Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか

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3・裏切りと告白

ただの上司はやめるから

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 「あ、……」

 突然千紗子の頭に、ある光景がフラッシュバックした。

 ベッドに仰向けになった自分、それを上から見下ろす雨宮。
 あの時の彼の瞳は、今とまったく同じものだった。
 
 千紗子の顔が、みるみる真っ赤に染め上げられていく。

 「ぷっ」

 それまで黙って千紗子を見つめていた雨宮が、小さく噴き出した。反対側に体を捩じって、なにやら肩を震わせている。

 (わ、笑ってる………)

 職場ではそんな風に砕けた笑い方をする雨宮を見たことがなかった千紗子は、小刻みに震える彼の背を見ながら、唖然とした。

 「くっ、くっくっくっ………」

 堪えきれない笑い声が、千紗子の耳に届く。

 (もしかして私、からかわれたの!?)

 お腹を押さえながら背中を丸めて笑っている雨宮を見ていると、千紗子は段々と腹が立って来た。

 (こんな状況でからかうなんてっ!!)

 雨宮本人に怒りをぶつけることの出来ずに、千紗子が一人モヤモヤしていると、ひとしきり笑った雨宮は、「ふぅ~」と大きく息を吐いた後、千紗子の方を振り返った。

 「笑ってごめんな」

 そう言う雨宮の目はまだ笑っている。
 千紗子は、からかわれたくらいで上司に文句をいうことなんて出来ないと思い、目を逸らして口を噤んだ。

 「そんなにむくれないで、千紗子。可愛すぎて困るから」

 一瞬何を言われたのか分からなかった。

 (空耳?今『可愛い』とか言いませんでしたか?)

 「ちゃんと可愛いって言ったぞ」

 びっくりして顔を上げると、上機嫌な顔でニコニコしている雨宮と目が合った。
 
 (今、私声に出してた?)

 「声に出して喋ったか、考えてるだろ」

 頭の中にある言葉を言い当てられて、千紗子は目を丸くした。

 「どうして………」

 「考えてることが分かるかって?」

 自分が問いかけようとした言葉を雨宮に全部言われて、千紗子は頷いた。
 
 それを見た雨宮は、「ふっ」と息を吐くように小さく笑って、千紗子の頬に手を添える。

 「そうだな。千紗子は自分の思っていることをあまり言葉にしない。けど、見る人が見ればすぐに分かる。千紗子の瞳はその口よりも雄弁だからな」

 千紗子の頬に添えられた手の親指が、彼女の唇をそっとなぞった。さっきまで可笑しそうに笑っていた雨宮の瞳に、熱が灯る。

 (またからかってるの!?)

 じっと身動きできずにいる千紗子を見て、雨宮が「くすっ」と笑った。

 「からかってないからな。そんなふうに反応する千紗子が見れて、俺は嬉しいだけだ」
 
 (嬉しい!?なんで??)

 「今までの千紗子にとっての俺はただの上司だっただろ?でも今はこうして一人の男として反応して貰えることが、何より嬉しいんだ」

 千紗子は考えていることを一言も声に出していないのに、まるで二人で会話をしているように、雨宮は言葉を続けていく。

 「なんで、名前………」

 「ゆうべ言ったろ?ただの上司はやめるって。ここは職場じゃないんだし、名前で呼ぶぞって。千紗子も『一彰かずあき』って呼んで」

 (む、無理です……)

 「ま、今は無理でも、そのうち呼んで貰えるように頑張るかな」

 (な、なんで頑張るの??)

 「千紗子、顔を見てたら大体は言いたいことは伝わってくるけど、出来たら千紗子の綺麗な声が聞きたい。少しは声に出してほしいんだけどな?」

 頭をゴシゴシと撫でられて、千紗子は目を丸くするしかなかった。

 「なんで……」

 千紗子の口から出た言葉は、とても中途半端なものだった。
 膝の上のスカートをギュッと握る。

 雨宮に言われた通り、千紗子は自分の思っていることを口に出すことが得意ではない。
 相手が色々と尋ねてくれば、それに応えるような形で自分のことを話すのだけれど、千紗子から積極的にそれを話すことは難しい。
 ましてや雨宮は自分の上司だ。

 美香のように打ち解けた間柄になると、自分からあれこれと話をすることも出来るけれど、それだってマシンガンのように話しまくるというほどではない。どちらかというと控え目な部類に入るだろう。

 「なんで、ここに連れて来たかって?それともなんで、ゆうべ俺が千紗子にした、」
 
 「いえっ!!…その、えっと……」

 千紗子は、雨宮の続けようとした言葉を遮るかのように慌てて口を開いた。けれど、なんて言葉を繋げたら良いのか分からずに、再び口を閉ざしてしまう。

 「ゆうべのこと、どこまで覚えてる?千紗子」

 「どこまで………」

 「駅からタクシーに乗って千紗子のマンションまで一緒に行ったことは覚えてる?」

 千紗子は首を縦に振る。

 「その後USBを取りに行ったこと」
 
 もう一度首を縦に振る。

 「じゃあそのあと………」

 スカートを握った千紗子の手に、強い力が入る。
 雨宮が続きを言う前に、千紗子は首を同じ方向に動かした。

 「そうか…それは辛いな」
 
 低い声がそう呟くのが聞こえて、千紗子の瞼が熱くなる。目に水っぽくなっていくのを感じた千紗子は、首をフルフルと左右に振った。

 「じゃあ、………マンションを飛び出した後のことは……」

 バリトンの声が、躊躇うように言葉を濁した。

 (雨宮さんが知りたいのは、私が彼との夜を覚えてるのかどうか……)
 
 千紗子は、瞳をギュッと閉じて隣に座る雨宮の方へ体を向けると、深々と頭を下げた。

 「本当にすみませんでした」
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