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交換条件の行方
交換条件の行方(6)
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「本当にいいのか?」
「やからっ! さっきからずっとええって言っとるやないですかぁ…!」
ベッドルームのドアの前で押し問答すること数分。この期に及んで往生際が悪い。
何でこんなことになっているのかと言うと、遡ること約二時間。
『簡単なものでいいか』と言ってた彼が出してくれた、やたら美味しいレトルトカレーを食べたあとのこと。
明日も仕事だし『そろそろ』と帰り支度を始めたところで、彼が言ったのだ。
『今夜はこのままここに居て欲しい』――と。
『なんで…………』
やっとの思いでそう口にしたあたしに、彼は切実な表情でこう言った。
『せっかく捕まえられたのに、「一夜明けたらまた逃げられるかも」と思ったら、眠れそうにない。だから朝になっても「夢じゃない」と思えるように、今夜はここに居て欲しい』
そのセリフに見事に心臓を撃ち抜かれてしまった。
「ずっきゅーんっ!」ってそんな漫画みたいな効果音。まさか自分に起こるなんて思わなかった。
そのうえ、ダメ押しのように『誓って不埒な真似はしないから』と胸の前で“降参ポーズ”を取られてしまったら、あたしに勝ち目なんてあるはずないのだ。
課長のおねだりに白旗を揚げたあたしは、半ばやけっぱちのごとく『お風呂お借りしまぁすっ!』と風呂に入り、借りたジャージに着替え歯磨きまで済ませた。
――ところまではスムーズだったのだけれど。
またもや問題が勃発した。
その名も――“どこでどうやって寝るのか論争”。
『俺はソファーで寝るから』
『課長にソファーは狭すぎですぅ』
『大丈夫。引き留めたのは俺なんだから、おまえは遠慮なくベッドを使って』
『風邪ひきますってぇ』
『そんなにやわじゃない』
『………』
「ああ言えばこう言う」状態の課長に、最終的にあたしがブチ切れた。
『課長がベッドで寝らんのやったら、あたし今すぐ帰るけんねっ!』
そうして、半ば脅すような形で無理やりここまで引っ張って来たのだけれど。
寝室のドアの前で再三四の五の言い始めた彼をギロっとひと睨みすると、あたしはドアを開けた。
八畳ほどの部屋にはダブルベッド。
サイドテーブルの上には、スタイリッシュなシェードランプ。
快適な睡眠のためのもの以外無駄なものが何も見当たらないそこは、“あの夜”見たのと何も変わらない光景。
あのときとちがうのは、あたしが彼の手を引いてベッドまで誘っているということだけ。
掛布団をめくって、二人でベッドに横になった。
「電気は全消しでかまいませぇん」
「分かった」
「そんなに端っこやと落っこちますよぉ?」
「大丈夫」
そんな会話をしたあと電気を消した。
目を閉じても一向に眠気は訪れない。当たり前か。
真っ暗な中、寝息どころか衣擦れの音すらしない空間は、リラックスとはほど遠いのかも。
(課長とベッドに居って、ちょっとも触らんなんて初めてかも……)
幾度も夜を過ごしてきたのに、同じベッドにいながら指一本触れない日が来るなんて――。
(課長は平気なんやろかぁ……)
彼は自分で立てた“誓い”を守ろうとしているつもりけれど、あたしにはその“誓い”を破るほどの魅力がないのか、なんて思ってしまう。
あの“協定”がなければ、彼はあたしのことなんて相手にしなかったはずだから。
そう思ったら、胸がぎゅっと苦しくなった。
さみしくて、せつなくて。
溺れかけて手を伸ばすみたいに、体が勝手に動いていた。
「本当にいいのか?」
「やからっ! さっきからずっとええって言っとるやないですかぁ…!」
ベッドルームのドアの前で押し問答すること数分。この期に及んで往生際が悪い。
何でこんなことになっているのかと言うと、遡ること約二時間。
『簡単なものでいいか』と言ってた彼が出してくれた、やたら美味しいレトルトカレーを食べたあとのこと。
明日も仕事だし『そろそろ』と帰り支度を始めたところで、彼が言ったのだ。
『今夜はこのままここに居て欲しい』――と。
『なんで…………』
やっとの思いでそう口にしたあたしに、彼は切実な表情でこう言った。
『せっかく捕まえられたのに、「一夜明けたらまた逃げられるかも」と思ったら、眠れそうにない。だから朝になっても「夢じゃない」と思えるように、今夜はここに居て欲しい』
そのセリフに見事に心臓を撃ち抜かれてしまった。
「ずっきゅーんっ!」ってそんな漫画みたいな効果音。まさか自分に起こるなんて思わなかった。
そのうえ、ダメ押しのように『誓って不埒な真似はしないから』と胸の前で“降参ポーズ”を取られてしまったら、あたしに勝ち目なんてあるはずないのだ。
課長のおねだりに白旗を揚げたあたしは、半ばやけっぱちのごとく『お風呂お借りしまぁすっ!』と風呂に入り、借りたジャージに着替え歯磨きまで済ませた。
――ところまではスムーズだったのだけれど。
またもや問題が勃発した。
その名も――“どこでどうやって寝るのか論争”。
『俺はソファーで寝るから』
『課長にソファーは狭すぎですぅ』
『大丈夫。引き留めたのは俺なんだから、おまえは遠慮なくベッドを使って』
『風邪ひきますってぇ』
『そんなにやわじゃない』
『………』
「ああ言えばこう言う」状態の課長に、最終的にあたしがブチ切れた。
『課長がベッドで寝らんのやったら、あたし今すぐ帰るけんねっ!』
そうして、半ば脅すような形で無理やりここまで引っ張って来たのだけれど。
寝室のドアの前で再三四の五の言い始めた彼をギロっとひと睨みすると、あたしはドアを開けた。
八畳ほどの部屋にはダブルベッド。
サイドテーブルの上には、スタイリッシュなシェードランプ。
快適な睡眠のためのもの以外無駄なものが何も見当たらないそこは、“あの夜”見たのと何も変わらない光景。
あのときとちがうのは、あたしが彼の手を引いてベッドまで誘っているということだけ。
掛布団をめくって、二人でベッドに横になった。
「電気は全消しでかまいませぇん」
「分かった」
「そんなに端っこやと落っこちますよぉ?」
「大丈夫」
そんな会話をしたあと電気を消した。
目を閉じても一向に眠気は訪れない。当たり前か。
真っ暗な中、寝息どころか衣擦れの音すらしない空間は、リラックスとはほど遠いのかも。
(課長とベッドに居って、ちょっとも触らんなんて初めてかも……)
幾度も夜を過ごしてきたのに、同じベッドにいながら指一本触れない日が来るなんて――。
(課長は平気なんやろかぁ……)
彼は自分で立てた“誓い”を守ろうとしているつもりけれど、あたしにはその“誓い”を破るほどの魅力がないのか、なんて思ってしまう。
あの“協定”がなければ、彼はあたしのことなんて相手にしなかったはずだから。
そう思ったら、胸がぎゅっと苦しくなった。
さみしくて、せつなくて。
溺れかけて手を伸ばすみたいに、体が勝手に動いていた。
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