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戯れとはちがうなにか
戯れとはちがうなにか(3)
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焦れば焦るほど、堰を切ったかのように涙が溢れ出して止まらない。
せめてこのみっともない泣き顔を隠そうと、毛布の中で身じろぎした時。
「っ、」
予想外のことに両目を見開いた。
彼があたしの涙を「ちゅうっ」と音を立てて吸い取ると、ペロリと舌先で拭ったのだ。
見開いたはずみでポロっとこぼれ落ちた涙を、彼の唇が追いかけていく。
まるで恋人にするみたいに優しい仕草に、どうしようもなく胸が甘く疼いた。
優しくされて嬉しい―――はずなのに。
「ぅっ……うぅっ……っく、」
どうしようもなく、悲しくて苦しくてせつなくて。
堪えきれずにもれた嗚咽が引き金になったのか、涙が勢いを増す。
「もう泣くな……泣くなよ、森……」
彼はあたしの涙を拭いながら、困ったようにそう言った。
その声は柔らかく、まるであたしのことを大事に想ってくれているのだと錯覚しそうになる。鼓膜だけでなく心までも震わせられる。
いつまでも泣き止まないあたしに何を思ったのか、彼は毛布ごとあたしを膝の上に抱きかかえた。
それまではこめかみから横に落ちていた涙が、頬を真下にすべり落ちかけたところで、あたしの頬を大きな手が包み込む。
「森、俺がおまえにしてやれることはあるか?」
「ひっく、」としゃくり上げたあたしの目元を親指で拭いながら、彼はあたしの顔をのぞき込んで言う。
「おまえには本当に助けられたんだ。今日のことはやっぱり俺が一方的に悪かったし、その詫びも兼ねて、何かしてやれることはないか?」
「………」
この人は腹黒いくせに変なところで面倒見がいいな、と思う。そんなだから静さんに“お兄ちゃん認定”しかされなかったんじゃないの。なんて、頭の片隅で毒づいてみる。
思い切って『じゃああたしの彼氏なってくださぁい』と言ってみようかな。
そしたらこの人、どんな顔をするのだろうか。
「恋人になろうか」
「えっ!」
まるで頭の中を読まれたようなセリフに、思わず声が出た。
あたし今、口に出しとった!?そげな静さんみたいなことするはずなか!
うっかり自分の老化を疑いかけたのを、彼の言葉が遮った。
「実家からの催促に困っているんだろう?」
「え?」
「跡を継げとせっつかれているんじゃないのか?それなのにいい相手が捕まらないからって、焦って無茶をするなよ。それくらいなら俺を使えばいいだろうが。恋人役ならやってやる約束だろう?」
「恋人…役……」
「ああ、そのための“協力者”だろ?」
どうやら彼は、あたしが今夜待ち合わせにしていた相手が“本命”で、その人に逃げられたことがショックで泣いたのだと思っているらしい。
「それはちがう」とすぐに訂正した方が良い。そう頭では分かっているくせに、あたしは口を開けない。
だって今「泣いているのはあなたに愛されたいから」って言ったら、彼はなんて言う?
あっさりと「それは困る」と言ってあたしを突き放して、それでもう二度とあたしに触れなくなったら──。
頭を撫でてくれることも、涙を拭ってくれることも、躰を触ってくれることも、何もかも。
そう思ったら、頬の温もりと毛布越しに包んでくれる彼の腕を、今すぐこの場で捨ててしまうことなんて出来るはずもなくて。
「……デーに……」
「ん、なんだ?もう一度、」
「ホワイト…デーに……」
「ん?ホワイトデーに欲しいものか?」
「いや……えっと、それも込みでええんですが……ホワイトデーにデートを……そういう相手がいることを証明せなあかんくて、だから……」
「ああ、なるほど。恋人同士のイベントだからな。ホワイトデーに一緒に居るところをご両親に証明できればいいのか?」
「はいぃ……」
頷いたものの、あたしは正直焦っていた。
ハッキリ言って口から出まかせだ。
実家からは「元気にしているのか」という生存確認的な連絡は来るものの、今のところ「こっちに帰って来て女将を継げ」とは言われていない。
多分両親は、あたしなんかに継がせたら、百年続く料亭がかえって危うくなるとでも思っていそう。
“若女将”が必要になる事態になったら、きっとあたしじゃなくて姉を外国から呼び戻すにちがいない。あたしがいる場所より十倍以上も距離があるいうことを差し引いても、姉への信頼度はあたしなんかより何十倍も大きいのだから。
「分かった、いいぞ。ホワイトデーは一緒に出掛けよう」
「えっ!ええんですかぁ?本当にぃ!?」
「なんだ、『本当にぃ!?』って。おまえに必要なことなんだろう?」
「そ、それはそうなんですけどぉ……あの、……恋人として……ですよぉ?」
「ああ。ご両親のそう思ってもらえるように努力するよ」
「じゃ、じゃあ……お、おねがいしますぅ……」
「ああ」
思わぬところから“ホワイトデーデート”の約束が転がりこんだあたしは、胸がドキドキとうるさく鳴るのを止められない。どうしよう…何着てこう……そうや、美容院とネイルの予約もしとかんば……やば、あと二週間しかなかやんっ!
