【完結】kiss and cry

汐埼ゆたか

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残業事変***

残業事変(4)

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それからはもう、訳が分からなくなるほど乱れた。
意識が混濁して、思い出そうとしても思い出せないことが多いくらいに。

けれど、そんな中でもあたしの耳にずっと残っていたのは、彼があたしを呼ぶ声。

『これも好きか』と訊かれるたびに、何度でも『すき』と答える。
『あなたが』という言葉は心の中だけにしまって。

正しく伝えることの出来ない『好き』は戯れの中に忍び込ませ、やっと呼ぶことを許された名を噛みしめるみたいに言の葉にした。


「あきと…さん……」

うわごとのように何度も口にしたそれが、口からポロリとこぼれ落ちた瞬間、彼の体がピクリと跳ねたのが分かった。

ハッとした。

やばっ! ここ職場やった…! 名前で呼んだりなんかしたら、呆れられてしまう…!

急いで上手い言い訳はないかと考えを巡らせ、ひとまず「今のはちがうんですぅっ」と口にし、彼のスーツを握りしめていた手で彼の胸を押して離れようとした―――のだけれど。

腰に手を当てられグッと引き寄せられる。驚いて顔を上げた瞬間、唇を塞がれた。

「っ…、」

驚いて目を見開いたあたしに、彼もまた瞳を閉じずに見つめ返してくる。
ピントが合わないほど至近距離で見つめ合ったまま固まっていると、彼は自分の上下唇で、あたしの唇の合わせを押し開けた。

「ふぁっ、」

舌先で唇をくすぐられてもれ出た吐息とまるで入れ替わるように、それは口腔へとするりと入り込んできた。

押し返す間もなく歯列を舌先でなぞられて、耐え切れず甘い声がもれる。それがゴーサインになったのか、彼はためらうことなく舌を絡ませてきた。

そうなるとあたしに成すすべはない。彼のスーツを握り直し、まぶたを降ろして彼のキスに夢中になる。相性抜群のキスはあっという間にあたしを骨抜きにした。

力が入らなくなってきて足の代わりに、彼の背中にしがみつく。彼の腕に力がぎゅっと込められ、上半身がぴったりと密着した。

分厚い布ごしでも分かる硬い胸板に、胸と“別の場所”がきゅんと疼く。

彼のキスが巧みすぎるせいなのか。
それとも、今し方“あの夜”のことを思い出してしまったせいなのだろうか。

下腹部が熱くなって、自分でも分かるほど内側がとろとろととろけはじめている。

あれから一度も課長とは会っていない。
いや、仕事では顔を合わせてはいるのだけれど、“セフレ”としての逢瀬は一度もなかった。

そもそも、あたしにはもう彼に報告するようなことはない。

静さんと王子との付き合いが順調かどうかなんて、彼女の顔を見ていたら分かる。
いくらあたしでも、わざわざ彼の傷口に塩を塗るような報告なんてする気にはなれないし。

あたしは腹黒いけれど、卑怯なことは大っ嫌いなのだ。

だからもし、課長が静さんに対して何か卑怯なことをしていたなら、きっと百年に一度の恋も冷めていたと思う。

だけど彼は一度もそんなことをしたことはなかった。少なくともあたしが見ている限りでは。
静さんのことを長い間想い続けているのに、彼女の弱みを握って卑怯な方法で手に入れようとしたことは一度もない。

彼は卑怯な人間なんかじゃない。
彼はただ、一途に彼女の幸せを願いながら想っていただけ。

だから…!

腹黒さとヘタレっぷりが玉にきずなんですぅっ…!

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