【完結】kiss and cry

汐埼ゆたか

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【番外編】男の矜持(プライド)と斜め上の彼女***

男の矜持と斜め上の彼女(7)

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***

ば、ばりすごかったけんね……!

ぐったりと力が抜けた体をたくましい腕に支えられながら、思わず心の中で叫んだ。

この数日間、『あのホテルの一夜はなんやったの!?』と何度思ったことか。

別人のようにあっさりとしたセックス。
その都度お行儀よく・・・・・使用される避妊具。

あの時のプロポーズまがいのセリフは、快楽で麻痺した脳が見せた夢か幻なのかもと思ってしまう。だって最後の方は意識が飛び飛びだったんだもん。

だけど、仕事上がりに当たり前のように彼の家に一緒に帰るようになって、さすがのあたしも『夢でも幻でもなかった』と思えるようになったのだけど――。

じゃあなんで?
あたしの体に飽きたの?
セフレの時に散々抱いたせいで、手に入れた途端興味をうしなった、なんてこと……。

このままだと色々マズイ。そう思って、ネットの掲示板おしゃべり小路を駆使して策を練ったのだ。

卵焼きで家庭的なところをアピールして、普段とのギャップ萌えからのいちゃいちゃを狙い、彼パーカー直下のセクシー下着で悩殺!

――とまあ、描いた筋書きとはちょっと違ったけれど、まあ結果オーライばい!

「こっちは心配いらないからな」
「へ?」

唐突に聞こえてきた言葉の意味が、なんのことやらさっぱりわからない。ぼうっとしすぎて聞き間違えたのかもと顔を上げる。

「おまえの心配は杞憂だ。俺のほうは家族全員、諸手もろてを挙げて大歓迎だぞ」

うそでしょ?
そんな苦虫を噛み潰したような顔でそう言われても……。

「本当に? 実は『若すぎる嫁なんてふさわしくない!』とかって反対されとるんじゃ……」
「まったく逆だ」

彼はあたしの疑念をひと言で一蹴すると、自分の家族にあたしのことを話したときのことを教えてくれた。

彼の両親は、四人兄弟で唯一独身の彼がやっと結婚する気だと知って心の底から喜んだらしい。二人のお兄さんもあたしの年に驚きはしたけれど、『良かったな』『頑張れよ』と言ってくれたとのこと。

そんな中、意外にも一番驚いたのは弟さんだったそうで──。

「弟には『まさか自分より若い子と結婚するとは』とかなり驚かれた」
「えっ! 年下の義姉あねなんて受け入れられんとか……」
「いや、それはない。すぐに『おめでとう』と言ってくれたよ。ただ、まどかちゃんが始終浮かれているのをいいかげんなんとかしたいらしいけど」
「まどかちゃん……」

彼の口からでた“ちゃん付け”の名前にピクリと眉があがる。するとそれに気づいたのか、彼がすぐに「義妹だ」と言い足した。

理人りひとは――ああ、弟な? 幼馴染みと結婚したんだ。俺たち兄弟にとって本当に妹みたいな子なんだが、その子が『年下のお義姉さんなんて萌える~!』と大騒ぎしいているらしい。それを落ち着かせるのが大変だとかなんとか」
「なるほどぉ」

“幼馴染み”だけだったら要注意だけど、弟さんと結婚されているのなら大丈夫かとほっとする。

ここに来て、“幼馴染み”という成就率八割五分(※当社比)のライバルが出現するなんてご勘弁ですぅ。

「納得したか?」
「はいぃ……」

返事をしながら寄りかかっていた腕から離れ、乱れた衣服をもぞもぞと整えだしたところで、彼が言う。

「そういうわけだから、俺の家のほうは気にしなくていい。それよりも一刻も早くおまえの実家を何とかしよう。政略結婚なんて持ち込まれたら厄介だ」
「あぁっ!」

晶人さんを連れて帰らないと、あたし実家に連れ戻されるんだった…!

すっかりそのことが頭からすぽんと抜けていた。

両想いになれたことに舞い上がったあとは、晶人さん攻略のことで頭がいっぱいだったんだもん……。

母はあれから何も言ってこないけれど、それが逆に嵐の前の静けさのようでそら恐ろしい。もしかしたらもう既にお見合いの相手を用意していたりなんかして……。

サーっと青ざめたあたしに、彼が「どうかしたのか?」と訊ねてきた。
しどろもどろになりながらそのことを伝えると、彼の頬がピクリとひきつった。

やばっ、これ絶対怒られるやつばい・・

「あのっ、別にわざと黙っとったわけやなかとよ? ……そのぉ、ちょっと忘れてしもぅてぇ~みたいなぁ……」
「希々花」
「ひゃいっ!」

先手必勝とばかりに「ごめんなさいっ」と謝ろうとしたら、突然抱え上げられた。

「きゃっ……あ、あきとさ、」
「作戦変更だ」

彼はまっすぐ前を向いたままそれだけ言って、キッチンを出た。
そしてあたしを抱えたままスタスタと廊下を進みながら言う。

「心証なんて悠長なことを気にしている場合じゃないぞ。おまえには変な気遣いは逆効果のようだし、こうなったら遠慮なく励むしかない」
「励むって、なにを……」
「決まっているだろう? 子作りだ」

どキッパリと言いきってすぐ、彼は寝室のドアを開け、ベッドに降ろしたあたしの上に速攻でのしかかってきた。

顔の両側に手をついて真上から見下ろす彼の目には、さっきまでと同じ――ううん、さっきよりも激しい劣欲がみなぎっている。

獰猛な獣のように底光りするふたつの瞳に息をのんだとき、彼はにこりと微笑んだ。

ばり・・好きだ、希々花。全力でおまえを実家から奪い取るから覚悟しろよ」

久々に見る絵に描いたような胡散臭い・・・・笑み。
出会った頃はあんなに嫌いだったその表情に、見事に胸を撃ち抜かれた。

「覚悟なんかとっくの昔にできとぉったい! あたしもばり好いとー……ううん、違う。ちかっぱ好いとーけんね、あきとさん!」

湧き出す想いのまま叫んで、彼の首に腕を回して唇を重ねた。


腹黒同士、無敵ばい!





Fin.
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