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2・彼氏と上司
店を出て
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***
思いがけず雨宮の恋バナを聞いた後は、仕事の話や好きな小説の話、旅行に行きたい場所の話など、会話がアチコチに飛びながらも和やかに時間が過ぎていった。
相変わらず会話に上手に入って行けない千紗子だったけれど、美香さんが上手に話を振ってくれたおかげで、雨宮ともそれなりに会話を交わすことが出来た。
料理もお酒も十分、という感じになった頃、美香の鞄の中で着信音が鳴った。
「ちょっと、ごめんなさい」
そう断った美香は、電話取りながら店の外へと出ていく。
千紗子は雨宮と二人っきりの状況に、そわそわと落ち着かない気持ちになった。
間を持たせる会話なんてそうそう出てくるわけもなくて、美香が早く戻ってこないかと、ついつい店の入口ばかりに目が行ってしまう。
「時間は大丈夫なのか?」
そんな千紗子の様子を見た雨宮は、自分の袖をサッと上げて腕時計を確認しながら聞いてきた。
「は、はい。今日は美香さんのお部屋に泊めていただくことになっているんです」
美香の自宅アパートはここから歩いて15分くらいのところにある。明日は休館日なのでゆっくり飲もうと、前以てそういう話になっていた。
もちろん裕也にもそのことは伝えてある。
(裕也、明日はちゃんと起きれるかしら………)
ふと、そんなことを考えていたところに、通話を終えた美香が戻ってきた。
美香は席に戻るなり、座りもせずに、「千紗ちゃんゴメンっ!!と顔の前で手を合わせて顔を下げた。
「どうしたんですか?」と尋ねると
「彼が急に体調を崩したみたいで…千紗ちゃんをうちに泊めてあげることになってたけど………」
言い辛そうにそう話す彼女に、千紗子は言った。
「私のことは気にしないで、彼氏さんの看病に行ってあげてください」
幸いまだ電車が通っている時間だし、帰宅するのに何の問題もない。
みんなで帰り支度をして外に出た。
「雨宮さん、ご馳走様でした」
直前に千紗子と美香が化粧室に行っているうちに、雨宮が支払いを済ませていた。
もちろん、二人ともきちんと代金を払うと言ったけれど、彼は微笑みながらやんわりと、でも断固として受け取らなかった。
「雨宮さんをお誘いして、返ってご馳走になってしまってすみません」
美香が心底申し訳なさそうに謝る。
「そんなこと気にしなくていい。普段は聞けない二人の話が聞けて、俺も楽しかったよ。良い時間をありがとう」
少し微笑んだ彼からは、いつもの爽やかさに色気もプラスアルファされて破壊力抜群だ。
漏れ出る色香は、雨宮にアルコールが入っているせいなのか、それともほろ酔いの千紗子の瞳にそう映るのか。
美香曰くの『無自覚の美男子』威力にやられないようにしなければ、とぼんやりと考えながら、再度雨宮にお礼を言って店を出た。
店から駅へと向かう途中で、美香はタクシーを拾って恋人の元へ。
美香を見送った後、千紗子は自分と雨宮だけ、という状況に気付いた途端、再び居心地の悪いようなそわそわとした気持ちになって、彼の少し後ろを黙ってついて歩いた。
「今日はありがとうございました」
黙々と二人で歩くこと、十分足らず。
駅のロータリーの所で、千紗子は思い切って雨宮の背中に声を掛けた。
(雨宮さんは噂では、駅向こうに住んでいるって聞いたわ。私は電車に乗るから、ここまでね)
緊張しっぱなしで力の入っていた肩を、少し撫で下ろす。
「また明後日、よろしくお願いします」
ペコリ、と一礼して改札口の方へと体を向けようとした時、千紗子の手首を大きな手が掴んだ。
「こんな時間に女の子一人で帰せるわけないだろう」
「え?」
「もう遅いんだ。何かあったらどうする。家まで送るから」
