51 / 76
交換条件の行方
交換条件の行方(2)
しおりを挟む
――ったのは、過去のあたし。
今はそんな気持ちになんてまったくなれない。
合コンに行く気力すら持ち合わせていないのだから。
仕方なく静さん直伝の“アテンドモード”をオンにして、「ありがとうございますぅ」と営業スマイルで言う。
すると更にご機嫌になったチャラ男が発した言葉に、あたしは目を丸くした。
「担当のコぉがこんな可愛いやなんて、めっちゃやる気出るわぁ」
「え?」
「あれ? 聞いてへん? 阿部さんの次の担当者、僕やねんけど」
「ええっ!」
「なんや、聞いとらんかったんか……阿部さん、おおらかなのはえぇねんけどな、たまに肝心なこと抜けはることあるんよなぁ……」
ブツブツと呟いた彼は、腕にかけたスーツのポケットから皮の名刺入れを出した。その中の一枚をこちらに差し出す。あたしはそれを両手で受け取った。
「黒田製菓営業部、部長…黒田…たい、」
「黒田太牙です。太牙でええよ?うちとこ“黒田”ばっかりやで、ややこしもんなぁ」
「太牙…さん」
「そや。森さんは『ののか』ちゃんで合ぉとる?」
「はいぃ、そうですぅ」
「これからよろしくな?なんかあったらそこの番号にかけてな?」
「はいぃ」
貰った名刺には、会社の電話番号の下に携帯番号が印字されてある。
なるほど。『営業部長』というだけあって、外回りの仕事なども多いのかもしれない。
急ぎの用件は、携帯電話へ連絡した方が早いということなんだと思った。
ちょっとチャラいけど悪い人じゃなさそうだと思いながら、「分かりましたぁ」と頷くと。
「もちろん用事が無くてもいつでもかけたって? きみからの電話ならいつでもオッケーやわ」
前言撤回。
“ちょっと”じゃなくて“かなり”チャラい。
うっかり眉間にしわを寄せてしまったら、目の前のチャラ男――もとい、黒田太牙が、キョトンとした顔で目を瞬かせた。
「あれ? もしかしてシャコジやと思うとる?」
いや、社交辞令っていうか、全然本気っぽくてドン引きしとりますぅ…!
プライベートならそう口に出しているけど、さすがに取引先の担当者にそんなことは言えない。しかもこのひと『黒田さん』やし。
とっととあしらってしまわないとメンドクサイことになりそうな予感。変なフラグを立てるのはごめんですぅっ!
『今後も弊社をよろしくお願いいたします』――そう言ってビジネスライクな線引きをしようと口を開いた時。
「森――」
後ろからかけられた声に、弾かれたように振り向いた。
「黒田部長、ご無沙汰しております」
長い脚で颯爽とあたしの隣までやって来た課長は、黒田太牙にそう言った。
「ああ、結城課長も来られとったんですね」
「はい。退職される阿部さんにご挨拶を、と思いまして。さっきは専務とお話させて頂いてました」
「ああ、兄さんと……。もしかしてお見合いの話ですか?」
「えっ!」
どういうこと? 彼がお見合い!?
顔を課長と黒田太牙の間でおろおろと往復させていると。
「いえ、そういう話では」
「そうですか。僕はてっきり兄の見合い勧誘が結城課長にまで及んだかと。兄さん、自分が見合い結婚したばっかりで幸せの絶頂やからって、手あたり次第周りの独身に見合いを勧めるんはどうかと思いますわ」
たしかにそれはちょっとぉ迷惑ですわぁ、専務さぁんっ!
出世に意欲的な彼だ。イイトコのお嬢さまとの縁談に乗り気にならないとも言い切れない。
あたしは課長に見合い話が来たわけじゃないことに、心底ホッとしていると。
「ああでも。もしそういうお相手探しとるっちゅうんなら、遠慮せんとおっしゃってくださいね? 僕が兄さんにええ相手探してくるよう伝えときますわ」
なぬっ…! 兄も兄なら弟も弟か! なんてお節介な兄弟なんよっ!
