【完結】kiss and cry

汐埼ゆたか

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残業事変***

残業事変(5)

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十日ぶりに交わすキスは震えるほど気持ちがいい。

彼のキスはいつもよりもやけに長く執拗で、そのうえ妙に甘ったるい。
快感と酸素不足で痺れた頭では何も考えられなくて、耳に届く水音とお互いの息遣いだけを聞きながら、あたしはぐずぐずに溶けていく。

嚥下えんげしきれずに口のはしからこぼれた唾液を、彼の唇がすすりながら伝い下りて。あたしはやっと解放された口から大きく息を吸い込んだ。――のだけれど。

彼の唇が這っていたうなじから、シュルリという衣擦れ音とスカーフが首を滑っていく感触が。

なぬっ!? と見開いた両目に飛び込んできた、明るさだけが売り・・・・・・・・天井照明シーリングライト

途端、我に返った。

(ここっ事務所やん!)

そう悟ったと同時に体がふわりと浮き、「きゃっ、」と悲鳴を上げた時にはすでにお尻はデスクの上。
ちょっ、何を――と口にしながら顔を上げた時、低く掠れた音が鼓膜を震わせた。

「希々花」

ぞくりと痺れが腰から這い上がってきた。
真上にある熱を帯びた瞳が、濡れたようにきらめく。

ポカンと口を開けたまま固まっているあたしに、彼のたくましい胸が圧し掛かるように迫ってきた。

(ちょ、ちょっっ……こんヒト、なんばしよっと!?)

目の前に迫る体に押し倒されまいと片腕をデスクについて、もう片方の手で彼の胸を押す。

ビクともしない。

いくらなんでもこの人がこんなところ・・・・・・あんなこと・・・・・をするはずがない。
だって、誰かに見られて困るんはそっちやなかと・・・!?

「か、課長かちょぉ……っ、ちょっと待っ、」
「名前」
「え?」
「もう残業は終わりだろう?」
「っ、」

息を呑んだあたしの額にリップノイズを立てた彼は、制服のボタンを片手で外していく。

そのあまりに華麗な手さばきにうっかり見入っていると、彼は制服の中に来ているカットソーの裾をスカートのウエストから引き出して、あっという間にあたしの素肌に辿り着いた。

「ひゃっ」

脇腹に触れた彼の手が思ったよりも全然冷たくて、声と同時に背中が跳ねた。彼はそれに構うことなく節くれだった手であたしの背中をのぼり、瞬く間に下着の金具を外してしまう。

ふわっと締めつけが無くなった感触に、またしてもハッとした。

ちょっとこれっ…、まさかのアレ!?
オフィスラブ漫画の定番中の定番。『誰もいないオフィスで×××』的な……。

そんなキングオブ定番なこと、いくら“恋人役”中だからってあの・・課長がするぅっ!?

あ、ほら、きっとアレたい・・
あたしがうっかり「今すぐ抱いて」とか口走ったら、急に手のひらを返して「ほらやっぱり。おまえに公私の切り替えは無理だな」とかって冷たく突き放すつもりなんたい・・

そうは問屋がおろさんとばい・・…!

あたしは、自分が今間違いなく彼に試されているのだと確信した。
そうじゃなきゃ、この腹黒ヘタレ上司が誰かに見られて困るようなこと、オフィスここでするはずない。

さすがのあたしにだってそれくらいの分別くらいあるってところ、ちゃんとちゃん証明しないとせんば…!

「あのっ課長かちょぉっ、いくらあたしだって場所くらいわきまえま、」

「――希々花」

あたしは早口でまくし立てていたのにも関わらず、彼のそのひと言で口をつぐんだ。

ただ名前を呼ばれただけなのに、あたしは毎回見事に動きを止め、まるでよく躾けられた忠犬のように全神経を彼に傾けてしまう。そんな自分が悔しいのに、一瞬で感覚を麻痺させるほどの甘い痺れに抗うことが出来ない。

まるで麻薬だ。

完璧に動きを止めたまま見上げるあたしに、彼はもう一度「希々花」と名前を呼んでから、言い含めるような口調で言った。

「『課長』じゃないだろう?」

「っ、」

「何て呼ぶんだ? 言ってごらん」

今ここでそれを口にしたら、取り返しのつかないことが起こりそうな予感しかない――のに。

「希々花」

甘く湿り気を帯びた呼び声が、頭の片隅で鳴る警告音を一掃する。
気付いたらあたしはそれを口にしていた。

「あきと…さん……」
「ん、いい子だ」

囁きと共に落とされた唇。それは何度かあたしの唇を啄んでから、あご、首、鎖骨、と下りていく。
服の下にある彼の手は、いつの間にかあたしの膨らみを包んでいて、さっきは冷たいと感じた手のひらは、いつの間にかあたしの肌と同じ温度になっていた。
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