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【番外編】男の矜持(プライド)と斜め上の彼女***
男の矜持と斜め上の彼女(2)
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***
「もぉやだぁ、うまいことできひんっ」
「音を上げにはまだ早いぞ?ほら、入れるから持ち上げろ」
「あっ、やだ待って」
「待てない」
「うぅっ……だってぇぜったいぃ変やもぉんっ」
「少しくらい変でもいい――って、そんないきなり振ったら! あ~……」
フライパンの外へと放り出された卵焼きが、アクロバティックな大ジャンプで再び物体Xと成り果てた。
「うぅっ……、だから言ったのにぃ」
「大丈夫。床じゃないからセーフだ」
言いながら溶いた卵の入ったボウルを横に置き、素早くコンロの上の卵焼き(もどき)を皿に移す。
「焦りすぎなんだって。少しくらい焦げてもいいくらいの覚悟でゆっくりやった方が上手くいくんじゃないか?」
「焦げたら食べられへんくなるやないですかぁ」
「俺がちゃんと食べるから心配するな。よし、次を焼く前にもう一度動画を確認しておこう」
始める前に『先にすべきだ』と思ったのはレシピの検索。
希々花の料理の腕がどれほどかは知らないが、フライパンから卵を落とすくらいなのだ。正しい工程をきちんと確認してからの方がいいと思った。
見落としたところはないかもう一度スマホを開いてふたりでのぞき込む。画面の中ではいとも簡単げに卵がくるくると巻かれていった。
「やっぱり専用の卵焼き器じゃないと、素人には難しいのかもな」
ほとんど料理をしない俺の家に、そんなものがあるわけない。
今使っている普通のフライパンでは、レシピ動画のように小さく振りながら巻くには重すぎるのかもしれない。
「希々花、ちょっといい?」
「え?」
希々花の後ろに立ち、左脇から回した手をフライパンの持ち手に添える。
「これで少しは軽いかな」
「え、や、あのっ」
「ほら、よそ見したらやけどをするぞ。俺がフライパンを支えるから、おまえは卵を巻くことに集中して」
「は、はいぃ!」
かなり真剣な様子でフライパンを見下ろす希々花。気合が入りすぎのせいか全身に力が入っている気がする。
玉子の焼ける匂いとは別の甘い香りがする。誘われるようにつむじに鼻を寄せると、ピクリと跳ねる肩。耳と首の後ろが薄く色づいて、やけに煽情的だ。
おいしそうな耳をパクリと食べたい衝動に駆られたが我慢する。万が一にでも彼女の白い肌にやけどを負わすなんてあってはいけない。
苦戦の末、なんとか“巻く”ことが叶った一品が完成した。少し茶色がかっているけれど、なんの問題もない。
「できたぁ! できましたよ、あきとさん!」
満面の笑みでこちらを振り向いた彼女の口を、衝動的に自分のもので塞いでいた。
歯列を舌でなぞると、「んんっ」と甘い声。その声に煽られて、貪るように舌を絡ませる。
彼女の姿を見た瞬間から、本当はこうしたくてたまらなかった。
俺のパーカーを着た彼女の姿は、予想をはるかに超える威力なのだ。
服が泳ぐほど華奢な肩。
まくった袖から出た細い腕。
裾からスラリと伸びた白い脚。
好きな女のそんな姿に欲情しないで済む術があるなら教えてほしい。
八歳上の男の矜持が、かろうじて飛びつくことを踏み留まらせていただけなのだ。
「んんんっ!」
抗議するような声が聞こえてきてハッと目を開けると、苦しそうにしている希々花。
慌てて口を離すと、こほっとむせた彼女が荒い息をつく。首を後ろにひねる体勢のせいで苦しかったのかもしれない。
「大丈夫か?」と言いながら背中を撫でてやっていると、今度は体ごとこちらに振り返った彼女がじっとりと俺を睨んだ。
「卵焼きぃ、せっかくうまいことぉ焼けたんやからぁ、早う食べてもらいたいんですぅ」
頬を上気させて潤んだ瞳で見上げる希々花。
俺は早くおまえのほうを食べたいよ!