驚いた千紗子の目が丸くなる。
掴まれた手首が熱い。この熱はこの上司のものなのだろうか。
ビックリしたけれど自分が何か言わなければ、と急いで言葉を探す。
「い、いえ大丈夫です。電車を降りたら駅からすぐなので、一人で」
と途中まで言いかけたところで、グイッと腕を引かれた。
「面倒だな」
そのまま何が起こったか分からないスピードで、ロータリーに止まっていたタクシーの中に押し込まれた。
「え、や、あの雨宮さん!?」
「出してください。東区山手町まで」
と、何故か千紗子の住所を雨宮が運転手さんに告げる。
何が起きたのか思考の着いていかない千紗子は、ただ雨宮の横顔を凝視するばかりだった。
タクシーの後部座席で固まったままの千紗子を雨宮がチラリと横目で見る。
「俺は君の上司だから、部下の住所くらい把握してる。大体の場所くらいだけどな。それと、タクシーを使ったのは部下を安全に帰宅させる為と、自分が帰宅するのが楽だからだ」
(少し気まずそうな表情に見えるのは私の気のせいなのかな。なんとなくその台詞すら言い訳っぽく聞こえるなんて……)
そんなことを考えてしまって、思わずクスリと小さな笑いが漏れてしまう。
「なんで笑う?」
ちょっと不貞腐れたような表情でこちらを見るから、耐え切れず本格的に笑ってしまった。
「ふふふ、すみません、笑ってしまって。なんだか図書館にいるときには見られない雨宮さんの姿を見てしまったら楽しくなってしまって」
「悪趣味だな」
そう呟いて反対の窓の方を向いた彼の耳が心なしか赤い。
「アルコールのせいですか?耳が赤いですよ」
なんとなく楽しくなった千紗子の口からは、いつも言わないような言葉がするすると出てくる。
雨宮は目だけでチラリとこちらを見た。
「君はアルコールが入ると意地悪になるみたいだな」
と千紗子を睨んだ。
「すみません。……くふふふっ」
調子に乗っているかな、とは思ったけれど、職場では見たことのない上司の姿についフランクになってしまい笑い声が堪えられなかった。
思いがけず雨宮の恋バナを聞いた後は、仕事の話や好きな小説の話、旅行に行きたい場所の話など、会話がアチコチに飛びながらも和やかに時間が過ぎていった。
相変わらず会話に上手に入って行けない千紗子だったけれど、美香さんが上手に話を振ってくれたおかげで、雨宮ともそれなりに会話を交わすことが出来た。
料理もお酒も十分、という感じになった頃、美香の鞄の中で着信音が鳴った。
「ちょっと、ごめんなさい」
そう断った美香は、電話取りながら店の外へと出ていく。
千紗子は雨宮と二人っきりの状況に、そわそわと落ち着かない気持ちになった。
間を持たせる会話なんてそうそう出てくるわけもなくて、美香が早く戻ってこないかと、ついつい店の入口ばかりに目が行ってしまう。
「時間は大丈夫なのか?」
そんな千紗子の様子を見た雨宮は、自分の袖をサッと上げて腕時計を確認しながら聞いてきた。
「は、はい。今日は美香さんのお部屋に泊めていただくことになっているんです」
美香の自宅アパートはここから歩いて15分くらいのところにある。明日は休館日なのでゆっくり飲もうと、前以てそういう話になっていた。
もちろん裕也にもそのことは伝えてある。
(裕也、明日はちゃんと起きれるかしら………)
ふと、そんなことを考えていたところに、通話を終えた美香が戻ってきた。
美香は席に戻るなり、座りもせずに、「千紗ちゃんゴメンっ!!と顔の前で手を合わせて顔を下げた。
「どうしたんですか?」と尋ねると
「彼が急に体調を崩したみたいで…千紗ちゃんをうちに泊めてあげることになってたけど………」
言い辛そうにそう話す彼女に、千紗子は言った。
「私のことは気にしないで、彼氏さんの看病に行ってあげてください」
幸いまだ電車が通っている時間だし、帰宅するのに何の問題もない。
みんなで帰り支度をして外に出た。
