Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか

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3・裏切りと告白

夢ならいいのに

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 熱いシャワーは、千紗子の体温を上げ、脳を働かせるのに十分だった。

 脳の覚醒するにつれて、霞みがかっていた記憶がはっきりとしてくる。
 千紗子が思い出したのは、裕也の手酷い裏切りだけではない。その後の雨宮との濃密な場面も、思い出してしまったのだ。

 (全部夢ならいいのに…!)
 
 自分の体に付いた無数の赤い跡は、ゆうべ雨宮が付けたものに他ならず、それは雨宮が千紗子の体に触れたという確かな証だ。

 悲しみと絶望の次に訪れた激しい羞恥に、千紗子は力なくその場にしゃがみこんだ。

 (わたし…いったい、なんてことを!)

 願ったのは自分で、雨宮はそれを叶えてくれただけ。
 たとえその場限りでも、千紗子の願いを叶えた雨宮を責めることなんて出来るはずもない。

 確かに彼は千紗子の願いを叶えて、抱えきれないほどの悲しみをを忘れさせた。というよりも、思考を根こそぎ奪ってしまうほど、千紗子は雨宮に乱されたのだ。

 雨宮は、根を上げた千紗子がどんなに懇願しても、それを聞き入れることなく、千紗子を何度も快楽の底に突き落とした。だけど彼自身は、シャツを脱ぐことすらしなかったのだ。

 だから千紗子の昨夜の記憶の中の雨宮は、Yシャツのボタンを胸元まで寛げただけで、ずっと服を着たままだ。

 (何もかも、忘れてしまってたら良かったのに………)

 随分長い間シャワーを浴びていた。いい加減バスルームから出なければ、心配した雨宮が入ってこないとも限らない。
 
 (雨宮さんと合わせる顔もないけれど、だからってここにずっといるわけにはいかないわよね………)

 はぁ~っと長い息をついて、シャワーのコックを捻ってお湯を止める。
 勇気を振り絞ってバスルームから出た。

 バスルームの扉の横にある棚に、新しいバスタオルが置いてある。雨宮が用意してくれたのだろう。最初に出してくれたものは、千紗子が逃げ込むときにバスルームの中に持って行ってしまったから。

 体を拭きながら足元を見ると、そこには昨日の朝、自分が持って出たお泊り用の鞄が置いてあった。

 (美香さんのおうちで使う予定だったのに………)

 雨宮の家でこうして広げることになろうとは。
 この荷物を準備した時の自分には想像もつかない事態になっていることを思うと、千紗子の胸は締め付けられるくらいに苦しくなった。

 (今は、ここを出ることだけ考えて………)

 自分にそう言い聞かせた千紗子は、鞄の中から新しい下着や洋服を出して手早く身に着けていく。
 化粧道具一式ももちろん入っているので、とりあえず軽く体裁を整える程度に化粧をしてから、脱いだものを畳んで置く。

 (私が着ていた服はどこにあるんだろう……)

 そんなことを考えながら鞄に使ったものを戻して、顔を上げた。
 鏡に映る自分の顔はひどく暗く、泣きすぎた目は若干腫れぼったい。

 (瞼が重いけれど、思ったほどは腫れなかったのね……)

 意識を失うその瞬間まで、千紗子の瞳からは涙が途切れることなく流れ続けていた。

  あの現場では一粒の涙すらこぼさなかった千紗子だけれど、マンションを飛び出したあと、後ろから追いかけてきた雨宮に腕を掴まれた時には、流れる涙に頬を濡らしていた。

 それからすぐ、停めてあったタクシーに再び押し込まれるように乗せられて、無言のままここに連れられてきた。
 
 あとは思い出すと羞恥しかない、あの場面へと繋がる。

 ざっとここに来た経緯を思い出しながら、鞄を持ってパウダールームの扉を開けた。

 「あっ、」

 扉を開けて一歩足を踏み出した瞬間、開いたドアの真横の壁にもたれながら立っている雨宮と目が合った。
 扉のすぐ隣にいるとは思わなかった千紗子は、「あ」の口のまま固まってしまう。ほぼ真横に立っている雨宮に、じっと見下ろされた。

 雨宮はⅤネックのザックリとした紺色ニットの袖を捲って、スラリと長い脚には黒いスエットパンツを履きこなしている。掛けている眼鏡はブラウンの太いプラスチックフレームで、自宅専用なのだろうか、職場では見たことがない。
 
 仕事の時とは違うラフなスタイルに、千紗子の心臓がドキンと音を立てた。

 「良かった」

 息を吐くようにそう言って、眉と肩をストンと落とした雨宮に、千紗子は困惑した。

 「少し遅いから、中で具合が悪くなってるかもと思ったが、大丈夫そうで良かった」

 「あ、………」

 彼の言葉に、自分を心配してここで待っていてくれたんだと、千紗子は気付いた。

 「ご、ごめんなさい………」

 「いや、しっかり温まれたみたいだな。さっきより顔色がいい」

 千紗子の頬をそっと指の背でサッと刷くように撫でた雨宮は、にっこりと笑って言葉を続けた。

 「おいで。朝食にしよう」

 背を向けて廊下を歩き出した雨宮の後を、千紗子は慌てて着いて行った。

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