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自業自得
自業自得(3)
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あたしだって本当は静さんに色々と聞いて欲しかった。
課長とのこれまでを洗いざらいぶちまけて、失恋の悲しみを吐き出したかった。
だけど、そうなれば静さん本人に課長とあたしがしたことがバレてしまう。
自分ことを『好き』だと言った課長が、実はあたしと“そういう関係”だったと知ったら──。
静さんはどう思う?
あたしだってそんな彼との情事を楽しんでいたことがバレてしまう。
静さんに軽蔑されて嫌われたら――。
そんなの絶対イヤ。
話したいのに話すことが出来ない人のそばに居て、好きな人から必死に逃げ回る。
そうしてやっと迎えた定時。
こんなに一日が長いと思ったのは初めてで、ふと昨日はあんなに時間が経つのが早かったのになんて思ってしまったら、また目頭が熱くなった。
たった一日のうちで天国と地獄みたいなこの落差に、あたしはどうしても自分の浅はかさを呪わずにはいられない。
どうして職場の上司なんかとあんな関係になっちゃったんだろう。
だけどそうしてみたところで、すべては自分で蒔いた種。身から出た錆、自業自得ってやつ。
そう考えたらあまりにバカバカしくて、浮かびかけた涙はすぐに引っ込んでしまった。
今日はもう上がろう。静さんも定時上がりだと言っていたし (間違いなくデートだ) 。
こんな状態じゃ、まともな仕事どころか何かミスしてもおかしくない。
またしても0を一個多く押してしまうような大ポカをやらかしかねないと、あたしは早々にパソコンを閉じることにした。
今日の分は明日必ずやりますからぁ…!
明日は課長が公休日だから、今日みたいにビクビクしなくて済むし。
あたしは誰に向かってか分からない言い訳を心の中で並べ立て、更衣室に引き上げようとデスクから立ち上がった。
――のだけれど。
「森、ちょっといいか」
後ろから掛けられた声に、あたしの背中が絵に描いたように跳ね上がった。
「話があるからミーティングルームに来て欲しい」
背中から投下された言葉に、心臓が大きく「ドクン」と波打った。
顔を合わせたくない。振り向きたくない。
けど振り向かないわけにはいかない。
一瞬の葛藤の末、あたしはうつむき加減でおそるおそる体を向けると、数歩先の辺りから視線を痛いほど感じた。
それでもやっぱり視線を合わせることは出来なくて、事務所を出て行く先輩たちの後ろ姿を視線で追いながら、敢えて横柄な態度で返事をする。
「それってぇお急ぎのお仕事ですかぁ? もう定時やしぃ、今日はのん、早上がらなあかんのですけどぉ」
「何か……予定があるのか?」
どこか遠慮がちにそう訊かれて、予定なんてひとつも入れていないあたしは、思いついたことを反射的に口にしていた。
「合コンですけどぉ」
「合コン……」
彼はそう呟いたきり黙ってしまった。
それきり何も言わない彼にあたしは内心そわそわししまう。早くこの場から逃げたくてたまらない。
しびれを切らしたあたしは、「それがなにかぁ?」と口にしながら顔を上げた。
「っ、」
思わず息を呑んだ。
あたしを見下ろす彼の顔が、せつなげに歪められていたから。
形の良いアーモンドアイを細め、眉を寄せて、唇は何かに耐えるみたいに真一文字に引き結ばれている。
まるでご主人に置いて行かれる犬みたいに心許ない表情に、あたしの胸がズキンと痛んだ。
ともすると、「ウソですぅ」と口にしたくなるのをぐっとこらえ「そういうことなんでぇ、業務事項は社内メールでおねがいしまぁすっ」と言い捨てて、あたしは逃げ出すみたいにその場を後にした。
課長とのこれまでを洗いざらいぶちまけて、失恋の悲しみを吐き出したかった。
だけど、そうなれば静さん本人に課長とあたしがしたことがバレてしまう。
自分ことを『好き』だと言った課長が、実はあたしと“そういう関係”だったと知ったら──。
静さんはどう思う?
あたしだってそんな彼との情事を楽しんでいたことがバレてしまう。
静さんに軽蔑されて嫌われたら――。
そんなの絶対イヤ。
話したいのに話すことが出来ない人のそばに居て、好きな人から必死に逃げ回る。
そうしてやっと迎えた定時。
こんなに一日が長いと思ったのは初めてで、ふと昨日はあんなに時間が経つのが早かったのになんて思ってしまったら、また目頭が熱くなった。
たった一日のうちで天国と地獄みたいなこの落差に、あたしはどうしても自分の浅はかさを呪わずにはいられない。
どうして職場の上司なんかとあんな関係になっちゃったんだろう。
だけどそうしてみたところで、すべては自分で蒔いた種。身から出た錆、自業自得ってやつ。
そう考えたらあまりにバカバカしくて、浮かびかけた涙はすぐに引っ込んでしまった。
今日はもう上がろう。静さんも定時上がりだと言っていたし (間違いなくデートだ) 。
こんな状態じゃ、まともな仕事どころか何かミスしてもおかしくない。
またしても0を一個多く押してしまうような大ポカをやらかしかねないと、あたしは早々にパソコンを閉じることにした。
今日の分は明日必ずやりますからぁ…!
明日は課長が公休日だから、今日みたいにビクビクしなくて済むし。
あたしは誰に向かってか分からない言い訳を心の中で並べ立て、更衣室に引き上げようとデスクから立ち上がった。
――のだけれど。
「森、ちょっといいか」
後ろから掛けられた声に、あたしの背中が絵に描いたように跳ね上がった。
「話があるからミーティングルームに来て欲しい」
背中から投下された言葉に、心臓が大きく「ドクン」と波打った。
顔を合わせたくない。振り向きたくない。
けど振り向かないわけにはいかない。
一瞬の葛藤の末、あたしはうつむき加減でおそるおそる体を向けると、数歩先の辺りから視線を痛いほど感じた。
それでもやっぱり視線を合わせることは出来なくて、事務所を出て行く先輩たちの後ろ姿を視線で追いながら、敢えて横柄な態度で返事をする。
「それってぇお急ぎのお仕事ですかぁ? もう定時やしぃ、今日はのん、早上がらなあかんのですけどぉ」
「何か……予定があるのか?」
どこか遠慮がちにそう訊かれて、予定なんてひとつも入れていないあたしは、思いついたことを反射的に口にしていた。
「合コンですけどぉ」
「合コン……」
彼はそう呟いたきり黙ってしまった。
それきり何も言わない彼にあたしは内心そわそわししまう。早くこの場から逃げたくてたまらない。
しびれを切らしたあたしは、「それがなにかぁ?」と口にしながら顔を上げた。
「っ、」
思わず息を呑んだ。
あたしを見下ろす彼の顔が、せつなげに歪められていたから。
形の良いアーモンドアイを細め、眉を寄せて、唇は何かに耐えるみたいに真一文字に引き結ばれている。
まるでご主人に置いて行かれる犬みたいに心許ない表情に、あたしの胸がズキンと痛んだ。
ともすると、「ウソですぅ」と口にしたくなるのをぐっとこらえ「そういうことなんでぇ、業務事項は社内メールでおねがいしまぁすっ」と言い捨てて、あたしは逃げ出すみたいにその場を後にした。
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