――なんて考えていると、突然頬をペロリと舐められた。
「ぅひゃっ」
生温かい感触に軽く1フィートは飛び上がりそうになった。「な、なんですかぁ突然っ!」と抗議する。
「やっとおまえらしくなったな、希々花」
「なっ…!」
せめてこのみっともない泣き顔を隠そうと、毛布の中で身じろぎした時。
「っ、」
予想外のことに両目を見開いた。
彼があたしの涙を「ちゅうっ」と音を立てて吸い取ると、ペロリと舌先で拭ったのだ。
見開いたはずみでポロっとこぼれ落ちた涙を、彼の唇が追いかけていく。
まるで恋人にするみたいに優しい仕草に、どうしようもなく胸が甘く疼いた。
優しくされて嬉しい―――はずなのに。
「ぅっ……うぅっ……っく、」
どうしようもなく、悲しくて苦しくてせつなくて。
堪えきれずにもれた嗚咽が引き金になったのか、涙が勢いを増す。
「もう泣くな……泣くなよ、森……」
彼はあたしの涙を拭いながら、困ったようにそう言った。
その声は柔らかく、まるであたしのことを大事に想ってくれているのだと錯覚しそうになる。鼓膜だけでなく心までも震わせられる。
いつまでも泣き止まないあたしに何を思ったのか、彼は毛布ごとあたしを膝の上に抱きかかえた。
それまではこめかみから横に落ちていた涙が、頬を真下にすべり落ちかけたところで、あたしの頬を大きな手が包み込む。
「森、俺がおまえにしてやれることはあるか?」
「ひっく、」としゃくり上げたあたしの目元を親指で拭いながら、彼はあたしの顔をのぞき込んで言う。
「おまえには本当に助けられたんだ。今日のことはやっぱり俺が一方的に悪かったし、その詫びも兼ねて、何かしてやれることはないか?」
「………」
この人は腹黒いくせに変なところで面倒見がいいな、と思う。そんなだから静さんに“お兄ちゃん認定”しかされなかったんじゃないの。なんて、頭の片隅で毒づいてみる。
思い切って『じゃああたしの彼氏なってくださぁい』と言ってみようかな。
そしたらこの人、どんな顔をするのだろうか。
「恋人になろうか」
「えっ!」
まるで頭の中を読まれたようなセリフに、思わず声が出た。
あたし今、口に出しとった!?そげな静さんみたいなことするはずなか!
うっかり自分の老化を疑いかけたのを、彼の言葉が遮った。
「実家からの催促に困っているんだろう?」
「え?」
「跡を継げとせっつかれているんじゃないのか?それなのにいい相手が捕まらないからって、焦って無茶をするなよ。それくらいなら俺を使えばいいだろうが。恋人役ならやってやる約束だろう?」
「恋人…役……」
「ああ、そのための“協力者”だろ?」
どうやら彼は、あたしが今夜待ち合わせにしていた相手が“本命”で、その人に逃げられたことがショックで泣いたのだと思っているらしい。
「それはちがう」とすぐに訂正した方が良い。そう頭では分かっているくせに、あたしは口を開けない。
だって今「泣いているのはあなたに愛されたいから」って言ったら、彼はなんて言う?
あっさりと「それは困る」と言ってあたしを突き放して、それでもう二度とあたしに触れなくなったら──。
頭を撫でてくれることも、涙を拭ってくれることも、躰を触ってくれることも、何もかも。
そう思ったら、頬の温もりと毛布越しに包んでくれる彼の腕を、今すぐこの場で捨ててしまうことなんて出来るはずもなくて。
「……デーに……」
「ん、なんだ?もう一度、」
「ホワイト…デーに……」
「ん?ホワイトデーに欲しいものか?」
「いや……えっと、それも込みでええんですが……ホワイトデーにデートを……そういう相手がいることを証明せなあかんくて、だから……」
「ああ、なるほど。恋人同士のイベントだからな。ホワイトデーに一緒に居るところをご両親に証明できればいいのか?」
「はいぃ……」
頷いたものの、あたしは正直焦っていた。
ハッキリ言って口から出まかせだ。
実家からは「元気にしているのか」という生存確認的な連絡は来るものの、今のところ「こっちに帰って来て女将を継げ」とは言われていない。
多分両親は、あたしなんかに継がせたら、百年続く料亭がかえって危うくなるとでも思っていそう。
“若女将”が必要になる事態になったら、きっとあたしじゃなくて姉を外国から呼び戻すにちがいない。あたしがいる場所より十倍以上も距離があるいうことを差し引いても、姉への信頼度はあたしなんかより何十倍も大きいのだから。
「分かった、いいぞ。ホワイトデーは一緒に出掛けよう」
「えっ!ええんですかぁ?本当にぃ!?」
「なんだ、『本当にぃ!?』って。おまえに必要なことなんだろう?」
「そ、それはそうなんですけどぉ……あの、……恋人として……ですよぉ?」
「ああ。ご両親のそう思ってもらえるように努力するよ」
「じゃ、じゃあ……お、おねがいしますぅ……」
「ああ」
思わぬところから“ホワイトデーデート”の約束が転がりこんだあたしは、胸がドキドキとうるさく鳴るのを止められない。どうしよう…何着てこう……そうや、美容院とネイルの予約もしとかんば……やば、あと二週間しかなかやんっ!
――なんて考えていると、突然頬をペロリと舐められた。
「ぅひゃっ」
生温かい感触に軽く1フィートは飛び上がりそうになった。「な、なんですかぁ突然っ!」と抗議する。
「やっとおまえらしくなったな、希々花」
「なっ…!」
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