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交換条件の行方
交換条件の行方(6)
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あ、これ。きっと図星だ。
「たしかに『しまった』とは思った」
ほらね、やっぱり。
「だけどそれはおまえの気持ちどうこうじゃなくて、アレがないことに気付いたからだ」
「え…? あれって……」
「その前にうちの玄関で使ってから、補充していなかった……」
「あっ!アレって……アレかぁ……」
やっと『アレ』が何か思い至ったあたしに、彼は気まずそうな顔で「言っておくけど、いつも持ち歩いているわけじゃないぞ」なんて言う。
「おまえとそういう関係になってからは、一度も他の女を抱いたことはないからな?」
そう言った後、「こんなこと、言い訳くさいから言いたくなかったんだけど」と少し不貞腐れた顔で呟く。
なんねそれ…! そげん顔してそげんこっ言いよってからくさ…!
〈なによそれ…! そんな顔してそんなこと言うだなんて……!〉
こん人はどんだけずるかっちゃろう。そげんこと言われたらばり嬉しかて、また舞い上がってしまおぅもん!
〈この人はどれだけずるいんだろう。そんなこと言われたらすごく嬉しくて、また舞い上がってしまうじゃんか!〉
それともなんね? あたしが“弱っている彼”に弱かってこと、なんもかんもバレとるんやろうか……。
〈それともなに? あたしが“弱っている彼”に弱いってこと、すっかり全部ばれているのかな……。〉
“協力関係”だったこの一年、彼から他の女の気配を感じたことは無かった。
だけどそれは、彼が上手に消しているだけで、あたし以外の女と関係を持ったとしてもあたしはそれを責める立場にないことは重々承知だったから、ずっと蓋をして見ないふりをして来たのに。
「俺はそんなに器用なタイプじゃない」
「そう……ですよねぇ……」
でなかったら、とっくの昔に静さんをモノにできていたはずやもん。
「“あの夜”からずっと、泣いているおまえの顔が頭から離れないんだ……あの残業の時、よろめいたおまえを抱きとめた瞬間、泣いているおまえを抱いている時のことがよみがえって……怖いくらい欲情した」
「よくっ…、」
「だけど、アレもないし場所も場所だったから、おまえが達ったら続きは別の場所で、と考えていたんだが……」
そんなこと考えとったんや……。
「おまえに『ほしい』と言われた瞬間撃ち抜かれた。正直残っていた理性が全部吹っ飛ぶくらいの衝撃だった」
なんかものすごいこと言われている気がする。
それって、『アレ』が無いのにうっかり最後までシたくなったってことよね?
あたしの想像を「正解」と言うように、苦虫を噛み潰したみたいな顔をした彼が続けた。
「………だけどその衝撃で、バラバラだったパズルのピースが一瞬ではまるみたいに、おまえのこれまでの行動の意味が分かって……思い知ったんだ、自分がしてきたことの罪深さを」
「それで……ホワイトデーに罪滅ぼしなんや……」
「ちがうっ! ――あれは俺の言い方が悪かった。俺はただ……これまでひどいことをしてきた分、少しでもおまえに楽しく過ごしてほしいと思っただけで……」
「…………」
何も言葉を返さないあたしに、彼は何か言いたそうにしたけれど結局口を閉じてしまい、再びリビングが静まりかえった。
静寂を先に破ったのはあたしだった。
「いつから……」
「え?」
「いつからなん? あたしのこと、そのぉ……ス…キって思ったんは……」
「ああ……」
「少なくともあの夜……本社でのプレゼンから戻ってきた時は、あたしのことなんてただのセフレやったくせに」
「……あの時のことを言われると、俺に弁解の余地はないけれど……でも、あの夜がきっかけだったと思う」
「寝ている時にあたしの呟きが聞こえたせい…?」
「いや……多分そうじゃない」
「多分って……」
曖昧な言い方をする課長に、あたしはちょっと落胆した。
やっぱり彼があたしに向けた『好き』は、なんとなくの“好感”程度で、恋愛感情のそれじゃないんだって。
あんなに長い間静さんのことが好きだったのだ。失恋したからっていきなりそれが消えるわけじゃない。あたしだってそうだったから分かる。
何度も何度も消そうとしたけど全然消せなくて、地団駄を踏みたくなった。
自分のものなのに何ひとつ思い通りにできないなんて、どれだけ厄介なんだ、恋心というやつは。
「希々花……」
黙ってしまったあたしを、途方に暮れたような声が呼ぶ。
「自分でもよく分からないんだ、いつおまえのことを好きになったのか……信じたくなくて、考えないようにしていたのもあると思う。長い間引きずっていた片想いを失ってむしゃくしゃしておまえに八つ当たりまでしたくせに、こんなに気持ちが変わるなるなんて……。でも多分、あの夜……泣いているおまえを見て可愛いと思ってから、どんどん坂道を転がるみたいに―――」
うつむいたあたしの目に、彼が膝の上の手をぎゅっと強く握るのが見えた。
「好きになっていた」
「……っ」
息を呑んで固まると、「くそっ、うまく説明できない……」と彼が独り言ちる。
「たしかに『しまった』とは思った」
ほらね、やっぱり。
「だけどそれはおまえの気持ちどうこうじゃなくて、アレがないことに気付いたからだ」
「え…? あれって……」
「その前にうちの玄関で使ってから、補充していなかった……」
「あっ!アレって……アレかぁ……」
やっと『アレ』が何か思い至ったあたしに、彼は気まずそうな顔で「言っておくけど、いつも持ち歩いているわけじゃないぞ」なんて言う。
「おまえとそういう関係になってからは、一度も他の女を抱いたことはないからな?」
そう言った後、「こんなこと、言い訳くさいから言いたくなかったんだけど」と少し不貞腐れた顔で呟く。
なんねそれ…! そげん顔してそげんこっ言いよってからくさ…!