湧きあがる叫びを喉の奥に押し戻して、「そうだな」とうなずく。
「じゃあ飯をよそうか」
「あぁっ!」
「どうした」
突然大きな声を上げた希々花に、まだ何かあるのかと驚きながら訊ねると、彼女は思い切り眉を下げ、がっくりとうなだれた。
「ご飯炊くのん、忘れてましたぁ……」
ご飯を炊き忘れてショックを受けている希々花に、おにぎりか何かをコンビニで買おうと提案する。
彼女も『その手がありましたぁ!』と喜んだものの、今度は化粧をしていないからすぐには出られないと慌てだした。
結局、そういうことならと、リクエストを聞いて俺が買い出しに行ってきた。
帰宅するとテーブルの準備が出来ていて、急いで手を洗ってから席に着き、二人で向かい合って「いただきます」をする。一番に卵焼きに箸を伸ばした。
「どうですかぁ……?」
「うん、うまい!」
「本当ですかぁ!?」
「ああ、本当だ。塩加減と甘さのバランスがちょうどいい」
見た目はちょっと不格好だけれど、味は申し分ない――というか普通にうまい。さすが老舗料亭の娘というべきか、彼女の舌は俺よりよっぽど繊細かもしれない。
「これならあと数回練習すれば、どこに出しても恥ずかしくない卵焼きになるんじゃないか?」
ぱぁっと瞳を輝かせた彼女は「やったぁ!」と大喜び。
パリパリという音を立てながらおにぎりにかぶりつく彼女を見ながら、予定は変更になったけれど、彼女が喜ぶ顔が見られたのだからこれはこれでよかったと思った。
「もぉやだぁ、うまいことできひんっ」
「音を上げにはまだ早いぞ?ほら、入れるから持ち上げろ」
「あっ、やだ待って」
「待てない」
「うぅっ……だってぇぜったいぃ変やもぉんっ」
「少しくらい変でもいい――って、そんないきなり振ったら! あ~……」
フライパンの外へと放り出された卵焼きが、アクロバティックな大ジャンプで再び物体Xと成り果てた。
「うぅっ……、だから言ったのにぃ」
「大丈夫。床じゃないからセーフだ」
言いながら溶いた卵の入ったボウルを横に置き、素早くコンロの上の卵焼き(もどき)を皿に移す。
「焦りすぎなんだって。少しくらい焦げてもいいくらいの覚悟でゆっくりやった方が上手くいくんじゃないか?」
「焦げたら食べられへんくなるやないですかぁ」
「俺がちゃんと食べるから心配するな。よし、次を焼く前にもう一度動画を確認しておこう」
始める前に『先にすべきだ』と思ったのはレシピの検索。
希々花の料理の腕がどれほどかは知らないが、フライパンから卵を落とすくらいなのだ。正しい工程をきちんと確認してからの方がいいと思った。
見落としたところはないかもう一度スマホを開いてふたりでのぞき込む。画面の中ではいとも簡単げに卵がくるくると巻かれていった。
「やっぱり専用の卵焼き器じゃないと、素人には難しいのかもな」
ほとんど料理をしない俺の家に、そんなものがあるわけない。
今使っている普通のフライパンでは、レシピ動画のように小さく振りながら巻くには重すぎるのかもしれない。
「希々花、ちょっといい?」
「え?」
希々花の後ろに立ち、左脇から回した手をフライパンの持ち手に添える。
「これで少しは軽いかな」
「え、や、あのっ」
「ほら、よそ見したらやけどをするぞ。俺がフライパンを支えるから、おまえは卵を巻くことに集中して」
「は、はいぃ!」
かなり真剣な様子でフライパンを見下ろす希々花。気合が入りすぎのせいか全身に力が入っている気がする。
玉子の焼ける匂いとは別の甘い香りがする。誘われるようにつむじに鼻を寄せると、ピクリと跳ねる肩。耳と首の後ろが薄く色づいて、やけに煽情的だ。
おいしそうな耳をパクリと食べたい衝動に駆られたが我慢する。万が一にでも彼女の白い肌にやけどを負わすなんてあってはいけない。
苦戦の末、なんとか“巻く”ことが叶った一品が完成した。少し茶色がかっているけれど、なんの問題もない。
「できたぁ! できましたよ、あきとさん!」
満面の笑みでこちらを振り向いた彼女の口を、衝動的に自分のもので塞いでいた。
歯列を舌でなぞると、「んんっ」と甘い声。その声に煽られて、貪るように舌を絡ませる。
彼女の姿を見た瞬間から、本当はこうしたくてたまらなかった。
俺のパーカーを着た彼女の姿は、予想をはるかに超える威力なのだ。
服が泳ぐほど華奢な肩。
まくった袖から出た細い腕。
裾からスラリと伸びた白い脚。
好きな女のそんな姿に欲情しないで済む術があるなら教えてほしい。
八歳上の男の矜持が、かろうじて飛びつくことを踏み留まらせていただけなのだ。
「んんんっ!」
抗議するような声が聞こえてきてハッと目を開けると、苦しそうにしている希々花。
慌てて口を離すと、こほっとむせた彼女が荒い息をつく。首を後ろにひねる体勢のせいで苦しかったのかもしれない。
「大丈夫か?」と言いながら背中を撫でてやっていると、今度は体ごとこちらに振り返った彼女がじっとりと俺を睨んだ。
「卵焼きぃ、せっかくうまいことぉ焼けたんやからぁ、早う食べてもらいたいんですぅ」
頬を上気させて潤んだ瞳で見上げる希々花。
俺は早くおまえのほうを食べたいよ!
湧きあがる叫びを喉の奥に押し戻して、「そうだな」とうなずく。
「じゃあ飯をよそうか」
「あぁっ!」
「どうした」
突然大きな声を上げた希々花に、まだ何かあるのかと驚きながら訊ねると、彼女は思い切り眉を下げ、がっくりとうなだれた。
「ご飯炊くのん、忘れてましたぁ……」
ご飯を炊き忘れてショックを受けている希々花に、おにぎりか何かをコンビニで買おうと提案する。
彼女も『その手がありましたぁ!』と喜んだものの、今度は化粧をしていないからすぐには出られないと慌てだした。
結局、そういうことならと、リクエストを聞いて俺が買い出しに行ってきた。
帰宅するとテーブルの準備が出来ていて、急いで手を洗ってから席に着き、二人で向かい合って「いただきます」をする。一番に卵焼きに箸を伸ばした。
「どうですかぁ……?」
「うん、うまい!」
「本当ですかぁ!?」
「ああ、本当だ。塩加減と甘さのバランスがちょうどいい」
見た目はちょっと不格好だけれど、味は申し分ない――というか普通にうまい。さすが老舗料亭の娘というべきか、彼女の舌は俺よりよっぽど繊細かもしれない。
「これならあと数回練習すれば、どこに出しても恥ずかしくない卵焼きになるんじゃないか?」
ぱぁっと瞳を輝かせた彼女は「やったぁ!」と大喜び。
パリパリという音を立てながらおにぎりにかぶりつく彼女を見ながら、予定は変更になったけれど、彼女が喜ぶ顔が見られたのだからこれはこれでよかったと思った。
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