Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか

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2・彼氏と上司

帰宅してみると

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 「それはそうと、送って頂いてありがとうございます」

 「余計なお世話だったか?彼が迎えに来てくれた?」

 「いいえ、助かりました。彼は多分今日も遅くまで仕事だと思うので」

 「忙しいんだな、木ノ下の彼は」

 裕也に今日の忘年会のことを話した時に、彼も今日は接待残業だと言っていたから、きっとまだ帰って来ていない。

 (急に帰ったらびっくりするかな、裕也)

 そんなことを考えていると、自然と頬がゆるんでくる。

 「幸せそうだな」

 雨宮にそう言われて、恥ずかしくなって頬を手で押さえた。

 結婚が決まってからまだあまり日が経っていないせいか、裕也のことを考えるといつだって千紗子の頬は緩んでしまうのだ。

 「一人でにやにやしてすみません」
 
 赤い顔を笑って誤魔化す。

 「いや、幸せそうで何よりだ。彼とは長いのか?」

 「はい、付き合って3年になります。私、彼からプロポーズされて、結婚することにしたんです」
 
 千紗子のその言葉に、一瞬目を見開いた雨宮は、すぐに「そうか」と言った。

 裕也からのプロポーズの後、お互い何かと忙しい時期だったせいで、お互いの両親への挨拶などはまだ済ませていない。
 『正式な婚約』はそれを済ませてからなので、職場への報告はその後にする予定にしていた。
  その為、美香以外に結婚のことを話すのは、雨宮が初めてだった。

 「おめでとう」

 雨宮は、千紗子の顔を見てそう言った後、すぐに前を向いた。

 美香以外に初めて結婚を打ち明けた興奮から、千紗子は雨宮の横顔が切なげに歪められたことに、少しも気付かなかった。


 そうしているうちにタクシーが停まる。タクシーは千紗子が住むマンションに横付けされていた。

 ここまでのタクシー代を、とお財布を出そうとしたがまたしても断られてしまった。

 「何から何まですみません。今日は本当にありがとうございました」

 タクシーから降りて窓越しにお礼を言った。

 「こちらこそ、楽しかったよ。また金曜日に」

 そう雨宮が言った瞬間、千紗子は閃いた。

 思わず「あっ!」と声を上げた彼女に、「どうかしたのか?」と彼が尋ねる。

 「せっかくなので栞の原案の入ったUSBを取ってきます!ちょっと待っていてください」

 言うなり踵を返した千紗子は、マンションへと駆け込んで行く。

 「木ノ下っ!」

 という雨宮の声も届かなかった。

 (せっかくここまで送ってくれたんだもの。USBを渡せたら、無駄足にならなくて済むわ)

 我ながら名案だと思いながら急いでエレベーターに乗り、四階の自宅を目指した。


 自宅に着いて、ドアを開けようと鍵を差し込み回すが、「カチャリ」と開く手応えがない。
 ドアノブをそっと回してみるとなんなく開いた。
 
 (裕也、帰ってるんだ)

 そう思ったのは、彼は帰宅後の施錠を時々忘れるからだ。
 気付く度にきちんと鍵を掛けるように注意するのだけど、中々身に着かない。
 
 ドアを開けて「ただいま」と声を掛けようとした瞬間、玄関に自分のものではないパンプスが転がっているのが目に入った。

 つま先にリボンのモチーフのついた細いヒールのピンク色の靴。

 千紗子なら絶対に選ばないその華奢で女性らしいパンプスは、左右バラバラに横倒しに転がっていた。

 ―――まるで、慌てて脱ぎ散らかしたみたいに。
 
 ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。
 耳の奥で血液の流れる音がする。
 ドアノブを握る手が冷たくなる。

 中に入るのをやめてこのまま扉を閉じてしまえば、今見ている景色は消え去っていつもと同じ玄関に戻っているかも。
 玄関に踏み出す足を戻して扉をそっと閉めたその時

 「入らないのか?それとも酔って家を間違えた?」

 ビクっと肩を震わせて横を振り向くと、マンションの廊下を雨宮がこちらに向かって歩いて来ていた。

 「雨宮さんっ、どうして………」

 「USBくれるんだろう?君に一階まで往復してもらうより俺が取りに来た方が効率が良いかと思ってね」

 「USB…そうでした………」

 俯き気味で答えた千紗子は、USBのことなど頭の中から消えていたことを思い出した。

 「どうした?顔色が悪いぞ。具合でも悪くなったのか?」

 「いえ…ただ………」

 どう説明したら良いのか、言葉が詰まってぐっと奥歯を噛みしめる。
 
 (きっと、私の思い込みなのよ………今の私と雨宮さんみたいに、仕事関係で同僚がちょっと寄っただけなのかもしれないわ。それなのに、上司の前で不必要に騒ぎ立てるなんて出来ない………)

 嫌な予感を振り払うように頭を振った。

 「すみません、何でもないんですが、ちょっと来客中だったみたいで。玄関に女性用の靴が有って………」

 千紗子がそう言うと、雨宮はハッとした顔をした。

 「大丈夫なのか?」

 彼の、窺うような視線から目を逸らして、千紗子はドアノブを握りなおした。

 「大丈夫、ですよ。雨宮さんはここで待っていてください」

 雨宮の顔を見ずにそう告げた千紗子は、手に力を込める。

 意を決して扉を開けた。







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