【完結】kiss and cry

汐埼ゆたか

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自業自得

自業自得(2)

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***

困ったことになった。
本当に困った。

朝からずっと頭の中でその言葉がグルグルと回っている。朝一番の電話のせいだ。

あたしを困らせているのは、スマホの画面に表示されていた【森美希子】――母だ。

博多で料亭【森乃もりのや】の女将を務めている母は、夜遅くまで仕事をしているぶん朝は遅め。
母があたしに連絡してくるときは大抵夜か昼だから、こんな朝早くから電話してくるなんて珍しい。そんなことを考えながら電話を取った。

電話が繋がった途端、朝の挨拶もそこそこに母が寄越したセリフに、あたしは声も出せないくらいに驚いた。
その拍子に手から滑り落ちた保冷剤が、足元でゴトンと音を立てた。


どうしようどげんしよう……。あん時、いったいなんがどげんしていつん間に“アレ”を送ってしもうたんやろか……。

どうやらあたしは送る“フリ”だった写真を、いつのまにか本当に送ってしまっていたらしい。
いつ送信マークに触れたのか、全然記憶にない。あの時は色々ありすぎたから。

母は突然送られてきたあたしと男性のツーショット写真に驚いて、何度も電話をかけてきたという。
だけどスマホが入ったカバンを玄関に放りっぱなしのまま寝てしまったあたしは、それに全然気付かなかった。

そうして“一晩中”あたしと連絡の取れなかった母は相当ヤキモキしたらしく、電話口では不機嫌さを隠そうともせず、《一緒に写っていたかたとは真剣な交際なのですか》と真正面から斬り込んできた。


今思えば、あの時どうしてすぐに『そうなんよ』と答えんかったんやろう。

「ドキッ」と大きく跳ねた心臓のせいでほんの半拍空いた間を、敏腕女将が見逃してくれるはずもなく――。

《あなたもそろそろ二十五になるからには、将来のことを真剣に考える時期に来ています。真剣交際の相手がいるのなら、いい機会ですから一度お相手を連れて帰っていらっしゃい。
もしも来月中にお相手を連れて来られないようなら、あなた一人でもこちらに戻ってきなさい。色々と森乃やの今後について話しておきたいこともあります。
ああ、そうそう。嘘をついて私たちを欺こうとしても無駄ですし、そんなことをしようものならこちらにも考えがありますから。下手なことはしないほうが身のためですよ、希々花》

そう、ひと言も口を挟む隙がないほどすごい速さで“指令”を述べた母は、あたしの返事なんて待たずに通話を切ってしまった。

どうしよう。今さら課長に“偽装カレシ”なんて頼める?
そんなの無理に決まってる。

あんなに痛い思いをして『これで“協定”は終了ですぅ』と宣言したのに、何事もなかったみたいに前のような関係に戻れっこない。

じゃあ、誰か別の相手を探すの?

ううん、今から一か月そこらでいい物件・・なんて見つけられるわけないし、そんな気力も今のあたしにはない。
なんでなしてこげん絶対ちかっぱムリな時に、こげんことに……。

思わず頭を抱えたと同時に、頭上から聞き慣れた音。

“終業五分前”を知らせるチャイムにハッと我に返って目の前のパソコン画面を見ると、いつのまにかスリープ状態だった。
アテンドが全部済んで事務所に戻って来てから、優に三十分も経ってしまっている。

あたし、いったい何をしようとしていたんだっけ……。

慌ててマウスに手を置いた時、前に立った課長が終礼を始めた。

決して目が合わないようにチラチラと盗み見た彼の姿は、昨日までと何も変わらない。
明日のツアーの注意事項や年度末処理の締め切りなどを、“上司然”とした態度で話している。

こっちなんて、まぶたに残る腫れをいつもより濃いめの化粧で誤魔化して。なんとか出勤したあとは、今日一日課長と二人きりになったりしないようにヒヤヒヤハラハラしながら過ごしていたというのに。

幸いなことに、今日は一日工場見学ツアーは満員御礼だった。
一旦アテンドに入ってしまえば、九十分は確実に課長と顔を合わせることはない。

仕事が忙しいのをこんなにありがたいと思ったんはぁ、のん・・初めてですぅ…!

だけど朝礼やそのほかの用事で事務所に入らないといけない時は必ずあるわけで。
そういう時はひたすら静さんにくっついていた。
さすがに課長だって、静さんの前じゃ下手なことは言えないし出来ないと思ったのだ。

まあ、万が一二人きりになったとして、彼がこれ以上あたしに何か言ってくるとは思えない。
母からの着信以外に電話もメッセも誰からも・・・・入っていなかったのだ。今さら一番見られたら困る場所にわざわざプライベートのいざこざを持ち込むはずがない。

そう頭では分かっていても、やっぱり彼の顔を真正面から見るのは怖くて。

ひたすら静さんの腰ぎんちゃくと化していたせいで、怪訝そうな顔をした静さんから『どうかしたの?』と訊かれた。
だけどあたしは、平然とした顔で『なんのことですかぁ?』ととぼけることしか出来なかった。
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