「雨宮さん、ご馳走様でした」
直前に千紗子と美香が化粧室に行っているうちに、雨宮が支払いを済ませていた。
もちろん、二人ともきちんと代金を払うと言ったけれど、彼は微笑みながらやんわりと、でも断固として受け取らなかった。
「雨宮さんをお誘いして、返ってご馳走になってしまってすみません」
美香が心底申し訳なさそうに謝る。
「そんなこと気にしなくていい。普段は聞けない二人の話が聞けて、俺も楽しかったよ。良い時間をありがとう」
少し微笑んだ彼からは、いつもの爽やかさに色気もプラスアルファされて破壊力抜群だ。
漏れ出る色香は、雨宮にアルコールが入っているせいなのか、それともほろ酔いの千紗子の瞳にそう映るのか。
美香曰くの『無自覚の美男子』威力にやられないようにしなければ、とぼんやりと考えながら、再度雨宮にお礼を言って店を出た。
店から駅へと向かう途中で、美香はタクシーを拾って恋人の元へ。
美香を見送った後、千紗子は自分と雨宮だけ、という状況に気付いた途端、再び居心地の悪いようなそわそわとした気持ちになって、彼の少し後ろを黙ってついて歩いた。
「今日はありがとうございました」
黙々と二人で歩くこと、十分足らず。
駅のロータリーの所で、千紗子は思い切って雨宮の背中に声を掛けた。
(雨宮さんは噂では、駅向こうに住んでいるって聞いたわ。私は電車に乗るから、ここまでね)
緊張しっぱなしで力の入っていた肩を、少し撫で下ろす。
「また明後日、よろしくお願いします」
ペコリ、と一礼して改札口の方へと体を向けようとした時、千紗子の手首を大きな手が掴んだ。
「こんな時間に女の子一人で帰せるわけないだろう」
「え?」
「もう遅いんだ。何かあったらどうする。家まで送るから」
驚いた千紗子の目が丸くなる。
掴まれた手首が熱い。この熱はこの上司のものなのだろうか。
ビックリしたけれど自分が何か言わなければ、と急いで言葉を探す。
「い、いえ大丈夫です。電車を降りたら駅からすぐなので、一人で」
と途中まで言いかけたところで、グイッと腕を引かれた。
「面倒だな」
そのまま何が起こったか分からないスピードで、ロータリーに止まっていたタクシーの中に押し込まれた。
「え、や、あの雨宮さん!?」
「出してください。東区山手町まで」
と、何故か千紗子の住所を雨宮が運転手さんに告げる。
何が起きたのか思考の着いていかない千紗子は、ただ雨宮の横顔を凝視するばかりだった。
タクシーの後部座席で固まったままの千紗子を雨宮がチラリと横目で見る。
「俺は君の上司だから、部下の住所くらい把握してる。大体の場所くらいだけどな。それと、タクシーを使ったのは部下を安全に帰宅させる為と、自分が帰宅するのが楽だからだ」
(少し気まずそうな表情に見えるのは私の気のせいなのかな。なんとなくその台詞すら言い訳っぽく聞こえるなんて……)
そんなことを考えてしまって、思わずクスリと小さな笑いが漏れてしまう。
「なんで笑う?」
ちょっと不貞腐れたような表情でこちらを見るから、耐え切れず本格的に笑ってしまった。
「ふふふ、すみません、笑ってしまって。なんだか図書館にいるときには見られない雨宮さんの姿を見てしまったら楽しくなってしまって」
「悪趣味だな」
そう呟いて反対の窓の方を向いた彼の耳が心なしか赤い。
「アルコールのせいですか?耳が赤いですよ」
なんとなく楽しくなった千紗子の口からは、いつも言わないような言葉がするすると出てくる。
雨宮は目だけでチラリとこちらを見た。
「君はアルコールが入ると意地悪になるみたいだな」
と千紗子を睨んだ。
「すみません。……くふふふっ」
調子に乗っているかな、とは思ったけれど、職場では見たことのない上司の姿についフランクになってしまい笑い声が堪えられなかった。
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