【完結】kiss and cry

汐埼ゆたか

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交換条件の行方

交換条件の行方(2)

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――ったのは、過去のあたし。

今はそんな気持ちになんてまったくなれない。
合コンに行く気力すら持ち合わせていないのだから。

仕方なく静さん直伝の“アテンドモード”をオンにして、「ありがとうございますぅ」と営業スマイルほほえんで言う。
すると更にご機嫌になったチャラ男が発した言葉に、あたしは目を丸くした。

「担当のコぉがこんな可愛いやなんて、めっちゃやる気出るわぁ」
「え?」
「あれ? 聞いてへん? 阿部さんの次の担当者、僕やねんけど」
「ええっ!」
「なんや、聞いとらんかったんか……阿部さん、おおらかなのはえぇねんけどな、たまに肝心なこと抜けはることあるんよなぁ……」

ブツブツと呟いた彼は、腕にかけたスーツのポケットから皮の名刺入れを出した。その中の一枚をこちらに差し出す。あたしはそれを両手で受け取った。

「黒田製菓営業部、部長…黒田…たい、」
黒田太牙くろだたいがです。太牙でええよ?うちとこ“黒田”ばっかりやで、ややこしもんなぁ」
「太牙…さん」
「そや。森さんは『ののか』ちゃんでぉとる?」
「はいぃ、そうですぅ」
「これからよろしくな?なんかあったらそこの番号にかけてな?」
「はいぃ」

貰った名刺には、会社の電話番号の下に携帯番号が印字されてある。

なるほど。『営業部長』というだけあって、外回りの仕事なども多いのかもしれない。
急ぎの用件は、携帯電話へ連絡した方が早いということなんだと思った。

ちょっとチャラいけど悪い人じゃなさそうだと思いながら、「分かりましたぁ」と頷くと。

「もちろん用事が無くてもいつでもかけたって? きみからの電話ならいつでもオッケーやわ」

前言撤回。
“ちょっと”じゃなくて“かなり”チャラい。

うっかり眉間にしわを寄せてしまったら、目の前のチャラ男――もとい、黒田太牙が、キョトンとした顔で目をしばたかせた。

「あれ? もしかしてシャコジやと思うとる?」

いや、社交辞令シャコジっていうか、全然本気マジっぽくてドン引きしとりますぅ…!

プライベートならそう口に出しているけど、さすがに取引先の担当者にそんなことは言えない。しかもこのひと『黒田さん』やし。

とっととあしらってしまわないとメンドクサイことになりそうな予感。変なフラグを立てるのはごめんですぅっ!

『今後も弊社・・をよろしくお願いいたします』――そう言ってビジネスライクな線引きをしようと口を開いた時。

「森――」

後ろからかけられた声に、弾かれたように振り向いた。

「黒田部長、ご無沙汰しております」

長い脚で颯爽とあたしの隣までやって来た課長は、黒田太牙にそう言った。

「ああ、結城課長も来られとったんですね」
「はい。退職される阿部さんにご挨拶を、と思いまして。さっきは専務とお話させて頂いてました」
「ああ、兄さんと……。もしかしてお見合いの話ですか?」
「えっ!」

どういうこと? 彼がお見合い!?

顔を課長と黒田太牙の間でおろおろと往復させていると。

「いえ、そういう話では」
「そうですか。僕はてっきり兄の見合い勧誘が結城課長にまで及んだかと。兄さん、自分が見合い結婚したばっかりで幸せの絶頂やからって、手あたり次第周りの独身に見合いを勧めるんはどうかと思いますわ」

たしかにそれはちょっとぉ迷惑ですわぁ、専務おにぃさぁんっ!

出世に意欲的な彼だ。イイトコのお嬢さまとの縁談に乗り気にならないとも言い切れない。
あたしは課長に見合い話が来たわけじゃないことに、心底ホッとしていると。

「ああでも。もしそういう・・・・お相手探しとるっちゅうんなら、遠慮せんとおっしゃってくださいね? 僕が兄さんにええ相手探してくるよう伝えときますわ」

なぬっ…! 兄も兄なら弟も弟か! なんてお節介な兄弟なんよっ!

今にも嚙みつきそうな勢いで黒田太牙を睨もうとした時。

「いや、それには及びません」
「そうですかぁ。そりゃそ~かぁ。こんな男前にええお相手がおらんわけないですもんね。きっと引く手あまたやろしな」
「いえ、そういうわけでは」
「おっと、阿部の挨拶が始まるところや」

課長の言葉の途中でそう言って振り返った黒田太牙につられて、あたしたちも事務所内に視線を向ける。
前に立つ阿部さんが話を始めようとするところだった。


事務所の皆さんとあたしたちに拍手で見送られた阿部さんは、両手に抱えきれないくらいの花束を抱えて帰って行った。ご家族が車で迎えに来てくれて、そのままお食事に行かれるそう。

そう話してくれた阿部さんがとても嬉しそうで、あたしはなんだか柄にもなくジーンと来てしまった。

用事を終えたあたしと課長は、事務所の皆さんと営業部長・・・・さんにご挨拶をして黒田製菓さんを出る。
道路を挟んですぐ向かいの駐車場まで見送りについてきた黒田太牙が、課長に話しかけた。

「今日はわざわざありがとうございました。阿部も喜んどりました。引継ぎ後の正式なご挨拶はまた、後日きちんとこちらから寄らせていただきます」

「お待ちいたしております、黒田部長。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」

そう挨拶した課長に続いて「よろしくお願いいたしますぅ」と頭を下げた時。

「ほなまたね、希々花ちゃん」

――は?

驚いて顔を上げたあたしに、あの男は口の端を持ち上げてひらひらと手を振っている。

なにこのチャラ坊々ボンボン

内心ではそう鼻白みながら、あたしは「ほな失礼しますぅ」と適当な挨拶を投げ、黒田製菓を後にしたのだった。


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