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4・崩壊と甘癒
再び千紗子のマンションへ
しおりを挟む「ここに停めたらいいのか?」
マンションの来客用のスペースを千紗子が教えると、雨宮はそこにスムーズに車を駐車した。
「送っていただいて、ありがとうございます。ここで本当に大丈夫ですので………」
「きちんと部屋の前まで送るって言っただろ?家に上がるつもりはない。中に誰も居なけばそのまま帰るよ」
「………すみません」
車から降りてマンションに入る。
二人でエレベーターに乗り込んで四階まで上がり、エレベーターから降りて外廊下を進んだ。
千紗子のパンプスの音と雨宮のスニーカーの音だけが、マンションの廊下に小さく響く。
平日の九時過ぎのマンションは、人が動く気配はあるけれど、二人でここまで来る間には誰にも会わなかった。
廊下の突き当り、四階の角部屋が千紗子と裕也の住む部屋。
その前に立ち、玄関扉に鍵を差す。
瞬間、千紗子は自分の体が硬くなるのを感じた。
鍵を持つ手が震える。
毎日何気なくしてきたことを、こんなにためらったことなんて今まで無い。
(鍵を回すだけなのに、こんなに勇気がいるなんて……)
「大丈夫か?」
声を掛けられて隣を振り仰ぐと、雨宮が心配そうに千紗子のことを見つめていた。
(そういえば、昨日も同じようなことをここで言われたっけ……)
その時の彼も、今みたいに私を気遣う顔をしていたことを思い出す。
(雨宮さんには助けられてばかりだわ……)
家まで送ると雨宮の申し出を一度断った時、「一人で大丈夫」と言ったけれど、こうして鍵を開けることすら中々出来ないのに、本当に一人だったらどうしたんだろう―――。
千紗子の胸にそんな疑問が湧いた。
けれど、今は隣で見守ってくれている雨宮をこれ以上煩わせてはいけない。そう思った千紗子は、思い切って鍵を回した。
鍵はカチャリ、と音を立てて簡単に回った。
少し扉を開いて中を窺う。玄関の三和土には誰の靴もない。
千紗子はそっと玄関の中に足を踏み入れた。
「俺はここに居るから。何かあったらすぐに呼べ」
玄関扉の外側に立ったままの雨宮がそう言う。
千紗子は頷くと、ドアストッパーを立て扉を半開きにしてから靴を脱いだ。
足音を立てないように廊下を進む。
(裕也はいないはず…でももし出会ったら、彼に何を言えばいいの…!?)
結婚の約束までした恋人を非難する気持ちや悲しみ、『どうして』という困惑が次々に浮かぶ。
けれどそれをどう言葉にしていいのか、今の千紗子には分からない。
ただ自分の中にある黒い波にのみ込まれてしまいそうだった。
胸の中に渦巻くものが、リビングのドアに近付くにつれ大きくなる。
ドアの正面に立ち、ノブを握った瞬間、千紗子の心臓が大きく波打った。
それはさっき鍵を回すのを躊躇した時の比ではなく、全身が心臓になったようにバクバクと血が流れるのを感じる。
(ここまで来て、こんなことすら苦しいの!?)
正直、この家の中に入った時から千紗子は息苦しさを感じていた。
けれど、心配そうに自分を見つめる雨宮に、これ以上の迷惑を掛けられない、と思った千紗子は自分を奮い立たせて廊下を進んだのだ。
(とにかく、誰もいないことを確認して雨宮さんに報告しないと…これ以上彼を付き合わせちゃダメ……)
雨宮の手をこれ以上煩わせたくない一心で、千紗子はリビングのドアを開いた。
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