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kiss and cry ***
kiss and cry ***(5)
しおりを挟む『ありがとね、森ちゃん』
仕事上がりに更衣室で一緒になった静さんが、藪から棒にそう言った。
『な、なんですかぁ、急にぃ』
あたし何かしたっけ?
お説教ならともかくお礼なんて、身に覚えがなさすぎる。
まさか天変地異の前触れ……。
『お礼が遅くなってごめんね。色々上手くいったのは、森ちゃんが背中を押してくれたおかげだわ』
ロッカーから取り出した紙袋をあたしに差し出しながらそう言われる。
すぐにピンと来た。王子と色々あった時のことだ。
『背中を押す』と言ってもらえたけど、あれは『蹴倒す』のほうが近かった。
『別にぃお礼なんて、ええですってぇ』
――とか言いながら、差し出されたものをバッチリ受け取った。
紙袋から、それが近頃話題になっているコスメブランドなのは一目瞭然。
静さんってばいつも地味にしてはるのにぃ、流行りもんやブランドには結構詳しいやなんてぇ不思議ですぅ。
『ありがとうございますぅ!』と笑顔でお礼を言うと、彼女は再びロッカーから何かを取り出した。
『森ちゃんの応援がたっぷり詰まったお守りも、心強かったわよ』
そう言って可愛らしいピンク色の御守を手に、静さんはとびきりの笑顔をくれた。
「……か、…のか、希々花?」
ハッと目を開けると、真上から見つめる晶人さん。
「あたし……寝てた?」
「ああ、ちょっと落ちていたかな」
晶人さんはあたしの額の汗を手で拭い、そこにくちづけを落とした。
頬、鼻先に次々と降るキス。
最後に唇に降りると、彼はこれまでで一番優しいくちづけをくれた。
広い背中に腕を回し、甘いくちづけに身をゆだねる。
すると、これまで味わったことのない充足感が胸に広がった。
ああ、あたしが求めていたのはこれだったんだ。
長い間、あたしは自分を一番にしてくれる“誰か”を探してきた。
その人さえいれば実家から逃げ切れる。幸せになれる。
そう信じてきた。
だけどそうじゃなかった。どこかにいる“誰か”じゃダメなんだ。あたしにとって特別な人――“唯一無二”の存在じゃないと。
他に何も要らない。この人とずっと一緒に居られればそれでいい。
本気でそう思える“特別な人”。
“特別な人の特別になる”ということが、こんなにも満ち足りた気持ちになれるものだなんて知らなかった。
あの時。静さんの幸せに満ちた笑顔を見たとき。
あたしは彼女のことを心のどこかでうらやんだ。
『良かったな』と思う気持ちもあったけれど、あたしもこんなふうに好きな人に愛されて幸せになれたらいいのに――と。
あの時は、こんなふうに彼の特別になれるなんて思わなかったから。
「希々花……何を考えてる?」
いつの間にかくちづけをやめていた彼に訊ねられる。
「え、あの……えっとぉ、夢オチやったらどないしよぉ、みたいな?」
反射的にそう口にしていた。
今この状況で、彼が想いを寄せていた人の名前を出すなんて嫌だったのだ。
別に嘘をついたわけじゃない。本当に夢かと思うほど幸せすぎるもん。
「そんな心配要らないだろ」
あっさりそう言いながらあたしの上から、退いた晶人さん。
もう少しこうしていたかったな。
彼が離れていくことを、こっそり寂しく思ったとき。
「安心しろ。夢なんて見せるつもりはない」
「は?」
どういうこと?と聞き返そうとしたら、視界がくるりと反転した。
驚く間もなく、うつぶせの状態で腰だけを持ち上げられる。
「さっきのは準備運動だからな」
耳のすぐ後ろで囁かれ、背中がぞくっと痺れた次の瞬間、固く熱いものが内壁を押し広げながら一気に奥まで入ってきた。
「やぁ……っ、深ぃ……んっ……」
ついさっきの余韻が残る躰はあっという間に彼を飲み込み、新たな蜜を吐き出し始める。
「あんなガキみたいな一回で終わってたまるかっ」
耳を塞ぎたくなるような淫猥な音に交じって聞こえてきた言葉に、思わず「え!?」と振り向いたら唇を塞がれた。
口腔を熱い舌に犯されながら後ろから突かれ、「ん、んん……っ」と鼻から音が漏れる。
振り向きながらのキスが苦しくなった頃、晶人さんはやっと口を離した。
「やっと好きな女を抱けるんだ、眠っている場合じゃないだろ。これまでの分もしっかり取り戻さないとな」
「えぇっ! あ、ん……っ、あした、しごと……っん」
「間に合うよう努力する。送っていくから一緒に行こう」
「間に合う……」
――て、そんな時間までぇイタシはる気ぃですかぁっ!?
抗議の声を上げるよりも早く「あぁっ」と嬌声が飛び出た。「ここ、好きだったよな」と耳元で優しく囁かれ、同じところばかりを狙って突かれる。
甘やかすように軽く揺さぶられているだけなのに、みるみる甘い愉悦に全身が支配された。
「や……ぁんっ、だめ……、また達っちゃ……んっ」
「何度でも達けばいい。ほら、達けよ希々花」
「あぁっ……」
同じ場所をほんの少し強めに突かれて、ふわっと浮くような感覚のあと強烈な痺れに全身を包まれた。
「好きだよ、希々花」
くたりと萎えた体を正面から抱き直され、鼻先を擦り合わせながら囁かれた途端、ぶわりと涙があふれ出した。
またしても大泣き一歩手前。涙腺がどうにかなっちゃったみたい。
化粧がすっかりはげてぐちゃぐちゃな顔を隠そうと両手で覆ったら、その手を掴まれシーツに縫い付けられる。
「その泣き顔、本当クルな」
泣き濡れるあたしにそう言うと、彼は終わることのない律動と甘い言葉――そして蕩けるキスを降らせ続けた。
『さすがのんの選んだお守り!ご利益速攻でしたぁ!』
あの神社、結構やるやん。
金糸で書かれた神社の名前を見ながらそう思っていると、なぜか静さんに叱られる。
『ご利益はまだ先だからね!』
頬を赤くした静さんの顔が思い出された。
あれってなんでやったんやろう……。
同じもんば買ったあたしも、こげんして両想いになれたんやもん、やっぱあんお守りば即効性あるんじゃないかな。
激しい熱情に一晩中浮かされながら、ほんの少しの休息時間にそんなことを考えた。
だけどこの時、あたしはまだ知らなかった。
『恋愛成就』だと思っていたお守りが、実はそうでなかったことを。
そして、そのご利益を自ら証明する日が十月経たずにやって来ることを。
『よっしゃあ!希々花の勝利ったい!』
スティック状の検査薬を手に高らかな勝利宣言をするのは、これから約三週間後のこととなる。
【了】
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