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交換条件の行方
交換条件の行方(4)
しおりを挟む「希々花」
シンと静まり返った部屋に落とされた名前。その瞬間、あたしの肩がビクリと跳ねた。
まるで最終宣告を受ける罪人のようにビクビクするあたしに、彼は開きかけた口を一旦閉じると、横に置いてある紙袋をあたしに差し出す。
「おまえの忘れ物だ」
受け取るかどうかためらっているうち、彼が目の前にそれを置く。開いて中を見た瞬間、「あっ…!」と声を上げた。
入っていたのは二匹のシマシマ。
あの日、デートの最後の観覧車の中で彼に投げつけたぬいぐるみたちだった。
このコたちを貰った時には、あんなに嬉しくて幸せで。ずっと抱きしめていたいと思ったくせに、今は手を延ばすこともできない。
紙袋の中を凝視したまま固まっていると、重たい溜め息が耳に届いた。
「俺からはもうなにも受け取りたくない、か………」
苦いものを噛んだかのような声色に、「そんなことっ、」と言いかけて口を閉じる。
だってこの子らは、彼の“償い”の象徴だもん。
受け取ってしまったら最後、あたしは彼の“償い”を受け入れたことになってしまう……。
そんなの受け入れたくない。
ぬいぐるみに罪はないことくらい分かっているけど。
「すまなかった」
突然聞こえた謝罪に驚いて弾かれたように顔を上げると、そこには膝の上に両手を置いて深々と頭を下げる彼の姿があった。
「ちょっ、……やめて、」
「おまえには本当に申し訳ないことを……どんなに謝っても許されることじゃないかもしれないが……本当に悪かった」
こちらに向かって頭を下げ続ける彼に、掻きむしりたいほどに胸が痛んだ。
ほらやっぱり。やっぱり傷つくことになる。
彼はあたしからの“確約”を取りつけるつもりなんだ。
あたしたちの関係を絶対に口外しないという。
フラれたあたしが自棄になって、静さんや他の同僚に彼とのことを愚痴ったりしないように機嫌を取って。
あのデートもこのぬいぐるみたちも。みんなその証拠。
紙袋を見下ろしながらあたしは下唇をきつく噛みしめた。
あたしってやっぱりバカやな。
傷が深くなるって分かっとったくせに、こんなところまでついてきて。
溢れ出しそうになる涙を唇の痛みでやり過ごすと、あたしはそれを開いた。
「もうええですぅ。のんやって、分かっとって課長との関係を楽しませてもらっとりましたからぁ。そやからもう本当にええの……そんなに必死に謝ってもらわんくても、課長とのことぉ誰にも言うつもりありませぇん」
「いや、それとこれとは、」
「ちがいませぇんっ! ――ってことで、今後はいっさい心配ご無用、話は以上! のんはぁこれで失礼いたしまぁぁすっ!!!」
最後のところを口にしながら立ち上がる。
足元に置いておいたバッグをひっ掴んで、彼の横をすり抜けようとした時。
「待て希々花、まだっ、」
立ち上がりかけた彼に手首を掴まれた。腕を引かれる力が思ったよりも強くて「きゃっ」と声を上げる。途端、彼はパッと手を離した。
「わるいっ、つい……」
まさか手首を掴まれたくらいで謝られるとは思ってもみなかった。向こうもそんなに驚かれるとは思わなかったのだろうけれど。
「すまない……もう触らないように気を付けるから……」
「気ぃ付けるもなんもっ、もう帰るって言うとるりますぅっ! 今までのこと、あたしがぺらぺら話すかもってことならぁ絶対言いませぇん。ほんま心配せんとってくださぁいぃっ!」
「ちがうんだ、そうじゃない。そうじゃなくて……」
「………」
「俺は……お前に今までのことを口留めしたくて呼んだんじゃない……俺がしたかったのは……」
なんねそれ…!はよ言えばよかくさ…!
奥歯にものが詰まったような彼の物言いに、あたしは段々イラっとしてきた。
今さら何を言われても、もう動揺したりショックを受けたりするもんか、と妙な気合スイッチが入ったらしい。
「じゃあいったい何なんですかぁ…!?」
目を据わらせたあたしがそう言うと。
「好きなんだ……」
「は?」
「俺は……おまえのことが好きだ、希々花」
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しおりを挟んでくださっている皆様へ。
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