〈なによそれ…! そんな顔してそんなこと言うだなんて……!〉
こん人はどんだけずるかっちゃろう。そげんこと言われたらばり嬉しかて、また舞い上がってしまおぅもん!
〈この人はどれだけずるいんだろう。そんなこと言われたらすごく嬉しくて、また舞い上がってしまうじゃんか!〉
それともなんね? あたしが“弱っている彼”に弱かってこと、なんもかんもバレとるんやろうか……。
〈それともなに? あたしが“弱っている彼”に弱いってこと、すっかり全部ばれているのかな……。〉
“協力関係”だったこの一年、彼から他の女の気配を感じたことは無かった。
だけどそれは、彼が上手に消しているだけで、あたし以外の女と関係を持ったとしてもあたしはそれを責める立場にないことは重々承知だったから、ずっと蓋をして見ないふりをして来たのに。
「俺はそんなに器用なタイプじゃない」
「そう……ですよねぇ……」
でなかったら、とっくの昔に静さんをモノにできていたはずやもん。
「“あの夜”からずっと、泣いているおまえの顔が頭から離れないんだ……あの残業の時、よろめいたおまえを抱きとめた瞬間、泣いているおまえを抱いている時のことがよみがえって……怖いくらい欲情した」
「よくっ…、」
「だけど、アレもないし場所も場所だったから、おまえが達ったら続きは別の場所で、と考えていたんだが……」
そんなこと考えとったんや……。
「おまえに『ほしい』と言われた瞬間撃ち抜かれた。正直残っていた理性が全部吹っ飛ぶくらいの衝撃だった」
なんかものすごいこと言われている気がする。
それって、『アレ』が無いのにうっかり最後までシたくなったってことよね?
あたしの想像を「正解」と言うように、苦虫を噛み潰したみたいな顔をした彼が続けた。
「………だけどその衝撃で、バラバラだったパズルのピースが一瞬ではまるみたいに、おまえのこれまでの行動の意味が分かって……思い知ったんだ、自分がしてきたことの罪深さを」
「それで……ホワイトデーに罪滅ぼしなんや……」
「ちがうっ! ――あれは俺の言い方が悪かった。俺はただ……これまでひどいことをしてきた分、少しでもおまえに楽しく過ごしてほしいと思っただけで……」
「…………」
何も言葉を返さないあたしに、彼は何か言いたそうにしたけれど結局口を閉じてしまい、再びリビングが静まりかえった。
静寂を先に破ったのはあたしだった。
「いつから……」
「え?」
「いつからなん? あたしのこと、そのぉ……ス…キって思ったんは……」
「ああ……」
「少なくともあの夜……本社でのプレゼンから戻ってきた時は、あたしのことなんてただのセフレやったくせに」
「……あの時のことを言われると、俺に弁解の余地はないけれど……でも、あの夜がきっかけだったと思う」
「寝ている時にあたしの呟きが聞こえたせい…?」
「いや……多分そうじゃない」
「多分って……」
曖昧な言い方をする課長に、あたしはちょっと落胆した。
やっぱり彼があたしに向けた『好き』は、なんとなくの“好感”程度で、恋愛感情のそれじゃないんだって。
あんなに長い間静さんのことが好きだったのだ。失恋したからっていきなりそれが消えるわけじゃない。あたしだってそうだったから分かる。
何度も何度も消そうとしたけど全然消せなくて、地団駄を踏みたくなった。
自分のものなのに何ひとつ思い通りにできないなんて、どれだけ厄介なんだ、恋心というやつは。
「希々花……」
黙ってしまったあたしを、途方に暮れたような声が呼ぶ。
「自分でもよく分からないんだ、いつおまえのことを好きになったのか……信じたくなくて、考えないようにしていたのもあると思う。長い間引きずっていた片想いを失ってむしゃくしゃしておまえに八つ当たりまでしたくせに、こんなに気持ちが変わるなるなんて……。でも多分、あの夜……泣いているおまえを見て可愛いと思ってから、どんどん坂道を転がるみたいに―――」
うつむいたあたしの目に、彼が膝の上の手をぎゅっと強く握るのが見えた。
「好きになっていた」
「……っ」
息を呑んで固まると、「くそっ、うまく説明できない……」と彼が独り言ちる。
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