑った。
0
お気に入りに追加
186
あなたにおすすめの小説
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
冷徹上司の、甘い秘密。
青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。
「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」
「別に誰も気にしませんよ?」
「いや俺が気にする」
ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。
※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる