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2・彼氏と上司
上司の恋愛事情
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「すみません。盗み見のつもりはなかったのですが、たまたま蔵書整理に行った所で見かけてしまって。あ、千紗ちゃん以外には話してませんからご心配なく」
雨宮は無言でビールを流し込んだ後「は~~~」と長い溜息をついた。
「で、その子にはお返事したんですか?」
「ああ。手紙を受け取った時に、中身は見ていなかったが『君の望むようにはできないと思う』と告げておいたよ」
「そうなんですね。まあ、相手が女子高生じゃ、どうこう以前の話ですよね」
「まあね」
そう言って彼は困ったように微笑んだ。
「でも、雨宮さんもあちこちで言い寄られるのが嫌でしたら、さっさと身を固められたら良いと思うのですが」
さらりと鋭い指摘を入れる美香に、千紗子は驚いてしまう。
(美香さんは雨宮さんと年も近いし、同僚としての付き合いも私より長いのだけれど、同じ条件でも私ならそんなにフランクに話すことなんて無理だわ)
そもそも、雨宮さんと職場以外でこんなに長く一緒にいるのは初めてのことだ。
職場での忘年会や歓送迎会が年に数回あるけれど、課長という役職の彼の周りには、上の役職の方々や彼のファンを称する先輩方が群がっていて、下っ端の千紗子とは飲み会ですら交流は無かった。有っても最初と最後の挨拶程度だ。
今だってこんなに近くにいるものの、話しているのはほとんど美香だ。
「そうだね。俺もそう思うのだけど、なかなか相手に恵まれなくてね」
そう困ったように言う雨宮が、なぜか千紗子の方を見る。
黙っているのになぜか視線を向けられた千紗子は、反射的に口を開いた。
「雨宮さんでも相手に恵まれないなんてあるんですか?」
焦るあまりそんな質問を口にしてしまい、「しまった」と更に焦る。
「す、すみません。不躾なことを聞いてしまって」
そう言って謝ったら、すぐさま向かいの美香も「それ、私も聞きたいです」とすばやく反応する。
うっかり彼女の好奇心に火をつけてしまった千紗子は、雨宮に申し訳ない気持ちになる。
こうなった彼女から逃れられる術は無いことを、千紗子は身を持って良く知っていた。
「そうだな…『俺でも』、とは思わないけど、好きになった人が自分のことを好きになってくれることなんて、当たり前に起こることではないんじゃないかな…。俺は好きになった子と結婚したいから、好きな相手が自分のことを見てくれない限り、結婚は出来ないだろうな」
そう語る雨宮は、少し寂しげだ。
(雨宮さんだって、普通の男の人なんだわ…)
容姿端麗で仕事の出来る大人の男性でも、そんなふうな叶わない恋をすることもあるんだな、と思うとちょっと切ない気持ちになる。
「ということは、今は片思いの相手がいらっしゃるということですね」
しんみりとした雰囲気の中、美香が更なる質問を投げかける。
千紗子はそんな鋭い追い打ちをかける美香にびっくりした。
(なんて、すごいハンターなの…とことん追求するつもりなんだわ!)
美香の好奇心には、感心を通り越して感動すら覚えてしまう。
「河崎は鋭いな」と苦笑いをした雨宮は、手に持っていた日本酒をクイっと呷った。
「いいじゃないですか、こんな機会めったにありませんし。それにここにいる私たちは決まった相手がいるので雨宮さんの追っかけじゃありませんよ。もちろん誰にも漏らしたりしません」
美香の勢いに押されて、千紗子も黙ったままコクリと頭を縦に振った。
「そうだな、片思いだな」
雨宮が呟くようにそう言った。
そう言った雨宮の表情には、困ったような寂しそうな笑顔が浮かんでいる。
その顔を見た千紗子は、なぜだか心臓にチクンと小さな棘が刺したような気がした。
「相手にアプローチはしないんですか?」
と問う美香に
「いや、彼女には付き合っている男性がいるみたいだから邪魔するようなことはしたくないんだ」
雨宮は静かにそう言う。
「そんな…告げるだけでも、とは思わないんですか?」
美香にそう尋ねられた雨宮は、少し俯いて黙った後、顔を上げて口を開いた。
「彼女が幸せならそれでいいんだ。相手の男性とはうまくいっているようだし、俺は彼女が幸せそうに笑っている顔が好きだから、それを壊したくない。そのまま相手と幸せになるなら、俺の気持ちは黙っているつもりだよ」
そうはっきりと言った彼の姿が、千紗子の目に焼き付く。
「そうなんですね。でも、」
美香は一瞬間を空けて
「もしその彼女が幸せじゃなかったらどうしますか?」
と続けた。
「幸せでなかったら……」
そう呟いた雨宮と一瞬視線が交わる。
しかしその視線はすぐに外され、美香の方を向く。
そして力強く言い切った。
「もしその子が幸せじゃないなら、全力で相手から奪いに行く。そして俺が彼女を幸せにする」
雨宮は無言でビールを流し込んだ後「は~~~」と長い溜息をついた。
「で、その子にはお返事したんですか?」
「ああ。手紙を受け取った時に、中身は見ていなかったが『君の望むようにはできないと思う』と告げておいたよ」
「そうなんですね。まあ、相手が女子高生じゃ、どうこう以前の話ですよね」
「まあね」
そう言って彼は困ったように微笑んだ。
「でも、雨宮さんもあちこちで言い寄られるのが嫌でしたら、さっさと身を固められたら良いと思うのですが」
さらりと鋭い指摘を入れる美香に、千紗子は驚いてしまう。
(美香さんは雨宮さんと年も近いし、同僚としての付き合いも私より長いのだけれど、同じ条件でも私ならそんなにフランクに話すことなんて無理だわ)
そもそも、雨宮さんと職場以外でこんなに長く一緒にいるのは初めてのことだ。
職場での忘年会や歓送迎会が年に数回あるけれど、課長という役職の彼の周りには、上の役職の方々や彼のファンを称する先輩方が群がっていて、下っ端の千紗子とは飲み会ですら交流は無かった。有っても最初と最後の挨拶程度だ。
今だってこんなに近くにいるものの、話しているのはほとんど美香だ。
「そうだね。俺もそう思うのだけど、なかなか相手に恵まれなくてね」
そう困ったように言う雨宮が、なぜか千紗子の方を見る。
黙っているのになぜか視線を向けられた千紗子は、反射的に口を開いた。
「雨宮さんでも相手に恵まれないなんてあるんですか?」
焦るあまりそんな質問を口にしてしまい、「しまった」と更に焦る。
「す、すみません。不躾なことを聞いてしまって」
そう言って謝ったら、すぐさま向かいの美香も「それ、私も聞きたいです」とすばやく反応する。
うっかり彼女の好奇心に火をつけてしまった千紗子は、雨宮に申し訳ない気持ちになる。
こうなった彼女から逃れられる術は無いことを、千紗子は身を持って良く知っていた。
「そうだな…『俺でも』、とは思わないけど、好きになった人が自分のことを好きになってくれることなんて、当たり前に起こることではないんじゃないかな…。俺は好きになった子と結婚したいから、好きな相手が自分のことを見てくれない限り、結婚は出来ないだろうな」
そう語る雨宮は、少し寂しげだ。
(雨宮さんだって、普通の男の人なんだわ…)
容姿端麗で仕事の出来る大人の男性でも、そんなふうな叶わない恋をすることもあるんだな、と思うとちょっと切ない気持ちになる。
「ということは、今は片思いの相手がいらっしゃるということですね」
しんみりとした雰囲気の中、美香が更なる質問を投げかける。
千紗子はそんな鋭い追い打ちをかける美香にびっくりした。
(なんて、すごいハンターなの…とことん追求するつもりなんだわ!)
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「河崎は鋭いな」と苦笑いをした雨宮は、手に持っていた日本酒をクイっと呷った。
「いいじゃないですか、こんな機会めったにありませんし。それにここにいる私たちは決まった相手がいるので雨宮さんの追っかけじゃありませんよ。もちろん誰にも漏らしたりしません」
美香の勢いに押されて、千紗子も黙ったままコクリと頭を縦に振った。
「そうだな、片思いだな」
雨宮が呟くようにそう言った。
そう言った雨宮の表情には、困ったような寂しそうな笑顔が浮かんでいる。
その顔を見た千紗子は、なぜだか心臓にチクンと小さな棘が刺したような気がした。
「相手にアプローチはしないんですか?」
と問う美香に
「いや、彼女には付き合っている男性がいるみたいだから邪魔するようなことはしたくないんだ」
雨宮は静かにそう言う。
「そんな…告げるだけでも、とは思わないんですか?」
美香にそう尋ねられた雨宮は、少し俯いて黙った後、顔を上げて口を開いた。
「彼女が幸せならそれでいいんだ。相手の男性とはうまくいっているようだし、俺は彼女が幸せそうに笑っている顔が好きだから、それを壊したくない。そのまま相手と幸せになるなら、俺の気持ちは黙っているつもりだよ」
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「そうなんですね。でも、」
美香は一瞬間を空けて
「もしその彼女が幸せじゃなかったらどうしますか?」
と続けた。
「幸せでなかったら……」
そう呟いた雨宮と一瞬視線が交わる。
しかしその視線はすぐに外され、美香の方を向く。
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