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こんな夜は***
こんな夜は***(4)
しおりを挟むベッドが軋む音。
激しい息遣いと喘ぐ声。
素肌同士がぶつかる音。
そこに絶えず混じる、泡立ってかき混ぜられる粘液の音。
快楽に溺れるあたしには、すべての音がひどく遠くから聞こえているような感覚だった。
それなのに、頭の中ではさっき彼が口にした『代役』という言葉だけは鮮明に頭の中に響いていて。
『あなたを誰かの代わりにしたことなんてない』
そう言いたいのに口から出るのは言葉にならない淫らな音ばかり。
もうここ半年ほど、あたしには彼が思うような“本命”はいないし、彼をその代わりにしたことなんてない。
むしろ、あたしはずっと彼の代わりになれる誰かを探していた。
報われることない“二番手以下の恋”なんてやめて、もっとあたしのことを“一番”に想ってくれる相手と巡り合えたら―――。
そんな一縷の望みをかけて合コンやデートに行くのに、いつも結果は惨敗。虚しく終わってしまうのだ。
もしかしたら、彼もそんな気持ちで静さんのことを見ていたのかな。
自分に気持ちを向けて欲しいと願いながら、もしかしたらもっと好きになれる相手が別にいるかもしれない。そんな人が現れるのを心のどこかで期待して―――。
なんて腹黒ヘタレなあたしたち…!
相手が彼女だったら、彼はきっと宝物みたいに大事に優しく抱くのだろうな。
彼女を追い詰めたくないからと、何年も想いを告げずに見守ってきたくらいなのだ。
壊したくないから、言えなかった。
壊せないくらい、大事だった。
静さんにとっても彼が大事な人なのは間違いない。以前、耳にした彼女の言葉はそれを裏付けていた。
『ありがとう、晶人さん。晶人さんがいてくれなかったら、今のわたしはいないと思う』
(なぁんね……相思相愛っちゃんね……)
あたしはそれを聞いた時、そう思ったのだ。
だって、そう言った時の静さんは、いつもの『部下』の顔じゃなかった。その証拠に、彼女は普段は『課長』呼びする彼のことを『晶人さん』と呼んでいたから。
あたしなんて、一度だって彼の名前を呼んだことがないのに。
プライベートで逢瀬を重ねながら、あたしはまだ一度も彼の名前を呼んだことがない。
セフレ風情に名前を呼ばせるような男ではないと分かっていたから。
超えてはいけない一線を越えて、彼にあっさりと切り捨てられることが怖かったのだ。
「ぁんっ、あぁ……っ、」
両ひじと両ひざをベッドについて腰を突き出した状態で、後ろから激しく突かれる。
ささやかな膨らみの捏ねるように揉みしだかれ、先端の赤い実を指で摘まれながら同時に奥を突かれると、自分でも分かるほど中がきゅっと締まった。
それは相手にも伝わったようで、彼は無言のまま執拗にそれをくり返す。
「あんっ、あきっ…さ、っま……っ、」
『晶人さん、待って』
思わずそう口走った途端、彼の動きがピタリと止んだ。
「あ……」
あたしは自分の失態を悟った。
慌てて「ちがっ、今のは別に」と何とか誤魔化そうとしたけれど、それを遮るように彼が言った。
「おまえもか」
そうひと言、唸るように言った彼。何のことだかさっぱり分からないあたしが、思わず後ろを振り返ろうとした時、
「おまえもやっぱりあの人が好きだったのか」
――え。
「それはさぞかし残念なことだな―――静と彼が上手くいって」
「っ、」
やっと分かった。彼が言った『あの人』が誰なのか。
そう言えば静さんはその人のことを『アキ』と呼んでいたっけ。
あたし口にした名前を彼が勘違いしていることに気が付いて、訂正しなければと思った矢先。
「それでヤケ酒と代替えセックスかっ」
「ちがっ、んあぁっ……」
いきなり激しく突かれたせいで、あたしの「ちがう」という言葉は嬌声に変わる。
「本来なら踏み台も身代わりも絶対お断りだが、他でもないおまえのためだ。今夜だけ付き合ってやる」
徐々に動きを速めていく彼は、あたしの耳介(耳殻)にくっつけるように唇を寄せると。
「ほら、好きに呼んだらいい。それとも先に呼んでやろうか――希々花」
「んぁっ」
吐息を吹き込むように囁かれた名前に、全身に甘い痺れが駆け巡った。
彼の声は爽やかな彼の見た目を裏切らない低すぎない声。だけど王子よりは明らかに男っぽい。
どう考えたって、間違えようはないけれど――。
「くっ……なんだ、ものすごい締まったな。――ここがいい?希々花」
敢えて労わるような優しい声色で訊ねられ、あたしの躰は否応なしに反応してしまう。
聞こえてくるのは甘く優しい響きばかりなのに、彼の動きはそれとは真逆。苛立ちをぶつけるように激しく腰を打ちつけてくる。
あたしが名前を呼びたいのも呼ばれたいのも、当麻の御曹司なんかじゃない。
あなたから初めて名前を呼んでもらえたことが嬉しくてたまらないのに。
なのに、それを他の男への気持ちだと誤解されるなんて――。
何もかもがせつなくて悲しくてたまらない。
それなのにあたしの躰は感情なんてまるで無視して、与えられる刺激に高まっていく。
奥歯を喰いしばってそれに抗ってみたけれど、勢いをゆるめることなく後ろから責め続けた彼に、最奥を抉られるように突かれた瞬間、目の前に火花が散ったみたいに快感が爆ぜた。
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