今にも嚙みつきそうな勢いで黒田太牙を睨もうとした時。
「いや、それには及びません」
「そうですかぁ。そりゃそ~かぁ。こんな男前にええお相手がおらんわけないですもんね。きっと引く手あまたやろしな」
「いえ、そういうわけでは」
「おっと、阿部の挨拶が始まるところや」
課長の言葉の途中でそう言って振り返った黒田太牙につられて、あたしたちも事務所内に視線を向ける。
前に立つ阿部さんが話を始めようとするところだった。
事務所の皆さんとあたしたちに拍手で見送られた阿部さんは、両手に抱えきれないくらいの花束を抱えて帰って行った。ご家族が車で迎えに来てくれて、そのままお食事に行かれるそう。
そう話してくれた阿部さんがとても嬉しそうで、あたしはなんだか柄にもなくジーンと来てしまった。
用事を終えたあたしと課長は、事務所の皆さんと営業部長さんにご挨拶をして黒田製菓さんを出る。
道路を挟んですぐ向かいの駐車場まで見送りにきた黒田太牙が、課長に話しかけた。
「今日はわざわざありがとうございました。阿部も喜んどりました。引継ぎ後の正式なご挨拶はまた、後日きちんとこちらから寄らせていただきます」
「お待ちいたしております、黒田部長。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
そう挨拶した課長に続いて「よろしくお願いいたしますぅ」と頭を下げた時。
「ほなまたね、希々花ちゃん」
――は?
驚いて顔を上げたあたしに、あの男は口の端を持ち上げてひらひらと手を振っている。
なにこのチャラ坊々!
内心ではそう鼻白みながら、あたしは「ほな失礼しますぅ」と適当な挨拶を投げ、黒田製菓を後にしたのだった。
今はそんな気持ちになんてまったくなれない。
合コンに行く気力すら持ち合わせていないのだから。
仕方なく静さん直伝の“アテンドモード”をオンにして、「ありがとうございますぅ」と営業スマイルで言う。
すると更にご機嫌になったチャラ男が発した言葉に、あたしは目を丸くした。
「担当のコぉがこんな可愛いやなんて、めっちゃやる気出るわぁ」
「え?」
「あれ? 聞いてへん? 阿部さんの次の担当者、僕やねんけど」
「ええっ!」
「なんや、聞いとらんかったんか……阿部さん、おおらかなのはえぇねんけどな、たまに肝心なこと抜けはることあるんよなぁ……」
ブツブツと呟いた彼は、腕にかけたスーツのポケットから皮の名刺入れを出した。その中の一枚をこちらに差し出す。あたしはそれを両手で受け取った。
「黒田製菓営業部、部長…黒田…たい、」
「黒田太牙です。太牙でええよ?うちとこ“黒田”ばっかりやで、ややこしもんなぁ」
「太牙…さん」
「そや。森さんは『ののか』ちゃんで合ぉとる?」
「はいぃ、そうですぅ」
「これからよろしくな?なんかあったらそこの番号にかけてな?」
「はいぃ」
貰った名刺には、会社の電話番号の下に携帯番号が印字されてある。
なるほど。『営業部長』というだけあって、外回りの仕事なども多いのかもしれない。
急ぎの用件は、携帯電話へ連絡した方が早いということなんだと思った。
ちょっとチャラいけど悪い人じゃなさそうだと思いながら、「分かりましたぁ」と頷くと。
「もちろん用事が無くてもいつでもかけたって? きみからの電話ならいつでもオッケーやわ」
前言撤回。
“ちょっと”じゃなくて“かなり”チャラい。
うっかり眉間にしわを寄せてしまったら、目の前のチャラ男――もとい、黒田太牙が、キョトンとした顔で目を瞬かせた。
「あれ? もしかしてシャコジやと思うとる?」
いや、社交辞令っていうか、全然本気っぽくてドン引きしとりますぅ…!
プライベートならそう口に出しているけど、さすがに取引先の担当者にそんなことは言えない。しかもこのひと『黒田さん』やし。
とっととあしらってしまわないとメンドクサイことになりそうな予感。変なフラグを立てるのはごめんですぅっ!
