【完結】kiss and cry

汐埼ゆたか

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真っ黒ホワイトデート

真っ黒ホワイトデート(5)

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彼が追ってきてくれているのか不安だったけれど、振り向いてそれを確認するのは業腹で、絶対振り返りたくない。

通路をずんずんと進んでいると、突然すぐそばから「バサバサッ」という大きな音。
驚いたあたしの口から「きゃっ」という悲鳴が上がる。絵に描いたように跳ね上がった肩を、横からグイっと寄せられた。

「ほら、希々花。ペリカンが飛ぼうとしているところだ」

彼の視線の方を見ると、すぐ横の水槽のヘリでペリカンが左右の翼を大きく広げていた。
あまりの大きさに驚いているうち、ペリカンはさっきあたしたちがいた辺りまで飛んで行ってしまった。

「すごいな……」

感心したように呟く彼を、あたしは呆然と見上る。
彼はそんなあたしを見て、どこか不服そうな顔で言った。

「言っとくけど、けなしたわけじゃないからな」
「え?」
「さっきの。――あいつらに似てるって言ったのは、物おじせずに寄ってくるところとか、ふわふわに見えて意外とすばしっこいところとか。そういう感じがおまえと似てるなって。あ、あとシマシマもな」
「え……」
「そういう恰好も似合うんだな」
「っ、」

彼の視線があたしの顔から足元に向けてゆっくり下りていくのが分かって、体がじわりと熱くなる。

そう言えば今日着て来たのもボーダーシマシマだったっけ。
顔が赤くなるのを防ごうと必死に別のことを考えてみたけれど、あまり効果はないみたい。
なんかよく分からんっちゃけど、褒められたんよね?あたし。

「なんだ、疑ってるのか?」
「やっ、あの……」

「可愛いと言ったつもりなんだけどな。嫌味に聞こえたなら謝るから、怒るなよ希々花」
「っ、……あ、あのっ、名前っ、」
「ん? ……前にも言っただろう?今日は“恋人同士”なんだから、おまえも『課長』はやめて、何て呼ぶんだったっけ?」
「えっ!……えぇっとぉ………」

あたしは言い淀んだ。
彼が何と言わせようとしているのかは分かっている。だけど本当にそれを口にしていいのか不安だったのだ。

あの残業の時、彼がその気を無くした・・・・・・・・のは、あたしが気付かないうちに何かやらかしたせいかもしれない。

『じゃあ何を?』と考えたら、思い当たるのは彼のことを名前で呼んだことくらい。

考えても考えても他に何も思い当たる節が無くて、あたしはやっぱり名前呼びが原因濃厚だと結論付けた。

だからあたしは、もう彼のことを名前で呼ばないよう気を付けていたのだけど。

もごもごと口ごもるあたしに彼は苦笑を浮かべ、「ほら、希々花」と手を差し出してきた。おずおずとそこに手を重ねると、彼はそれを包むように握ってから歩き出した。

ワオキツネザルやペリカンが居たゾーンを出たあと、立体映像と音楽を楽しめるミニシアターを堪能したところで館内を巡り終えた。

ミニシアターを出たところで目に留まったのは記念撮影スポット。
撮った写真は少しお高いけど買うことが出来るし、それも“実家への恋人証明”の材料になると言えば不自然じゃないはず。

タイミングが良かったのか、ほとんど待つことなく順番が回ってきて、あたしたちは撮影場所の小さなステージの上に並んで立った。

後ろはただの緑色の壁なのに、向かいにある巨大モニターを見るとそこにはクジラが映っている。
人と人が触れ合うことでシャッターが切られるという不思議な仕掛けになっていて、好きな動物が来た時を選んで“触れ合えば” いいらしい。

「どれでシャッター切りますぅ?」

目の前のモニターに、魚、ペンギン、ペリカン、と映像が切り替わっていくのを見ながら、隣に訊いてみる。彼は「そうだなぁ」と口にしながらモニターをじっと見ていた。

結構真剣に悩んでいるらしい。その横顔がちょっと可愛い。

今はあたしたちの手は繋がれていない。
手を繋ぐとシャッターが切れるので、「ここ」というところで繋ぐのだ。
あたしはひそかにホワイトタイガーを狙っていたりする。

すると彼が「やっぱりあれだろう」と言った。
なんやろ、と思い首を傾げると。

「ワオキツネザル」
「~っ!」

彼の口の端がかすかに持ち上がるのを見て、あたしは両目を見開いた。

ぐぬぬっ…! 今のは絶対揶揄からかよったんばい・・・・・・…!

こっちばっかり彼に振り回されるなんて悔しすぎる。
あたしは手に持っている団扇うちわ状の金属の柄を握りしめ、一度息を吸い込んでから口を開いた。

「あっ! あれなんていいんやないですかぁ、あきとさんっ」

あたしの声に反応した彼がモニターを見た瞬間。
あたしは思い切り背伸びをして、勢いよく彼の頬に唇をぶつけた。

「っ、」

彼が両目を見開くと同時に見事にシャッターが切られ、翼を広げたペリカンをバックに“ほっぺチュー”するあたしたちの姿が。

順番待ちをしている人や撮影風景に足を止めた人たちから、「ヒューっ」と囃し立てる声が上がる中、頬を手で押さえた彼がこちらをじろりと睨んでくる。

「おまえな……」

あたしは素知らぬ顔で、「後ろが詰まってますから、さっさと行きますよぉ」と彼を置いてスタスタとステージを下りた。


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