『今後も弊社をよろしくお願いいたします』――そう言ってビジネスライクな線引きをしようと口を開いた時。
「森――」
後ろからかけられた声に、弾かれたように振り向いた。
「黒田部長、ご無沙汰しております」
長い脚で颯爽とあたしの隣までやって来た課長は、黒田太牙にそう言った。
「ああ、結城課長も来られとったんですね」
「はい。退職される阿部さんにご挨拶を、と思いまして。さっきは専務とお話させて頂いてました」
「ああ、兄さんと……。もしかしてお見合いの話ですか?」
「えっ!」
どういうこと? 彼がお見合い!?
顔を課長と黒田太牙の間でおろおろと往復させていると。
「いえ、そういう話では」
「そうですか。僕はてっきり兄の見合い勧誘が結城課長にまで及んだかと。兄さん、自分が見合い結婚したばっかりで幸せの絶頂やからって、手あたり次第周りの独身に見合いを勧めるんはどうかと思いますわ」
たしかにそれはちょっとぉ迷惑ですわぁ、専務さぁんっ!
出世に意欲的な彼だ。イイトコのお嬢さまとの縁談に乗り気にならないとも言い切れない。
あたしは課長に見合い話が来たわけじゃないことに、心底ホッとしていると。
「ああでも。もしそういうお相手探しとるっちゅうんなら、遠慮せんとおっしゃってくださいね? 僕が兄さんにええ相手探してくるよう伝えときますわ」
なぬっ…! 兄も兄なら弟も弟か! なんてお節介な兄弟なんよっ!
今にも嚙みつきそうな勢いで黒田太牙を睨もうとした時。
「いや、それには及びません」
「そうですかぁ。そりゃそ~かぁ。こんな男前にええお相手がおらんわけないですもんね。きっと引く手あまたやろしな」
「いえ、そういうわけでは」
「おっと、阿部の挨拶が始まるところや」
課長の言葉の途中でそう言って振り返った黒田太牙につられて、あたしたちも事務所内に視線を向ける。
前に立つ阿部さんが話を始めようとするところだった。
事務所の皆さんとあたしたちに拍手で見送られた阿部さんは、両手に抱えきれないくらいの花束を抱えて帰って行った。ご家族が車で迎えに来てくれて、そのままお食事に行かれるそう。
そう話してくれた阿部さんがとても嬉しそうで、あたしはなんだか柄にもなくジーンと来てしまった。
用事を終えたあたしと課長は、事務所の皆さんと営業部長さんにご挨拶をして黒田製菓さんを出る。
道路を挟んですぐ向かいの駐車場まで見送りにきた黒田太牙が、課長に話しかけた。
「今日はわざわざありがとうございました。阿部も喜んどりました。引継ぎ後の正式なご挨拶はまた、後日きちんとこちらから寄らせていただきます」
「お待ちいたしております、黒田部長。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
そう挨拶した課長に続いて「よろしくお願いいたしますぅ」と頭を下げた時。
「ほなまたね、希々花ちゃん」
――は?
驚いて顔を上げたあたしに、あの男は口の端を持ち上げてひらひらと手を振っている。
なにこのチャラ坊々!
内心ではそう鼻白みながら、あたしは「ほな失礼しますぅ」と適当な挨拶を投げ、黒田製菓を後にしたのだった。
0
お気に入りに追加
104
あなたにおすすめの小説
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
誘惑の延長線上、君を囲う。
桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には
"恋"も"愛"も存在しない。
高校の同級生が上司となって
私の前に現れただけの話。
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
Иatural+ 企画開発部部長
日下部 郁弥(30)
×
転職したてのエリアマネージャー
佐藤 琴葉(30)
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の
貴方を見つけて…
高校時代の面影がない私は…
弱っていそうな貴方を誘惑した。
:
:
♡o。+..:*
:
「本当は大好きだった……」
───そんな気持ちを隠したままに
欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。
【誘惑の延長線上、君を囲う。】
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる